![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/140257066/rectangle_large_type_2_ed85dc6d1abfa41687fde748d76611c2.png?width=800)
【時に刻まれる愛:1-6】バースデーイブ
▼全編マガジンで公開中▼
20歳を前に
![](https://assets.st-note.com/img/1715426575418-9HCl2zi8X7.png?width=800)
その日、大学から家に帰ると、いつにも増して家の中が綺麗だった。
キッチンからは何やら良い匂いがしてくる。
「爺や・・・。」
そう照れ笑いしながら、ボクは爺やに、ただいまと言った。
『おかえりなさいませ、坊っちゃま。
今日は、特別なディナーですぞ!』
今日の爺やは、いつになく張り切っている。
朝、出かける前にも張り切っていたから、その意味はボクにもわかっていた。
そう、明日はボクの20歳の誕生日だ。
10代最後の日ということで、爺やは1日早く、お祝いをしたかったのだろう。
自分でも感慨深いところはあるのだが、爺やの張り切り方に、少し圧倒されていた。
ボクは食卓に付いた。
『それでは・・・』
爺やはそういうと、次々に料理を運んでくる。
父のおかげで裕福に育ったボクだったが、ここまで豪華な料理はなかなか見ないというくらいだった。
「爺や、これ全部作ったの?」
ボクはとにかく圧倒されながら聞いた。
『えぇ、もちろんですとも!
坊っちゃまの、
特別なバースデーイブですから!』
爺やは満面の笑みでそう答えながら、いつものように手際よく夕食の準備をしていく。
あっという間に、まるで晩餐会のような豪華なテーブルになった。
『これで、良いですな・・・。』
爺やは、そう前置きすると、自分も食卓に付いた。
こうして爺やと二人で食事をするようになって、10年が経つ。
そう、de・hat社に父を奪われ、今の家に移り住み、母が入院生活に入ってから、10年間が経っていた。
『坊っちゃま、
明日で20歳でございますね。
本当におめでとうございます。
お辛い思いも、
お寂しい思いもされましたのに、
立派に育たれて、、、。
私は、、、。』
そこまで言うと、爺やは突然立ち上がり、わざとらしく思い出したかのように、キッチンに水を取りに行った。
賢くて、器用で、涙もろい爺やと、父の隠れ家に住んで10年。
たしかに、いろんなことがあった。
大好きだった父が突然いなくなり、絶望し、毎日が灰色に見えて、小学校に馴染めない日々もあった。
唯一の心の支えだった母が、不治の病に倒れ、入院生活に入り、孤独のどん底を味わったこともあった。
母の元へは今も定期的に見舞いに行くが、病室にいれば心配はなさそうだ。
家で寝込んでいた時よりも、ずいぶんと元気な様子なのだ。
ただ、体の筋肉が少しずつ弱ってしまう病気なので、家での生活には戻らず、ボクが病院へと定期的に通う生活がずっと続いている。
そうだ、この20年間、
守られる幸せも、失う悲しさも、家族の愛も、会えない寂しさも、とびきりの喜びも、これ以上ない孤独も・・・
・・・いろいろ、経験したな。
そんなことを思いながら、ふと窓に目をやると、そこにはすっかり大人になったボクの姿が映っていた。
ボクは立ち上がり、キッチンにいる爺やのところへ、そっと近づいた。
「ねぇ、爺や。
本当にありがとう。
今までのことも。全部。
いつも、爺やが近くにいてくれたからだよ。
明日からボクは20歳だけど、
何かが変わるわけじゃない。
これからも、よろしくね。」
この20年間のことを思い出しながら、爺やにそう言った自分の言葉で、ボクは大人への扉を開いた気がした。
爺やは涙声で答えた。
『こちらこそ、ありがとうございます。
おっしゃるように、
明日、何かが
変わるわけではございません。
拓実坊っちゃまは、
もう、変わられました。
立派な大人になられました。
本当に嬉しく思います。
ありがとうございます。』
あんなに豪華なテーブルを用意したのに、ボクらはしばらくキッチンで一緒に泣いていた。
良い時間だった。
世界を変えろ
![](https://assets.st-note.com/img/1715428747908-fP8baKrhPB.png?width=800)
父の言葉を、今でもたまに思い出す。
『拓実。世の中には、変えられないものがあると思うかい?』
『世界を変えろ、拓実。』
父は、開発した薬で、死の悲しみのない世界を作るはずだった。
de・hat社に奪われるまでは。
父の薬があれば、母の病気だって治せたのだろう。
開発した薬は、どんな病気でも、細胞レベルで回復する薬だったのだから。
でも、父はもういない。
母の病も治らずにいる。
こうした事実は変えられないのだろう。
やはり、世の中には変えられないものがあるのだろうか。
答えは出ない。
聡明な父も、同じ疑問を持ち続けていたのだろうか。
だからあの時、ボクに質問したのだろうか。
やはり、答えは出ない。
でも、それでも、今のボクにはわかっていることもある。
世の中には、変えられるものもある。
悲しみのどん底で、まるで時が止まったかのような人生だったボクでも、こうして、前に進むことができた。
世の中には、変えられないものもあるのかもしれない。
でも、世の中には、変えられるものだってある。
それが、今のボクの答えだった。
爺やの告白
![](https://assets.st-note.com/img/1715429542825-CtlKZn7izv.png?width=800)
夕食の後、爺やが書物庫へと誘った。
湖のほとりに、ひっそりと建つボクらの家には、本を保管する専用の部屋があった。
父の家にも大量の本があったが、この20年で、ボクも負けないくらい本を取り寄せた。
書物庫の一番奥には、父の家から持ってきた本だけを並べた本棚がある。
そこの前で、爺やは突然、真剣な顔をした。
「どうしたの?」と、ボクが言いかけたところで、爺やが口を開いた。
『実は、お父上から、
ことづかったことがございます。
拓実坊っちゃまの20歳の誕生日の前夜、
これを渡すように、と。』
そう言うと、爺やは、父の本棚の中にある、あまり目立たない古い本を指さした。
ボクはてっきり、その本をボクに渡すのかと思ったが、違った。
爺やは、その古い本を取り出すと、その奥にある何かボタンのようなものを押した。
すると、、、
ゴゴゴゴゴ、、、。ガチャン、、、。
と、何かが動き、
鍵が開くような音が響いた。
それから爺やは、ボクに言った。
『どうぞ、この本棚を奥に押してみてください。』
ボクは、本棚にそっと手をかけた。
力を入れたか入れていないかくらいで、本棚全体がドアのように奥に開き、一度も見たことのない隠し部屋が現れた。
物置きと呼ぶには広いが、書斎と呼ぶには狭いくらいの部屋だった。
「へぇ、知らなかったよ。
これは驚いたな。」
ボクは呆気に取られて、思ったことを口にした。
爺やは、かしこまったように言った。
『19歳最後の日に、
ここに案内せよと
お父上から命ぜられました。
それは、
de・hat社の件があって、
こちらの家に
坊っちゃまたちを移すと決めた
少し後のことでした。
きっと、
あの時にはもう、
お父上は、
ご自身の身に迫る危険を
わかっておられたのでしょう。』
「ふ〜ん」と、ボクはうわのそらだった。
初めて見るその部屋の様子の方が気になっていたのだ。
その秘密部屋は、初めて見るのに、どこか懐かしい雰囲気だった。
父の家の、父の書斎に雰囲気が似ていたのだ。
広さは比べ物にもならないが、雰囲気がとても似ていたのだ。
黒い宝箱
![](https://assets.st-note.com/img/1715431060608-Cbq8wWKZCR.png?width=800)
その秘密部屋には、ボクの写真がたくさん飾ってあった。
父とボク。
ボクと母。
父と、母と、ボク。
懐かしかった。
あまりの驚きに、「へぇ〜。」という言葉しか出てこなかったが、ゆっくりと部屋に飾られた思い出たちを見て行った。
その時、足に何かが当たった。
ふと見ると、それは黒い宝箱のようなものだった。
かなり古い箱だ。
「爺や、これは?」
勝手に開けて良いのかも分からず、ボクは聞いた。
『えぇ、それこそがお父上からの贈り物です。』
ボクは突然、少しだけ怖くなった。
ドキドキしながら、ボクはその箱を開けた。
鍵
![](https://assets.st-note.com/img/1715431910079-D3EjhHy8iX.png?width=800)
その古い箱の中身も、見るからに古い品物だった。
中には、何枚も重ねられた分厚い書類が入っていた。
今度はボクは、爺やに聞かずにそれを手にした。
書類に目を通すと、すぐにそれが何であるか分かった。
「爺や・・・これって、
お父さんの家の権利書だよね。」
爺やは静かに『えぇ、そうです。』と答えた。
この部屋を案内した時から、爺やはずっとかしこまっている。
普段、ボクの親代わりをしてくれている優しい老人の顔ではなく、父に仕えた優秀な執事としての顔だった。
爺やのこんな顔を見るのも、久しぶりだ。
ボクは、ゴクリと唾を呑んだ。
「それで、、、
これを、どうしたら良いのかな?」
爺やのかしこまった様子に、ボクも緊張しながら聞いた。
『拓実坊っちゃま。
お父上は、
拓実坊っちゃまが
20歳になられましたら、
ご自身の土地と邸宅の権利を
拓実坊っちゃまに渡すようにと、
私に命ぜられました。』
言葉が出なかった。
意味をすぐに理解できない。
箱を開けるのにしゃがんだまま、ボクは動けずにいた。
父の家は、海の見える丘の上に立つ、城のような邸宅だ。
そう、ボクが大好きだった、あの家。
幾多の思い出が、一瞬のうちに蘇ってくる。
小さい頃の幸せな記憶。
父を失う悪夢。
戻りたいのに、戻れない日々。
いろいろな記憶と感情が、白波を立ててボクの中を行ったり来たりする。
ボクは、その分厚い書類を持ったまま、何も言わずに立ち上がった。
爺やに何かを相談しようと思った時、
カラン、、、
と、何かが書類の隙間から落ちた。
鍵だ。
ボクの頭を、何かが貫いた。
その特徴のある形は、思い出すのに一瞬の時も必要なかった。
父の家の鍵だった。
ボクは、少し間を置いて爺やに言った。
「爺や、今日は本当にありがとう。
本当に、嬉しかったよ。
この部屋のこともね。
けど、ちょっと今は
一人で考えたいんだ。」
ボクは、このバースデーイブにたくさんの気遣いをしてくれた爺やに、余計な心配をさせないように心がけて言ったつもりだった。
でも、きっと、ボクが複雑な気持ちになることは、爺やには最初から分かっていたのだろう。
爺やは、優秀な執事の顔をしたまま、丁寧に返事をしてくれた。
『かしこまりました。
何かございましたら、
いつでもお声掛けくださいませ。』
それから爺やは立ち去る前に、こう言い直した。
『本当に、ご立派になられました。
おめでとうございます。心から。』
ボクは静かに微笑み返した。
それからボクは、書類と鍵を持ったまま、しばらく秘密部屋に飾られた父との写真を眺めていた。
「分かったよ、お父さん。
ありがとう。」
そう呟くと、ボクは秘密部屋を後にした。
▲全編マガジンで公開中▲
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!