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【時に刻まれる愛:1-9】震える心

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いざ、過去との対決

母の病室を後にして、ボクは病院を出た。

病院の外では、いつものように爺やが待っていた。

ボクを車に乗せると、爺やは尋ねた。

『坊っちゃま、隠れ家の方へ戻られますか?』

爺やが、今の家のことを隠れ家と表現するのは珍しかった。

ボクが父の家、いや、もうボクの家なのかもしれないが、そこに向かう決意をしたことを知っているので、あえて今の家のことを隠れ家と表現したのだろう。

普段なら、ボクが肩身の狭い思いをしないように、爺やからはそんな言い方はしない。

こうした爺やの細かい気遣いには本当に感謝している。

ボクは答えた。

「あぁ、帰ろう。
 出発は今日じゃない。
 爺やとボクの家に帰ろう。」

あえてボクも、今の家のことをそう表現した。
爺やの目尻が光った気がした。

それから爺やは、

『かしこまりました。』

と言うと、車を出した。

爺やの運転は年齢を感じさせない。
安全運転だが、力強さも感じる。何より、気遣いのある運転だ。

道中、爺やが訪ねてきた。

『坊っちゃま。
 城へ向かわれますのは、
 いつですかな?』

ボクは、少し笑いながら答えた。

「城って。

 爺や、
 気を遣ってくれて、ありがとう。
 でも、わかりづらいから、
 お父上のご自宅って、
 いつもみたいに言って良いよ。

 ボクだって、
 あれが自分のものだなんて、
 まだ実感がないんだから。

 ボクの家は、
 爺やと住んでいる今の家だよ。」

爺やが一瞬、何度か瞬きをした。

爺やは、少しだけ声をうわずらせながら、改めて聞き直した。

『坊っちゃま。
 嬉しいことを言ってくださいます。

 では、
 お父上のご自宅に向かわれますのは・・・』

そう言い終わらないうちに、ボクは即答した。

「明日だ。」

爺やは、少し黙って、しばらくしてから言った。

『お父上のご自宅に
 こんなに早く向かわれますのは、
 やはり、お父上からのお手紙を読んで
 何かお考えになられたからでしょうか?』

ボクには、爺やがすごく心配をしてくれているように聞こえた。

それも無理はない。
ボクが隠れ家に移り住んでから、爺やはボクの苦悩を一番近くで見てきた人物だ。

父からの大きな贈り物とはいえ、ボクにとっては辛い思い出をまた呼び覚ますことにもなる。爺やには、そう思えたのかもしれない。

でも、本当は少しだけ違う。

ボクは静かに答えた。

「あぁ、あの手紙を読んで、
 考えたことはあるよ。

 でも、父のためでも、母のためでも、
 どちらでもないんだ。

 辛い気持ちを紛らわせるためでもない。

 明日、あそこに戻るのは、
 ボクのためなんだ。

 自分の運命と決着を付ける。
 過去との対決だ。」

爺やは、ギュッとハンドルを握ると、こう言った。

『世の中には、変えられるものもある。
 そうでしたな?』

ボクは微笑んで答えた。

「あぁ、そうだ。」

ちょうど、車がボクと爺やの家に着いた。

家の前の湖に目をやると、向こうから紺色のセーターの男性が船を漕いで帰って来る。

ボクは車から降りると、

「こんばんは。
 何か手伝いますか?」

そう声をかけた。

世の中には変えられるものもある。

10年間でボクは変わった。

ここに来る前の悪夢だって、きっと変えられるはずだ。
父の家に戻れば、何かが変えられるはずだ。

ボクは静かな決意を胸に、ボートを停めるのを手伝い、それから家に入った。ボクらの家に。

写真

家に着いて、爺やが夕飯の支度をする間、ボクは自分の部屋で父との写真を眺めていた。

そう、この家の書物庫にある隠し部屋から、ボクが持ってきた写真だ。

ボクを抱き上げた父が、子供のような笑顔で映っている。
父の眼鏡に反射して、嬉しそうに写真を撮っている母の姿も見える。

幸せな時だった。

あの頃、ボクが小さかったこともあるけれど、強くて賢い父と、穏やかな母に囲まれて、人生の不安なんて何もない時間を過ごしていた。

そして今でも、この写真を見ると、同じような気持ちになれる。

父も母も、今、この瞬間に、ここにいるような気がして。

きっと、起きてしまった事実は変えられないのだろう。

でも、それを乗り越えるという意味で、過去の解釈は変えられる。

「そうでしょ?お父さん。」

ボクは、そう呟いた。

父は、死の悲しみを世の中から消し去るはずだった。

その父の死を、ボクが悲しんでいて、どうするのだ。

父の死を、自分の中で完全に乗り越えた時、少し父の悲願に近づける気がしていた。

「明日だ。行くぞ。」

ボクは静かにそう言うと、爺やの元へ向かった。

最後の晩餐

爺やは夕飯の支度を終えたところだった。

いつものように、小綺麗にテーブルが整えられていた。

そして、いつものように、ボクらは一緒に食事を摂った。

ボクは爺やを見つめた。
その様子に爺やも気づいたようだ。

ボクの目を見ると、爺やは見透かすように言った。

『最後の晩餐・・・
 とでも、お思いですかな?』

図星だった。
慌ててボクが答える。

「あぁ、かもね。
 でも、もうお父さんの家には、
 de・hat社の人間は
 来ていないんでしょ?」

爺やが深くうなづきながら答える。

『えぇ。もう10年もの間。
 本当に誰もあの家には。』

しかし、ボクは気になっていた。

「でもさ、爺や。
 お父さんが仮に生きていても、
 たぶん、ボクらとここに
 隠れて住んでいるよね。

 ってことは、
 あの家は100%安全だとは
 限らない。

 用心しないとね。」

爺やは、『確かに』と、うなずきながら続けた。

『しかし、お父上が
 生きておられましても、
 拓実坊っちゃまたちと、
 一緒に住むことは選ばないでしょう。

 あの家には誰も出入りしていませんが、
 万が一、
 どこかでお父上の所在がバレてしまうと、
 結局は・・・。』

ボクは、「それもそうだな」と思った。

父の死について会話に出ても、あまり動じなくなった自分がいた。
ボクは確実に、それを乗り越えつつあった。

だからこそ、真相が知りたいのだ。
そう、自分の中で完全に過去を乗り越えるために。

続けて、ボクは尋ねた。

「爺や。
 ボクらがここに来たのは、
 お父さんが失踪した後だった。

 でも、
 お父さんの家で
 何かがあったわけじゃない。

 そんなことがあれば、
 さすがにボクも覚えているし、
 ボクらもその時に消されているだろう。

 ってことは、
 お父さんはどこで、奴らに・・・?」

爺やは、答えを知っているようだった。

少しの沈黙を置いて、爺やは答えてくれた。

『えぇ、
 お父上の社屋で。

 彼らは計画的に、
 待ち伏せしていたのでしょう。

 お父上の賢さは、彼らが
 一番よく分かっていましたから。

 つまり、
 お父上の家で事を起こすよりも、
 オフィスでひっそりと襲う方が
 足が付かないと思ったのでしょう。

 お父上は、
 誰よりも早く出社する
 懸命な人物でしたから、

 彼らは朝早く出社したお父上を
 襲ったようなのです。

 午前10時の会議に
 お父上が現れないことを
 社員が不思議に思い、
 お父上の失踪が判明しましたから。』

de・hat社の手口の狡猾さに、言いようのない感情が湧いてくる。

爺やは、そんなボクを見て、グラスに水を注いでくれた。

爺やの覚悟

de・hat社への憎しみを鎮めようと、一気に水を飲み干すボクを見て、爺やは言った。

『坊っちゃま。
 
 一つ、わがままをお許しください。

 明日は、私も同行いたします。

 坊っちゃまが、
 お父上の家の中にいる間、
 私が守衛と共に外を見張ります。

 もし、何者かが近づくことがあれば、
 車のクラクションを鳴らします。

 いつもと同じ合図です。』

そう、母の見舞いに行く時と同じ合図だ。

爺やは、ボクと母が二人きりになれるように、病室には入って来ない。
病院の外で待ち、日が暮れ始めて帰る時間になると、外から車のクラクションで合図をしてくれる。

精一杯、気を遣いながら、だけどボクを案ずる爺やの申し出は、断るに断れなかった。

「分かった。
 よろしく頼むよ。」

ボクは、そう承諾した。

爺やは、優秀な執事の顔をして頭を下げた。

『かしこまりました。
 共に、参ります。』

助言

夕食を食べ終わる頃、爺やがボクに聞いてきた。

『それで、坊っちゃま。
 お父上の家に行って、
 何をなさいますかな?

 掃除などが必要でしたら、
 それはそれで準備をいたしますが。』

ボクは、すぐに答えた。

「いや、そういう目的じゃないよ。
 父の手紙を見てみなよ。」

ボクは爺やに、手紙を見せた。

拓実へ。

20歳の誕生日、おめでとう。

直接、お祝いの言葉を言えず、
また、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。

もう大人の君に、大切な贈り物がある。

さまざまな事情で、私の家は捜索される可能性があったから、
すぐには分からないように隠してある。

お前なら、辿り着けるだろう。
私の、本当のメッセージへ。

父より。

追伸:

夢を追う二人の親子は、
まるで円盤を駆け巡るように
永遠に時の中を周り続けるのだろう。

時間とは、数字であり、
それは時に、残酷なものだ。

手がかりは、いつも裏側にある。

親子の間に刻まれた時間を、
正しく見つめ直すのだ。

手紙に目を落とす爺やに、ボクは言った。

「ボクへの贈り物を隠してある、
 って書いてあるよね。

 でも、この手紙自体は
 書物庫の奥の隠し部屋を
 見つけた後に読んだ手紙だ。

 つまり、家の権利書とは別に
 隠された贈り物があるはずなんだ。」

爺やは『なるほど』と言いながら、手紙をもう一度読んでいるようだった。

爺やは、視線を手紙に落としたままボクに聞いた。

『ですが、坊っちゃま。
 お父上の家は、かなり広いですぞ。

 探すとなっても、これは大変です。

 一体、どこからお探しになりますか?』

爺やの質問は、ごもっともだった。

ボクは爺やと一緒に、もう一度手紙に目をやった。

「・・・。爺や!!

 この追伸の意味は何だろう?

 独特の表現はお父さんらしいけど、
 少し意味深だよね。

 何かのヒントかな・・・。」

その時、ボクの頭の中に、ある光景が蘇ってきた。

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