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【時に刻まれる愛:3-10】エピローグ:最後の笑顔

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ボクらの家

『旦那様!』

城の玄関を出たところで、爺やが駆け寄ってくる。

ボクの様子を見て、爺やが続けた。

『・・・解かれたのですな。
 お父上からのメッセージ。』

爺やは、隠れ家でボクと一緒にNo.0の手紙だけは見ている。

もちろん爺やには、その後にどれだけのヒントとメッセージの連鎖があったのかを知る由もない。

けど、No.0の手紙から始まり、ボクがこの城で父からの本当のメッセージを見つけようと謎を解いていたことは、大まかには理解できていたのだろう。

清々しい表情のボクを見て、爺やは全てを悟ったようだった。
そして爺やも本当に嬉しそうな顔をした。

ボクは返事をした。

「あぁ、解けた。
 ボクは今日から、この城の主だ。

 この城をボクが受け継ぐ。」

ボクの宣言に、爺やが応えた。

『旦那様。
 ご立派です。
 おめでとうございます。』

それからボクは、城の主人として最初の仕事をした。
すなわち、爺やに対して3つの要件を伝えたのだ。

「爺や、お願いしたいことが3つある。

 一つ目。
 ボクのことを旦那様と呼ぶのはやめて。
 爺やとは、
 これまでと同じ関係でいたいから。

 爺やはボクにとっては
 家族と同じだから。

 それで、だからこそ
 二つ目のお願いなんだけど、
 城を継いだボクの
 一番の支えとして、
 これからも執事を務めてほしい。

 お願いできるかな?」

最初の二つのお願いを伝えたところで、一度爺やの返事を待った。

爺やは、ボクから視線を逸らすと、一瞬だけ目頭を押さえた。
それから、小さく震える声で返事をした。

『もちろんでございます。
 ありがとうございます。
 これからも、
 よろしくお願いいたします。
 坊っちゃま。』

爺やから、坊っちゃまと呼ばれたのが嬉しかった。
旦那様と呼ばれるよりも、ずっと馴染みがあるから。

そしてボクは、三つ目の要件を伝えた。

「それから爺や。
 ボクは、今日は帰るよ。
 夕飯の支度をお願い。
 そうだな。スープが飲みたい。
 夕食の後は、チェスがしたい。

 良いかな?」

爺やは、少し戸惑った様子だった。
困ったように、ボクに尋ねてきた。

『あの・・・。
 夕食はどちらで?』

爺やはきっと、城を継ぐ宣言をしたボクの言葉から、今日からこの城で暮らすのだと思ったのかもしれない。

でも、ボクの希望は違う。そう、違うんだ。

「今日は、帰るよ。
 
 爺や、帰ろう。ボクらの家へ。」

爺やが堪えきれずに、ボクを抱き寄せた。
耳元で、爺やが涙声で『ありがとうございます』と言った。

・・・それから爺やは、車のドアを開けた。
ボクを乗せるために、そうしてくれたのだ。

でも、ボクは言った。

「爺や、ごめん。
 隠れ家までは、
 一人で帰りたいんだ。

 大丈夫。
 場所はもう、分かったから。

 この城と隠れ家。
 その間にどんな街があるのか、
 自分の目で確かめたいんだ。

 どこかで電車に乗るよ。

 今からだと、
 いつも大学から帰る時間と
 あまり変わらないから、
 ちょうど、駅から隠れ家までは、
 ボートで湖を渡って
 一緒に帰れると思うんだ。
 あの人とね。

 だから爺や、
 後で、隠れ家で会おう!

 よろしくね!」

ボクがこの一方的なわがままを言っている間に、爺やはなんだか嬉しそうな表情をした。だからボクは、爺やに要件だけを伝えて、城の門から歩き始めた。

歴史の眠る城。記憶と悪夢。灰色の人生。薔薇の庭園。秘密。メッセージ。存在。

たくさんのものが刻まれたボクの人生。
たくさんのものを抱いたボクらの運命。
ボクらの時に刻まれる愛。

その全てを乗り越えて。
その全てを受け入れて。
ボクは、新しい一歩を踏み出した。

世の中には変えられるものがある。

さっき爺やと抱き合った時に、実は、爺やの耳元で言ったことがある。

「・・・爺や。
 やるべきことが見つかったよ。

 今のボクならできるんだ。
 思い付いたんだ。

 奴らから、取り戻す方法を。
 
 それで、お母さんを助けるよ。
 大丈夫。
 すごい作戦を思い付いたんだ。」

もちろん、こんな話は大声ではできない。
だから爺やも抱き合ったまま答えた。

『ほぉ。なるほど。
 では、隠れ家で夕食の際に
 お聞かせ願えますかな?』

だから爺やは、車のドアを開けたんだ。

でも、ボクは一人で歩き出した。

ちょっと、この一歩を自分で確かめたかったから。
自分の力で、帰りたかったから。
あの湖を、あの男性と帰りたかったから。

世の中には、変えられるものがある。

ボクの人生で、時計の針が動き始めた。

エピローグ:正体

ここからは、ボクが知らない物語の結末。

ボクが、城の門から歩き始めてしばらく経った頃、ある男が城の3階へと向かっていた。その男は、書斎へと辿り着いた。

そして、書斎の窓を開ける。
陽の光が、その男を照らす。

そこには、ボクの成長を見守ってきた優秀な執事が立っていた。
ボクが、爺やと呼んでいる、その男だ。

彼はポケットから一つの鍵を取り出した。
その鍵を、書斎の机の、左側の引き出しの鍵穴へと差し込む。

ボクが開けられなかった引き出し。
そこには、父が愛用していたパイプが入っていた。

彼は、そのパイプを手に取ると、静かな笑みを浮かべた。

それから彼は、自分の胸元に手を伸ばし、ネクタイピンの裏に小さく光る、スイッチのようなものを押した。

彼はパイプにたばこを詰めて火をつけた。

それから、ゆっくりとパイプをくゆらせた。
彼は、パイプを改めて見つめると、旧友に再会したかのように呟いた。

『久しぶりだな。』

彼のネクタイピンの裏にある小さなスイッチ。
それを押した今、彼は真実の声で言ったのだ。

低く、力強く、安心感のある、その声。
世界で一番、ボクを安心させてくれた、その声。

それから彼は、パイプを咥えたまま窓辺へと歩き、窓から城の外を眺めた。

もう随分と遠くまで、ボクは歩いていた。
一歩ずつ、一歩ずつ。自分の人生をボクは歩いていた。

その様子を見ながら、彼は言った。

『成長したじゃないか、拓実。』

彼はしばしの間、その変装を解き、再び動き始めた城の時間を楽しんだ。

・・・

伊月野拓実。
itukino takumi

itumotikakuni
いつも、近くに。

<時に刻まれる愛> 完

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