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【時に刻まれる愛:2-2】隠された部屋

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本当の研究室

城の地下に隠された、秘密の部屋。

扉を開けると、そこは一目で父の隠し部屋だと分かった。

正面に大きな机があり、その上には難しい書物が山積みにされていた。

部屋そのものは、そこまで広くはない。隠し部屋らしい狭さだ。

それなのに机が大きいものだから、回り込んで椅子に座るのがやっとという様子だ。

机の後ろは、壁一面が本棚だ。
これまた、明らかに難しい書物がずらりと並ぶ本棚だった。

「お父さん・・・。
 隠し部屋、好きだな。」

ボクはまた苦笑いをした。

と、同時に、こうしたワクワクするような秘密めいた父と、やはり大人になってからも話してみたかったという感情も湧いた。

その机の椅子に、座る気にはなれなかった。

というのも、この部屋の雰囲気や、ここが隠された場所であるという事実からして、これはかなり重要な研究や考え事などをしていた部屋であることは明らかだったから。

ボクは、椅子に座ることなく、

「お父さん、
 ちょっと見させてもらうよ。」

と呟きながら、机の上に広げられていたノートをパラパラとめくってみた。

ただ、内容は、ざっと見ただけではよく分からなかった。

とにかく、普段は明るくエネルギッシュな父が、独りここに閉じこもって、何か重要な仕事などをしていたのだろう、ということは分かった。

でも、城の中には、みんなが知っている父の書斎もある。

その書斎には、よく人が出入りしていたし、ボクが父に『世の中には、変えられないものがあると思うかい?』と、例の問いを投げかけられたのも、その書斎だった。

「あの書斎はカモフラージュ。
 本当に大切なことは、
 おそらく、ここで・・・。」

ボクはそう理解した。

ひょっとしたら、例の薬、hopeの研究なども、この部屋で行われていたのだろうか。

そんなことも、ボクの脳裏をよぎった。

眠れる地下の記憶

この地下室には、父の他の部屋とは明らかに違う点が一つだけある。

たとえば、この城にある、みんなが知っている父の書斎。
そこには、ボクや母と映った父の写真がたくさん飾られていた。

あるいは、ボクと爺やが住む隠れ家。
その書物庫の奥にあった隠し部屋にも、ボクらの写真がたくさん飾られていた。

だが、この地下室には、家族の写真が全くない。

ボクはそれが気になって、写真を探すように、その狭い地下室の中をじっくりと見渡した。

その時、何かがボクの中で湧き上がってきた。

ほとんど忘れていた、遠い日の記憶・・・。

その日、ボクは城の中で父を探していた。

「お父さんは、どこ?」

どのお手伝いさんに聞いても、父を見つけられなかった。

父と遊びたくて、ウキウキしながら城の中で父を探し回っていた。

そのうちボクは、城の中庭に出た。

「お父さ〜ん!」

大きな声で呼んだが、中庭の大きな木に留まる小鳥たちしか返事をしてくれない。

ボクはしょんぼりしながら、中庭から城へ戻ろうとする。

その時、左側の太い柱に、小さな扉が開いているのに気づいた。

トコトコと、ボクが歩いていく。

その薄暗い地下へと続く階段を、ボクは恐る恐る見ていた。

ちょうど、その時だった。

『こら、拓実。
 見つけたぞ〜。』

まるで、いつもボクと遊んでいる時と同じように、父が後ろからボクを見つけて抱き上げてくれた。

「お父さん、
 ここ、何?」

まだ子供だったボクは、思ったことを口にしていた。

『ここか。
 お父さんの家でも、
 この場所を知っている人は
 ほとんどいないんだが。

 この秘密を守れるかい?』

こういう時、父は子供のような悪戯っぽい顔をする。

「うん!ボクとお父さんだけの秘密ね!」

ボクがそう言うと、父はボクを抱いたまま、その階段を下がっていった。

父がポケットから鍵を出す。
ゆっくりと鍵が開く。

父は、ようこそと言わんばかりに、部屋の扉を開けた。

『ここはな、
 お父さんの秘密基地だ。

 でも、
 遊ぶところじゃないんだぞ。

 子供が一人で地下室にいると、
 恐ろしいお化けに
 食べられちゃうかもしれないから、
 一人で来てはダメだ。

 もっとも、
 普段は鍵がかかっているがね。』

父は、子供だったボクにも分かるような言葉で、その地下室の存在をボクから遠ざけつつ、その日はその部屋を見せてくれた。

一通り地下室を見せてくれた後、地下室を出る直前、父はボクを抱き上げたまま言った。

『お父さんだって、
 独りで真剣に考えないと
 いけないことがある。

 みんなのために。

 そう、みんなのためにな。

 お父さんの、
 このお城のような家を支えているのは、
 実は、この狭い地下室で行っている
 地道な努力なんだ。

 大きな木ほど、
 その地下にある根っこが
 大切なんだぞ。』

そう言うと、父はボクを抱いたまま、地下室の扉を閉めた。

データ

「そうだよ、この地下室には来たことがあったな。一度だけ。」

ボクは我に返ると、思ったよりも大きな声でそう言った。

やはり実際にこうして城に戻ってくると、忘れかけていた遠い記憶が色々と蘇ってくるものだ。

もっと早く、戻ってくればよかったのかもな・・・。

一瞬だけそう思ったのだが、それはできなかったであろうことをすぐに悟る。

父は、人類から死の悲しみを消し去る薬、hopeを開発した。

でも、その開発が邪魔になったのだろう。
de・hat社(ドゥ・ハット社)という薬の流通を手がける会社が父を騙し、販売権利を買い取った上で、その薬の存在を揉み消してしまった。

さらにde・hat社は、父そのものを消し去った。
父が生きていれば、いずれ別の形で薬が世の中に出回ることになると思ったのかもしれない。

だからde・hat社は、父を・・・。

そんな身の危険を予期したからこそ父は、ボクと母を隠れ家の方に移り住ませた。

今はそこから十分に時が流れたから良いけれど、もっと早い時期にボクがこの城に出入りしていたら、やはり危険だっただろうし、それは父が一番望まないことだったはずだ。

そんなことを考えながら、ボクはその狭い地下室をウロウロとしていた。

ふと、一つ気になったことがあった。

この部屋に、父の開発した薬、hopeの研究データはないのだろうか?

もしあれば・・・。

そんな風に思って、父の机の上にある資料やらノートやらに改めて目を通していったが、ついにそのデータは見つからなかった。

それに、探しながら段々と気づいていた。

もし、ここで父の開発した薬、hopeのデータを見つけたところで、それを一体どうするというのだ。

今のボクひとりでは、そのデータがあったところで何もできない。

実のところ、そう分かっていても父の開発データを探したのには理由がある。

母だった。

もし、何かそうしたデータのようなものがあって、何か、薬が復元できることがあれば・・・。
母の不治の病も、hopeで治せるのではないか?と考えたのだ。

しかし、実際のところ、その地下室に薬の開発データは見つからなかった。

父の研究

薬の開発データはなかったが、意外なものを見つけたりもした。

この城の建築設計図や、母が入院している病院の設計図があったのだ。

ボクはそれらを見て、父が経営する会社の中には、建築関連の会社もあるということを理解した。

それに関連するところで、土地の売買計画のメモ書きのようなものもあった。

子供の頃には、知らなかった父の姿だった。

あの頃は、ただ父が、幾つもの会社を経営しているお金持ちであることしか知らなかった。

大人になって、こうして知れば知るほど、父は偉大だった。

その印象だけは、あの頃と何ら変わらない。

あの頃も、今も、ボクの中で、父は偉大な存在だ。

父がいつも、ボクを追いかけてくれるから、どこまででも走り回れた。

でも実のところ、大きな意味では、ボクの方が父の背中を追いかけてきたのだ。

ボクは改めて、父の大きさを知った。

その奥に

さて、そろそろ次のヒントを探さなければいけない。

しかし、この部屋はかなり調べたぞ。

先に進みたいのだが、何か手掛かりはないのか・・・。

ボクは途方に暮れながら、ぼんやりと机の後ろにある本棚に目をやった。

10年も、このままだ。
埃をかぶった本が並んでいる。

その中で、一冊の本が目に留まった。

「これ・・・って・・・。」

ボクは呟きながら、その本を本棚から抜き出した。

「やっぱり!」

ボクと爺やが住む隠れ家にある、秘密のスイッチが隠されていた本と同じだった。

「ってことは・・・っと。」

ボクは、その本があったところに手を差し入れた。

「・・・あぁ、やっぱり。」

やはり、スイッチがあった。

ボクと爺やが住む隠れ家のスイッチと、同じだった。

それを押すと、

ゴゴゴ・・・ガチャン・・・。

と、あの時と同じような音がした。

そして、同じような仕組みで本棚をドアのように開けることができた。

隠された地下室の、さらに奥に隠された、誰も知らない部屋。

そこには、父の本当の姿が眠っていた。

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