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【時に刻まれる愛:2-4】父の背中

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つながりを抱いて

それにしても、本当に驚いた。

ボクと爺やが10年も住んでいる、あの湖のほとりの隠れ家。
その湖を、紺色のセーターの男性が、毎朝ゆっくりと船を漕いで行く。
夕方になると、その男性が、湖の向こうから、またゆっくりと戻って来る。

この光景を、よくボクは部屋の窓から眺めていた。
まだボクが、父の死のショックに耐えかねて、塞ぎ込んでいた時期に。

話したこともないし、今後もないだろう。
そう思いつつ・・・、でも、いつも、その光景を見ていたんだ。ただぼーっと。

ところが人生は不思議だ。
あれからボクは、自分を変えようと立ち上がった。

今では、毎朝、その男性と一緒に船を漕いで、湖の向こうにある駅へと通っている。

たわいもない話しかしないのだが、大人しく優しい感じのその人が、ボクは気に入っている。

最近では、ボートの手入れの手伝いもしたりする。

そういえば、爺やに聞いたことがあったな。10歳の頃に。

「ねぇ、あの男の人は、誰なのかな?
 もしかして、お父さん・・・じゃないよね・・・。」

その時、爺やは、少しボクを見つめてから答えた。

『彼は、この湖の近くに住む木こりです。
 物静かで、良い人ですが、
 残念ながら、お父様では・・・。』

・・・あの時は、寂しいという気持ちでいっぱいだったが、まさかそこにもヒントがあったなんて。

彼こそ、この城や、ボクと爺やの隠れ家を建てるために、森を開拓してくれた木こりだったのだ。

人のつながりとは奇妙だ。
それまで、何も関係がないと思っていた人が、突然、自分の人生に関わる大切な人になることがある。

秘密の地下室にある、秘密の執務室。

その本棚にずらりと並ぶ業務連絡ファイルの一つに書いてあった、父のこんな発言。

『それにしても、
 紺色のセーターが
 お好きなのですね。

 あと、
 あなたのお住まいも素敵です。

 あの湖を、
 ボートで毎日行き来しているなんて、
 とても良い時間なのでしょうね。

 この城ができましたら、
 あの湖のほとりに、
 私たちの隠れ家も
 作りたいと思っているのですが。

 もし、お近くに家を建てても、
 お邪魔じゃなければ。

 お礼として、
 新しいボートを贈りますよ。

 よろしくお願いします。』

遠く、遠く、ずっと遠くへ行ってしまった父。

それでも、ずっとつながっていたんだと思えた。

偶然なのか、必然なのか。

いや、こうして見てみると、必然なのだろう。
偶然などない。

永遠の強いつながりを心に抱いて、ボクはそのファイルを閉じた。

永遠に刻まれる輪

それからボクは、地下室の中の研究室のエリアに戻った。

秘密の扉でつながる、執務室と研究室。
まったく不思議な地下室だ。

さて、研究室のエリアにも大きな机があるのだが、その引き出しをまだ調べていなかった。

その大きな机に山積みにされた資料などには目を通したが、引き出しはまだだった。

「ここにも、何かあるのかな?」

そう言いながら、ボクは引き出しを確認する。

先ほどの執務室の机の引き出しには、ボクと父の写真が1枚だけ入っていた。

さて、こっちはどうか。

やはり左右に引き出しがあり、左側には父のノートが何冊か、無造作に入れられていた。

ノートに目を通したが、研究室の他の資料と同じように、日々の努力の爪痕が残る内容だった。

パッと見ただけでは詳しくは分からないが、研究のこと、色々な計画のこと、そんなことがメモされていたようだった。

「じゃあ、こっちは・・・」

ボクはそう言いながら、今度は右側の引き出しを開けた。

こちらには、1冊の小さなノートが入っていた。

中身を見ると、それは日記だった。

それは、ボクにとっては新鮮な日記だった。

というのも、これはどうやら、父が子供の頃に書いた日記のようなのだ。

少し読んでみると、ボクのおじいちゃんと過ごした、父の日々が綴られている。

おじいちゃんは父に、いろんなことを教えてくれたみたいだ。
新しい知識。虫や魚の捕り方。人生のこと。

父とおじいちゃんの日記なのに、ボクは何だか懐かしかった。

「お父さんも、ボクと同じように育ったんだな・・・。」

なんとも言えない気持ちになった。

寂しいような、微笑ましいような、近いような、遠いような・・・
なんとも言えない気持ちだった。

そう言えば、これも昔、爺やに聞いたことがあったな。
おじいちゃんはお医者さんだったって。

まだ、ボクと爺やが住む隠れ家でボクが塞ぎ込んでいた頃、ボクの中では、世界は狭く、人生とは色の無いもののように思えていた。

湖の向こうに何があるのかも知らなかったし、ボートの男性が誰なのかも知らなかった。

毎日、灰色に見えるその人生を、ボクはただただ絶望と共に過ごしていた。

でも、本当は違う。

世界は思ったよりも広く、だけど、思ったよりもつながっている。
人生は、複雑で、様々な色がある。

お医者さんだったおじいちゃん。
偉大な実業家で城に住んでいた父。
隠れ家で優秀な老人に育てられたボク。

そういう見方をすれば全く別々の色に見えるが、ボクと同じように父もまた、おじいちゃんの元で育ったんだ。

父の、この日記を見れば、それがわかる。

おじいちゃんから父へ。
父からボクへ。

その能力は永久に受け継がれる。

幼い頃から、突出した頭脳を発揮していたボクも、永遠に刻まれる輪の一部なのだと思った。

強い、強い、絆を感じた。

地下室の謎

それにしても、そろそろ次のヒントを見つけたいところだ。

この地下室も、かなり調べたぞ。

執務室では、de・hat社と父の生々しいやり取りを見つけた。

研究室には、父の幼い頃の日記があった。

だけど、これらは今回の本質ではない。

父からの本当の贈り物。
それにつながる、次のヒントを見つけないと。

ただ、いくら見渡しても、それらしいものがない。

第一のヒントである手紙をもう一度読んでみた。

ホールの柱時計の裏に隠されていた手紙だ。

拓実。

よく、ここに辿り着いた。

そして、この手紙を手にしているということは、私からの最初の贈り物については理解しているということだな。

父から子へ、受け継ぐものがある。
人生に終わりはない。
私のすべては、お前に受け継ぐことで永遠の時を刻む。

だが、お前にはまだ、伝えたいことがある。

先に進むのだ。

カードと時計を同封する。

人生には、行き詰まる瞬間がある。
そんな時、新たなヒントを得ようとする必要はない。
今あるものに目を向けろ。

拓実、
世の中には変えられないものがあると思うか?

真実を知りたければ、裏側までよく見ることだ。

物事には、見えている部分と見えていない部分がある。
立派な樹木を支えるのは、表に姿を見せぬ根の存在だ。

根を張り、強くなり、今あるものを見つめよ。
答えはそこにある。

父より。

姿を見せぬ根

手紙を見直したり、地下の研究室と執務室を行ったり来たりした。

この手紙・・・一体、どういう意味なんだ・・・。

今いる地下室に辿り着くところまでは解けたけど、ここのどこに次のヒントが隠されているのだ・・・。

ボクは困り果てて、顔を上に向けた。

その時だった。

「ん?・・・あれ?
 もしかして・・・!!」

地下室の四隅には、太い柱がある。

その柱から、天井にアーチのような骨組みが伸びていて、四隅の柱同士が、このアーチでつながっている。

その張り巡らされた構造は、まるで植物の根のようだった。
ここは地下室だから、余計にそう見える。

物事には、見えている部分と見えていない部分がある。
立派な樹木を支えるのは、表に姿を見せぬ根の存在だ。

根を張り、強くなり、今あるものを見つめよ。
答えはそこにある。

第一の手紙のこの一節は、地下室を意味しているだけではなく、この地下室の、柱やアーチのことも意味しているのではないだろうか。

そしてボクは、この中でも、特に一つの文章に手掛かりを感じた。

次なるヒント

ボクが手掛かりを感じたのは、この文章だ。

根を張り、強くなり、今あるものを見つめよ。

この地下室の入り口を見つけた時も、中庭の柱を、根を張るようにじっくり見つめたことできっかけを掴めた。

では今度は・・・。

ボクは思わず、父の椅子に座ってみた。
先ほどは座らなかった研究室のエリアにある机の椅子だ。

執務室にも柱はあるのだが、アーチが根のように張り巡らされているのは、この研究室の方なのだ。

執務室は本当に綺麗に整っているが、こちらの研究室は資料やら本やらが散らかっている。

その様子が、無雑作に張り巡らされた土の中や根の様子と、余計に重なる感じがした。

まずは根を張るようにじっくりと、父の椅子に座った。

「あと一歩なんだけど・・・。」

そう呟いたのは、ここまで解けてきたのに、この先が分からないからだった。

もう一度、第一の手紙に目を通そうと思った。
机の上に手紙を広げて、もう一度、じっくり読んでみよう。
何か、まだ見落としているかもしれない。

そこで机の上に広がっていたノートなどを少しどかした。

まさに、その時だった。

「ん?なんだこれ。」

机に、奇妙な鍵のマークが掘られていた。

その鍵の矛先には、ちょうど机から見て右側の柱がある。

「これだな・・・。」

ボクは、この柱に何かがあると理解した。

柱の入り口から行ける地下室の、その地下の柱が答えか・・・。
本当に、深く深く、根を張ったような感じだ。

でも、その柱に変わったところはない。

手のひらを滑らせながら調べてみたりもした。

もう一度、下から慎重に見ていく。

ボクの視線が、だんだんと上に行く。

そして、上の方を見上げた時だった。

「ん?・・・あったぞ。」

それは、地下室の入り口から見れば柱の裏側の、壁に近い場所にあった。

床からおよそ2メートルほどの高さのところに、小さな取っ手が付いていた。

ボクは思わず「なるほど」と言った。

根を張り、強くなり、今あるものを見つめよ。
答えはそこにある。

この一節の意味を、きちんと理解できた。

根を張るような地下室の柱に辿り着き、大人として強くなった姿なら届く場所に、その答えはある。

そういう意味だと分かったのだ。

2メートルくらいの高さでは、子どもの頃のボクからは視界の外になりがちだし、もし見つけても届かない。

立派に育ち、試練を乗り越えて強くなってからここに戻って来ないと、その答えには辿り着けない。

これが、答えなのだと思った。

手を伸ばして、取っ手を引いてみた。

ガコン・・・

柱の小さな扉が開いた。

中には、第一のヒントと同じような封筒が入っていた。

ボクは、その封筒を手にした。

今のボクには、2メートルの高さは背伸びをしなくても届く。
でもなぜだか、父の背中を追いかけて、背伸びをしている気分だった。

久しぶりに感じる高揚感を胸に、ボクはその封筒を開けた。

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