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【時に刻まれる愛:2-18】敵の恐怖


分岐

あぁ、ボクはなんてことを・・・。

父の研究記録の写しを手に、ボクは再び激しい後悔に襲われていた。

幸いにも、幼い頃にボクが写してしまったと思われるその研究記録は、父の研究の素案の部分で、重要な内容部分ではなかった。

しかし、もしこれが、研究の重要な内容部分だったら、一体どれほどの危険があったのだろう。

de・hat社にとって、なぜ父のこの研究がそれほどまでに邪魔な存在だったのかは、はっきりとは分からない。
だが明らかな事実として、de・hat社はこの研究や開発の存在を完全に消し去り、さらには父そのものも、この世から消し去っている。

よほどde・hat社にとっては、この研究や開発が邪魔だったのだろう。

父はどこかの時点でそれに気づき、奴らの危険からボクや母を遠ざけるために、ボクらを隠れ家へと移り住ませ、自分も城から遠ざかった。

その父の判断のおかげで、結果的にはこの城はde・hat社の人間に捜索されなかったようだ。爺やによれば、この城にはボクらが去った後、誰も出入りしていないのが分かっているのだから。

ただ、これはあくまで結果論だ。

ボクは思い出したように、爺やと一緒に隠れ家で見つけた、No.0とメモした最初の手紙を見た。

「そうだ、こう書いてあるじゃないか。」

さまざまな事情で、私の家は捜索される可能性があったから、
すぐには分からないように隠してある。

あくまで、結果として・・・、城はde・hat社の人間に捜索されなかったのであって、その可能性は十分にあった。父にもそれが分かっていた。

だから、ボクが秘密基地にこっそり隠していた父の研究記録の写しは、一歩間違えばとんでもない危険を招いたことになる。

知らぬ間にボクは、危うい分かれ道を進んでいたんだ。
ボクは反省すると同時に、この研究記録の写しをここで見つけたときの父の気持ちを考えた。

推察

父はどんな気持ちだったのだろう。

大人になった今から考えてみると、この森の中の小屋をこっそりと秘密基地にしていたことには、おそらく当時から気づいていたはずだ。

あれほどボクを大切にしていた父や母。
頭脳明晰で、何事も先を読む力が優れていた父。
数え切れないほどのお手伝いさんや執事たち。

彼らに、この秘密基地の場所を悟られなかったわけがない。

秘密にできたと思っていたのはボクだけで、大人はみんな知っていたはずだ。

父は、ボクが言い付けを破って、ここに秘密を作っていたことをどう思っていたのだろう。

子供から大人に成長するステップとして、温かく見守っていたのだろうか。父や母ならそれもありそうだ。

あるいは、その成長の中で、いつかボクが打ち明けてくれるのを待っていたのだろうか。きっと、そういう一面もあったはずだ。

ボクは、No.2とメモした手紙の最後の一節を思い出した。
胸ポケットからその手紙を取り出し、実際に見てみる。

No.2の手紙の最後には、こう書かれている。

お前がたどり着くことを期待し、待っている。

「そうだ・・・。
 ボクが、きちんと打ち明けるのを、
 お父さんは、
 待っていたのかもしれない・・・。」

ただ、それとは別に、研究記録の写しを、こんなところに放置するリスクについてはどう考えていたのだろう。

de・hat社からの脅威を、自分の命を懸けてまでボクらから遠ざけてくれた父。
その父が、このリスクを無策に放置していたとは考えづらい。

ボクが写した研究記録というのが、その重要な内容部分ではなかったからといって、子供の字で書かれたそれをde・hat社の人間が見つければ、父に子供がいたことが分かり、ボクらに危険が及んだ可能性がある。

推理をしながら、ボクはあることが気になった。

「待てよ、そもそも父は、
 今回ボクが紐解いているヒントを
 いつ仕掛けたのだろう。」

父は、自分のオフィスでde・hat社の人間に襲われる一週間前から城には帰って来なかった。そして、その一週間でボクと母は隠れ家へと移った。

ということは、父がボクへの手紙やカードや懐中時計を仕掛けたのは、その一週間よりも前ということになる。

そうだ、あの一週間よりも前に、父はde・hat社からの危険を理解していたはずだ。

ということは、ボクがこの秘密基地に隠していた研究の写しについては、ボクや母を隠れ家に移すと既に決めていたので、あえてそのままにしたというのだろうか。

de・hat社がこの城を捜索するとしたら、間違いなく城の中であって、こんな森の中の小屋などは気にしないだろう。
城の3階には、父の書斎があり、おそらくそこを念入りに調べられたはずだ。

城の中庭の柱から行ける地下室や、この小屋の中などは、彼らの意識の外。

だから、いつかボクがこうしてヒントを辿って過去と向き合い、この城を継承するための最後の階段を上るために、あえて小屋の中はそのままにしたのだろうか。

明確な答えは出ない。だが、ボクは必死に考えていた。

父ならきっと、ボクがまだ理解していない幾つもの策を講じて、限りなくボクらの安全を100%に近づけていたはず。

そうなのだが、だからといって、この小屋の中に研究記録の写しを残しておいたことには僅かなリスクが残る。

逆に言えば、それほどボクに・・・、そう、そこから時が経って大人になった今のボクに対して、伝えたかったのだろう。

過去と向き合いなさい、と。

答えの出ない思考の渦の中で、ボクはそう解釈をした。

薔薇の裏に眠る

「・・・ということは、
 この研究記録の写しは、
 元々は棚にでも
 置いてあったのかもな。

 それを父が最後に・・・、
 
 つまり、
 城を去ると決めて
 未来のボクに向けて
 ヒントを仕掛けた時に、
 この古い箱に
 ボクが書いた研究の写しを入れて、
 そして箱の上から布を
 被せたのかもしれない。」

ボクは、研究の写しが入っていた古い箱や、それに被されていた見慣れない布を見ながら、そう呟いた。

ボクは必死に過去を乗り越えようとしていた。

嘘。偽り。裏切り。危険。責任。
いくつもの後悔がボクの中で渦巻き、ボクはその自分の過去と戦っていた。

ここで立ち止まるわけにはいかない。
ボクは、前に進まないと。

今や、この城の主として。
父の期待に応えないと。
母を守らないと。

「分かった、お父さん。
 本当にごめんなさい。
 誰かを危険に晒したり、
 誰かを傷つけるような秘密は、
 作るべきじゃない。

 お父さんの手紙の通りだよ。

 本当は、
 直接謝りたかったけど、
 遠くから、
 今後のボクを見ていて。」

それからボクは、この研究の写しをあとで地下室にでも持って行こうと考えた。その方が、ここよりずっと安全だ。

研究の写しが入っていた、この箱はどうしようか。
箱だけなら、このままでも良いか。

ボクは念の為に箱を持ち上げて、箱をチェックした。
特に、箱には変わったところはない。

「・・・ん?」

床に目をやると、箱が置いてあったところに何かが刻まれている。

「薔薇・・・。
 こんなもの昔は無かったぞ。」

ボクは、次のヒントを確信した。

「真実を知りたければ、
 裏側までよく見ること・・・。」

そうボクは呟くと、小屋にあった道具を使って、薔薇が刻まれた床の板を剥がした。

「あったぞ・・・。」

この小屋で過去と対決し終えたボクは、これが最後のヒントになるかもしれないと予感した。


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