【時に刻まれる愛:2-16】ボクだけの秘密基地
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罪
城の敷地の森の中。
もう随分と深く行ったところに、小屋がある。
ボクは、その扉を開けた。
「そうだ・・・。ここだった・・・。」
今、こうして大人になって来てみると、こんなに狭い小屋だったか?という感覚だ。
もっとも、実際にこの小屋は、城の各部屋や、あるいはアトリエといった優雅な場所に比べれば、本当に小さな造りだ。
今も、あの頃も、これを一体、誰が何のために建てたのかは分からない。
ボクは、ここまでに判明したことなども整理しながら、少し考えてみた。
元々は、この小屋を父が使っていたのだろうか。
いや、父には城の3階に書斎があるし、先ほど見つけた秘密の地下室もある。
では、一体、誰のための・・・。
ひょっとすると、城の建設に向けてこの森を開拓するときに、木こりが使っていたのだろうか。
この推理は、少しだけしっくりと来た。
木こりが作業の拠点にするには、ちょうど良いくらいの大きさと造りだったから。
ってことは・・・、もし本当にそうなら、あの紺色のセーターを着た男性がここを使っていたのかな。毎朝、あの隠れ家の前の湖を船で行く、あの男性が。
考えてみても、もちろんはっきりとした答えは出ない。
はっきりと分かっているのは、この城にいた頃のボクが、父や母の言い付けを破って、森の深くにあるこの小屋を見つけ、自分の秘密基地にしていたということ。
あの頃は、自分だけの絶対にバレない秘密だと思った。
でも、秘密はいつかバレる。
「秘密はない」という嘘が、決定的に事実と矛盾しているのだから。
父からの四つ目の手紙の一節が、ボクの心に響いた。
今となって振り返れば、あの後に父を失い、母とも離ればなれの生活になったことを考えると、こんな隠し事などするべきではなかった。
父と母には、何でも正直に打ち明けるべきだった。
きっと、父からの四つ目の手紙に書いてあるとおりだ。
誰にだって、内緒事や秘密はあるだろう。
でも、抱えるべきではない秘密もある。
そして、大体そういったものは、後になってから罪悪感や後ろめたさとして自分に降りかかってくる。
ボクの場合も同じだ。
自分だけの秘密基地を持っている子供がいても不思議ではない。
だが、ボクの人生において、その後に起きたことを考えれば、父や母に対してわずかな嘘も付くべきではなかった。
深い森の中、その狭い小屋の中には、後悔という思念だけが漂っていた。
虚像
小屋の隅に、棚がある。
あの頃、この小屋を見つけたボクは、ここにあった机や棚などを、そのまま使っていたのだ。
棚の上の方には何も置かれていない。
小さい頃のボクでは、届かなかったのだろう。
ここは、本当にボクだけの秘密基地だったから・・・。
棚の一番下の段に、銀色の缶が置いてある。
それには心当たりがあり、ごくりと唾を呑み込んだ。
ボクは、静かに膝をつくと、その銀色の缶を開けた。
「・・・ごめんなさい。」
思った通りだった。
缶の中には、30点や40点といったテストの答案用紙が入っていた。
そう、本当はいつでも成績が良かったわけではない。
最初は苦手で、後から克服した教科もある。
得意な教科でも、油断をして点数を落としたこともある。
ただ・・・、父や母からの期待、あるいは御曹司としての城での扱い、そういった強い光が、ボクに影を作っていたのだ。
ボクの罪は、父や母に、いくつかの嘘をついたこと。
言い付けを破り、一人で森に入り、この小屋に度々訪れていたこと。
学業において、悪い側面を隠滅したこと。
状況が違えば、これらは大した問題ではないのかもしれない。
あるいは、ボクの場合で考えても、大人から見ればこんな嘘はとっくにお見通しだったに決まっている。
しかし、ボクに襲い掛かった重い後悔は、その嘘自体の大きさではなく、ボク自身がそうしたことを、ついに最後まで父や母に打ち明けずに来たこと。
つまり、結果としては、嘘をつき続けた一面があったこと。
この一点が、ボクの中で、本当に大きな後悔としてのしかかってきた。
少なくとも父には、もう自分から打ち明けられる機会がないのだから。
父からの四つ目の手紙。そのいくつかの箇所が、さらに追い打ちをかけるように心を刺す。
「お父さんは、
この場所に気づいていたんだ。
ボクは、
お父さんを傷つけたに違いない・・・。
ごめんなさい・・・。」
父や母が期待していたのは、成績が優秀なボクではないだろう。
今なら分かるんだ。
そんなことよりも、正しく、誠実であるべきだった。
あれだけ大切にされていたのに。
あれだけ信じて期待されていたのに。
人生全体では、わずかな嘘なのかもしれないが、今のボクには自分自身が虚像のように思えた。
模倣と憧れ
挫けそうなとき、いつも父の言葉を思い出す。
そして今も、四つ目の手紙の最後のフレーズから、心に父の声を感じた。
「分かった・・・。
お父さん、ごめんなさい。」
ボクは、自分のその一言で気持ちを切り替えようと決めた。
もう、前に進むしかない。
そのために、ここに来たのだから。
ボクは立ち上がり、小屋の中を見渡す。
罪深き秘密はあったものの、その他の様子は子供らしい秘密基地そのものだった。
小さな机の上には、自分の部屋から持って来た地球儀が置かれている。
壁には、世界地図が貼られている。
思い出した。
そうだ、父の書斎の様子を真似したんだ。
父への憧れ。それはいつでも、ボクにとって大きな光だった。それは、今も。
気持ちを切り替えたボクは、先ほどよりも軽い気持ちでつぶやいた。
「ちゃんと、お父さんに見せれば良かったな。この場所を。」
いつでもボクを信じ、誰よりも応援してくれた父。それを優しく見守る母。
そんな父や母が、秘密基地を持ちたいという子供心を認めてくれないわけがない。
きっと、打ち明けていたら、安全なルールを決めた上で認めてくれたはずだ。
成績のことだって、ちゃんと言っていれば叱られたりはしなかったはず。
ボクは勉強が好きだったし、怠けていたわけじゃないんだから。
ようやくボクは、自分に襲い掛かってきた罪悪感に打ち勝てそうだった。
それなのに、あるものがボクの目に飛び込んできた途端、ボクは再び闇のどん底へと堕とされた。
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