【時に刻まれる愛:3-9】答えは近くにあった
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父と共に
伊月野拓実。
itukino takumi
itumotikakuni
いつも、近くに。
父は、本当は生きていた。
ただ、その存在をde・hat社に知られるわけにはいかないので、おそらくは姿や名前を偽り、ひっそりとどこかで生きているのだろう。
そして、ボクの名前に隠されていたアナグラムの真実。
いつも、近くに。
もしかしたら、思ったよりもずっと近いところで、父は見守ってくれていたのかもしれない。
ふと、あのボートの男性が頭の中でちらついた。
隠れ家で塞ぎ込むような日々を過ごしていた少年時代。ボクは、窓から見える、あのボートの男性のことを不意に「お父さん・・・。」と呼んでしまったことがあったから。
もしかしたら、あの人が・・・本当に・・・。
いや、それは無いだろう。
この城の地下室で、あのボートの男性と父が、実際に会話をした記録を見つけている。地下室の奥の執務室にあるファイルで、それは確認した。
もしかしたら父は、もっと日常に溶け込む誰かに紛れてボクの近くにいたのかもしれない。学校の先生とか。湖の向こうの駅で働く駅員さんとか。ボクと爺やの隠れ家に本を運び入れてくれる業者さんだとか。
・・・気になるところではあるが、これは愚問だろう。
父の生存に気づいた時にも思ったことだが、仮にいつか父の正体を見つけたところで、「お父さん!」と呼んでしまえば、父がこうして必死に守った未来への安全が崩れ去ってしまうかもしれない。
大切なことは一つだけ。
父が生きていた。
それも、ひょっとすると、思ったよりも近いところで、姿や名前を変えて。
それだけで良い。
それだけでも、これまでよりも心強い。
父に会えない現実は、これまでと変わらない。今、何かを失ったわけじゃないんだ。
むしろ、ボクは得たんだ。
会えないことは残念ではあるし、生きているのなら会いたい気持ちはもちろんあるのだが、それが叶わなくてもボクはこれまでよりも大きなものを得た。
父が生きている。
遠くから、いや、きっと近くで、ボクを見守ってくれている。
それは、これまでの孤独な人生とは全く違う。
大好きな父が見守ってくれているのなら、ボクも心強く生きていける。
あの頃と変わらない。
城のような家を抜け出して、トコトコと探検に走り出すボクを、父は優しく、まるで父も子どもみたいに追いかけてきてくれた。
ボクもそれがわかっていたから、敷地内にある深い森の中にも思いきって走っていけたんだ。
そう、父がいるから、自分も強くなれた気分だった。
今も同じ。
過去を乗り越え、一人の大人として、責任と歴史を背負い、この城を継ぐ。
もう、今のボクは、弱くない。
けど、それでも、父がいてくれるという事実は心強い。
父と子の見えない絆は、今も確かに、ここにある。
ボクはそう感じていた。
歩み
全ての謎を解き終えて、頭の中を整理した。
なんだか、城の中の空気が爽やかに感じる。
自分の人生の時計の針が、ゆっくりと動き始めたのを感じる。
ここからは・・・、ボクの、大人としての人生が始まる。
城の主として、責任を全うする長い旅が始まる。
周りと関わりを持ち、自分たちの価値を見つけ、それを活かす冒険が始まる。
でも、気負う必要はない。
父だって、結果だけを見れば大きなことを成し遂げたようにも見える。
だがそれは、小さな一歩一歩の積み重ねだ。
今日、この城で、いろんな記憶や発見と触れ合って、それを理解したじゃないか。
大切なのは、その一歩を、確実に重ねていくことだ。
さぁ、踏み出そう。
ここからのボクの人生を。
全ての謎を解き終えたボクは、とりあえず城の門まで出て行こうと思った。
爺やが、ずっと待ってくれているから。
まずは爺やに、感謝を伝えたかった。それから、ちょっとしたわがままを思いついたので、それも伝えたい。
ただ、あることを思い出した。
「そうだ・・・。
この引き出しは、何だったんだろう。」
書斎の机。その左側の引き出し。
その引き出しだけには鍵がかかっていて、ここだけは開けられずにいた。
何度か引き出しを引いてみたり、鍵穴に地下室の鍵を差し込もうと試してみた。
けど、やっぱり開けられない。
しかし、もう十分だろう。
ボクはそう思った。
他の、鍵の付いていない引き出しには、書類や筆記具しか入っていなかった。
ということは、この机の引き出しの中はおおよそ想像ができる。
何となくだが、その鍵の付いた引き出しには、父が大切にしていた小物が入っていたり、あるいは形式上の遺言のようなものが入っているのだろうと考えた。
引き出しの中に入る物というと、実際にそんなところだろう。
とりあえず、この引き出しの鍵は後々に探すとして、ボクは今日のところは城を去ることにした。
3階の書斎から、城の門まで下りて行く。
柱時計のあるホールを抜け、大きな玄関を開けると、爺やの姿が見える。
「爺や・・・!!」
いつになく、明るい声が出た。
そうだ、今日はもう十分だ。
家に帰ろう。
ボクが育った、湖の近くの隠れ家へ。
それを爺やに伝えたかったのだ。
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