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【時に刻まれる愛:2-13】溢れる思い

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14時20分

城にあるボクの部屋の本棚。
そこには、あの頃ボクが読んでいた本が綺麗に並べられている

10年もの時が経ったので、本はうっすらと傷んではいるが、綺麗に整理された本棚の様子は当時のままだ。

ただ、その本棚の下の方の段には、雑に何冊かの本が放り込まれている

「これは、何の本だろう・・・」

ボクはそう言って、本を手に取った。

「これは・・・小学校の教科書だな・・・。」

その時、ボクの中にまた記憶が蘇ってきた。

・・・あれは、この城から隠れ家へと引っ越しをすると思っていた前日のこと。

午後2時20分。いつもの時刻に、ボクが学校から帰ってくると、城の中が慌ただしかった。

坊っちゃま、急いで支度をしてください。
1日早いのですが、まもなく引っ越しをします。

お手伝いさんの誰かが、そんなふうにボクに説明した。

それからボクは、慌てて荷物をまとめた。

本当は翌日に引っ越しをすると聞いていたから、その準備が完全には終わっていなかったのだ。

とにかく慌てていたボクは、そんな必要など無いのに学校の教科書を本棚に投げ込むように戻した。
もう、この城を出て行くんだ。
だから、学校の教科書を本棚に戻す必要など無い。

それよりも、やることが他にあっただろうに、ボクはとにかく落ち着かなかった。

そうだ、3つ目の懐中時計が示している時間。2時20分。

これは、あの頃のボクが、学校から帰って来る時間でもあったが、もっと大事な意味が・・・。

あの日、予定よりも1日早く、引っ越しをした時間。

この城を、去った時間。

慌てていたんだ。

だから、教科書をいつもより雑に本棚に投げ入れてしまったんだ。

だから、引っ越し先の隠れ家に持って行こうと準備していた、思い出を詰めたリュックサックを忘れて行ってしまったのだ・・・。

なぜ、1日早かったのだろう・・・。

それは、おそらく。その日に父が・・・。

ボクは、本棚の前で目を閉じながら、そんなことを考えていた。

空白の一週間

本棚の前で目を閉じたまま、ボクは自分の記憶を探り、推理しようとしていた。

そういえば、引っ越しの一週間ほど前から、父の姿を見なかったな。

爺やの話では、父はたしか、自分の会社の中でde・hat社に襲われたんだ。
朝早くに。

父は社長でありながら、誰よりも早く出社する勤勉な人だったから、そこを襲われたのだと、爺やは言っていたな。

そう言えば、10歳の頃、隠れ家で爺やが言っていたな。

『あれは、、、

 実際に、こちらの家へ
 坊っちゃまたちがお引っ越しされる
 1週間ほど前のことでした。

 夜中に、お父上の書斎で
 物音がしたので見に行くと、
 お父上は窓を開けて、
 外を眺めておられました。

 何か、声をかけようと思ったのですが、
 考えごとをしているのでしたら
 お邪魔になると思い、
 私はそっと扉を閉めたのです。

 それが、お父上の姿を見た、
 最期となってしまいました。』

・・・やはり、一週間前か。
爺やの言葉を思い出しながら、ボクは考えた。

その夜、父が窓の外を見ていたのは、おそらく色々な覚悟をしていたからなのだろう。

自分の身にこれから起きること。
家族ともう会えなくなること。
その別れすら言えないこと・・・。

この城を去ること。
自分の何もかもが、奪われてしまうこと・・・。

そこからの一週間、父はどこにいたのだろう。

de・hat社の人間が、父の行動パターンを完全に把握していたのは明らかだ。

そうでなければ、朝早くの会社の中で襲うのは妙だ。
彼らは、父をマークしていたんだ。

だから父は、ボクや母を危険から遠ざけるために、一週間はあえて別のところにいたのかもしれない。

たとえば、わざと目立つようにどこかに宿泊でもしようものなら、おそらくde・hat社の人間もそちらに照準を合わせて、この城からは注意が逸れるはずだ。

父なら、そういう判断をしそうだ。
ボクらを守るために。

真相を断定することはできないが、考えれば考えるほど、ボクの中で燃え上がる感情がある。

ボクはぎゅっと拳を握っていた。

いつか必ず

拳に自然と力が入る。

ボクは静かな決意をした。

いつか、必ず、de・hat社に報いを受けさせる。

でも、この決意は、憎しみから来ているのではない。

de・hat社をどうするのかが問題ではなく、父のために、この件はきちんと真相を明らかにしたいと思ったのだ。

世界から死の悲しみを消し去るはずだった、希望の薬。
それを開発した父の存在。

それが、このまま闇に葬られたままで良いわけがない。

全ての真相を明らかにして、いつか必ず、ボクがde・hat社に報いを受けさせる。

ボクは、そう思っていた。

ただ、それは今すぐではない。
すぐには何もできない。

実際のところ、その真相を掴む手がかりはまだ無いわけだし、de・hat社のことだってボクは詳しくは知らないのだから。

今は、とにかく、目の前の謎を解かないと。
そう、父からのメッセージの謎を全て解かないと。

ボクには、自分のやるべきことが漠然と見え始めていた。

父からの贈り物。それを全て解き明かす。
きっとその時には、ボクは過去を完全に乗り越えて、この城をきちんと受け継ぐことができる。

そして、その先には・・・。

ボクは、自分の中に使命感を感じつつ、まずは目の前の謎を解くために、父からの三つ目の手紙を取り出した。

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