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【時に刻まれる愛:2-20】深夜の真相


時の音

ボクは見つけたヒントなどを整理し、身なりを整えた。
小屋の扉を出る前に、ボクは振り返って、もう一度だけ小屋の中を見渡した。

罪深き過去が眠っていた小さく幼い秘密基地。
だが、それを乗り越えた今、そこには穏やかな空気が流れていた。

ボクは小屋を後にする。
森の中を、ざーっと風が通る。

この城に戻って来てから、一体どれほどのものが、ボクの中を駆け巡っただろうか。

10年ぶりの城、止まったままの時計、思い出の光景、知られざる地下室、母や父との記憶、アトリエ、思い出、ボクの部屋、秘密基地・・・。

一つひとつがボクの心に突き刺さったが、ボクは確実にそれを乗り越えようとしている。強く、大人になっていく自分を感じていた。

ふと、腕時計に目をやろうと思った。

でも、森に差し込んでくる陽の光の様子から、今の大体の時間が分かる。

随分長く感じてはいるが、実のところ、この城に戻って来てからまだ5〜6時間といったところだろう。

腕時計を見ると、ボクの予想はおおよそ外れてはいなかった。

森から城へと戻る途中で、思い出の大きな木の横を通り過ぎた。
ボクが父から隠れていた、いつもの木。
何度も悪夢に出てきた、あの木でもある。

でも、何だろう。この半日で、本当に色々と乗り越えたようだ。
ボクは、穏やかな気持ちで少しだけ微笑むと、その木をポンポンと叩いて森から城の門の方へと戻った。

城の門のところで、爺やがボクを見つけて足早に寄ってくる。

『旦那様・・・!!』

爺やはいつでもボクのことを、大袈裟なほど心配してくれる。

ボクも穏やかに答える。

「あぁ、大丈夫だって。」

それからボクは、「あのさ・・・」と、続けた。
最後の答えへと向かう前に、爺やに一つだけ確認したいことがあったのだ。

月夜

「爺や。昔、教えてくれたよね。
 この城で、
 爺やがお父さんを最後に見た
 夜のこと。

 その時、物音がして
 爺やはお父さんの書斎へと
 向かったんだよね?」

爺やは、まっすぐボクを見つめたまま答えた。

『えぇ・・・。
 実はあの夜の前には、
 私はお父上から
 隠れ家へと移ることを
 命ぜられていました。

 拓実坊っちゃまたちを・・・
 あ、いえ、旦那様たちを・・・。』

ボクは口を挟んだ。

「良いって。坊っちゃまで。
 いつものように話してよ。
 それで?」

爺やは、さっと襟を正してから続けた。

『はい。
 隠れ家へと移り住んだ後は、
 私が坊っちゃまとお母様を
 見守るようにと。

 それで、あの夜の数日前から
 色々と準備をしておりまして。

 私にとっても、
 思い入れの深い城です。

 私も落ち着かず、
 2階の応接室で
 夜中まで
 荷物の整理をする日が
 続いておりました。

 あの夜、
 私が2階の応接室で、
 隠れ家へ持っていく本などを
 整理し終えて、
 少しウトウトとしていた時です。

 真夜中というより、
 明け方に近かったかもしれません。
 突然、物音がしたのです。』

ここまで聞いて、ボクは質問をした。

「爺や。
 それはもしかして、
 午前3時25分ごろ
 ・・・だったんじゃない?

 そして、
 爺やが聞いた物音は、
 何かが
 割れたような音だったのでは?」

爺やは驚いた様子だった。

『えぇ、そうです。
 ガラスが割れるような音がして、
 私は自分の時計を見ました。

 確かに、
 午前3時半くらいでしたな。

 すぐに3階に行き、
 みなさまの安全を
 確かめようと思いました。

 失礼ですが、
 坊っちゃまとお母様のお部屋を
 少しだけ確認いたしました。

 お二人とも眠っておられたので、
 私はお父上の書斎へと急ぎました。

 書斎の扉が少しだけ開いており、
 お声を掛ける前に
 お父上のお姿を確認できました。』

ボクの中で、自分の推理が確信へと変わった。
そしてボクは爺やに言った。

「なるほど。
 それでお父さんは、
 窓から外を眺めていたんだね。」

爺やは静かに答えた。

『えぇ。
 あの時、色々と迷った上で
 声をかけずに立ち去りました。

 あれが、
 最期のお姿となってしまいました。』

そう言い終わると、爺やはすぐに質問をしてきた。

『しかし、坊っちゃま。
 どうして、あの夜のことを?
 時刻や、私が聞いた音のことまで。
 
 ・・・何か、解けたのですな?』

爺やの口元が、少し緩んだ。

ボクも、いつもの爺やとの会話みたいに明るく答えた。

「あぁ、そうだよ。
 もうすぐチェックメイトだ。

 最後は、
 お父さんの書斎に行く。」

ボクは、爺やとの会話を終えようとした。

その時、爺やが声をかけた。

『坊っちゃま。

 ・・・いえ、その・・・。
 お父上の書斎は3階です。』

爺やがボクを心から心配してくれているのが、痛いほど伝わってくる。

10歳から20歳までの間、爺やがボクを一番近くで見守ってくれたのだ。

「大丈夫だよ、爺や。
 それじゃ、またあとで!」

城の中へと歩くボクの後ろから、爺やの『かしこまりました、旦那様。』という声が聞こえた。

長い廊下の先に

再びボクは、城の中に戻ってきた。

玄関を抜け、柱時計のあるホールの隅から、父の書斎がある3階へと階段を上る。

やはり、そうだったんだ。

爺やが夜中に聞いたという物音。
それは、父の手紙にあったように、父がグラスを落として割ってしまった音だったんだ。

その後、爺やが父の姿を見た頃には、父は窓から最後の月夜を眺めていたんだ。

ボクはNo.5とメモした父からの手紙の一節を思い出していた。

先ほど、真夜中だというのに、グラスを手から滑らせてしまった。
やはり、落ち着かない。

お前のこと、お母さんのこと、みんなのことが心配だ。
心残りだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

あと少し、書斎から月夜を眺めて、心を落ち着けたら、私は去る。

これは、やはりそういうことだったんだ。

父からの手紙の内容と、爺やの話が全て繋がった。

階段をゆっくりと上りながらボクは、父がこの城で過ごした最期の夜のことを思った。

その判断が、父にとって悔いのないものだったと信じたい。

父がボクに数々のヒントを残した時、立派になったボクの姿を想像して少しでも元気づけられたと信じたい。

最後に父が見た月夜が、美しいものだったと信じたい。

気づけばボクは、城の3階に辿り着いていた。

この廊下の一番奥が、父の書斎だ。

10年ほど前のあの夜。父は月夜を眺めた後、この廊下を静かに去ったのだろうか。

10年ほど経った今。ボクは様々な過去を乗り越え、この廊下の先へと静かに向かっている。

時を超えて、ボクらの運命が再び交差しようとしていた。


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