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【時に刻まれる愛:2-3】ふたりの絆

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執務室

隠された地下室の、さらに奥にある、誰も知らない部屋。

それは一目で、執務室だと分かった。

手前にある研究室とは、雰囲気がまったく違う。

研究室のエリアは、難しい本や資料が机の上に山積みにされており、きれいに整っているというよりは、生々しい努力の積み重ねが感じられる雰囲気だった。

それに比べて、この執務室は、とても綺麗に整っている。

机の上には、ほとんど何も置かれていない。

黒い電話。
連絡帳。
それに、何かのスイッチが置いてあるだけ。

あとは綺麗なものだった。

その執務室にも本棚があった。

ただし、研究室のように古びた書籍が並べてあるのではなく、どうやら業務連絡の記録が、きちんとファイルされているようだった。

秘密の扉で区切られた、研究室と執務室。

そのギャップに、ボクは少し身が引き締まった。

ボクがこの部屋を見て、すぐに執務室だと直感したのは、1枚のプレートが目に入ったからだ。

机の上には、黒い電話、連絡帳、何かのスイッチ。

それらとは別に、入り口から見て机のすぐ手前側に、

当主 唐子孝俊

という、肩書付きの父の名前入りのプレートが置いてある。

金色に光る、美しい存在感だった。

こうした様子から、ボクはここが執務室であると直感したのだ。

おそらく、父は重要な研究や計画を、この地下室で行っていたのだろう。
先ほどの研究室のエリアだ。

そして、さらに重要な連絡や指示については、こちらの、本当に隠された部屋から行っていたのだろう。

世界を変えるほどの研究や開発をしていたのだから。
これほどの城を守っていたのだから。
de・hat社に消されるほどの存在だったのだから・・・。

こうした誰にも知られない空間が、父には必要だったのだろうと察した。

それにしても、手前の研究室もそうではあるが、特にこの執務室のエリアは、本当に誰も知らないはずだ。

ボクもここには入ったことはない。

もし、知っている人がいたとしても、父が心から信頼する数名くらいなのだろう。

そう考えている時、ふと「爺やなら、ここに来たことがあるのかな。」と思い浮かんだ。

あの優秀な執事が、父とここで重要な話をしている姿が、なんだか想像できたから。

父がこのデスクに座り、爺やに何かを命ずる。
爺やが『かしこまりました。旦那様。』と返事をする。

そんな光景が、すごく想像できたのだ。

真実は裏側に

執務室にある本棚に目を向けた。

「お父さん、悪いけど、見させてもらうよ。」

そう呟くと、いくつかのファイルをパラパラとめくってみた。

いくつもの会社を経営する、城に住む大富豪。
そんな父の豪快さとは裏腹に、とても几帳面な姿を感じさせる内容だった。

誰にどんな指示を出したのか、誰とどんな会議をしたのか、そうしたものが細かく記録してある。

さまざまな人物との、細かな記録が見つかった。

例の薬、hopeについても・・・。
世界から、死の悲しみを消し去る薬だ。

開発データではないが、hopeが人々に行き渡るように、打ち合わせを重ねた記録が残っていた。

その薬の開発を揉み消し、父を殺したde・hat社との記録が、細かく書かれていたのだ。

父の経営する企業グループでは、薬の開発や病院の建設はできても、薬の販売や流通をする会社は所有しておらず、せっかく開発した薬を、どうやって世界に届ければ良いのかを、de・hat社に相談した様子が生々しく書かれている。

文面だけを読めば、de・hat社はとても丁寧に、その答えを提示していた。

その言葉は、表面上では父の思いに共感し、de・hat社も世界から死の悲しみを消し去りたいと願っているように感じるものだった。

そのやり取りの記録と一緒に、父の思いも書き込まれていた。

『これで、
 世界から死の悲しみがなくなる。

 世の中には、
 変えられないものなどない。

 永遠はある。
 私はそう信じている。

 永遠を手にした人々で、
 資源やエネルギーの問題と
 向き合えば良い。

 時間はこれで、永遠にあるのだから。

 私の企業グループも、
 きっと力になれるだろう。』

・・・ボクは思った。

父は、hopeによって人が死ななくなった後の世界についても、ちゃんと考えていたんだ。

人が死ななくなれば、資源の枯渇などの難しい問題が起こる。

だが、父の言うように、永遠を手に入れた人々が力を合わせれば、現在では考えられないような技術を生み出し、生産していけるかもしれない。

でも、実際には、世界はそんな未来を手にすることはなかった。

de・hat社にとって、その薬の存在が、どうして邪魔になったのかは定かではない。

だが、とにかく父は裏切られた。

彼らの真意は、言葉の表側ではなく、裏側に隠れていた。

ヤツらは最初から、父を騙して流通権利を買い取り、それから薬の存在を揉み消して、父のことも消してしまおうと考えていたのだろう。

『真実を知りたければ、裏側までよく見ること。』

父や爺やが言っていた言葉が、本当に皮肉のように突き刺さる。

ヤツらの真意もまた、裏側に隠れていたのだ。

優秀な執事

色々なことが分かってきて、あるいは、色々なことが謎すぎて、ボクは逆に冷静だった。

今日ここに来たのは、正解だったのかもしれない。

ボクは確実に、父の死を冷静に乗り越えようとしていた。

「・・・さて、これは何かな?」

ボクは、机の上にある、謎のスイッチに目をやった。

「まさか、また隠し部屋とか・・・。」

半ば苦笑いをしながら、ボクはスイッチをそっと押した。

カラン、コロン、カーン、コーン・・・。

城の中を、鐘の音が響いた。
地下室にいても、それが聞こえた。

「この音は・・・。」

ボクは思い出していた。

幼い頃、時々この鐘の音を聞いたことがあった。

ただし、母も含めてほとんどの人が、これが何の合図なのかは、はっきりとは知らず、守衛さんの交代の合図なのかしらと言っていた。

しかし、鐘の音は、このスイッチで鳴らされていたんだ。

ってことは、父から、この城の中にいる信頼できる人物へ、この執務室に来るようにという合図だったのだろう。

ボクの中で、すぐに爺やの姿が想像できた。

「やはり、爺やはこの部屋を知っているんだな。」

ボクはそう呟いた。

と同時に、爺やと父もまた、強い絆でつながっていたのだろうと理解した。

・・・今までにも、そう感じる瞬間はあった。

ボクと爺やの二人の生活の中でも、時々爺やも寂しそうだったから。
会話の中でボクが父の話をすると、『私も、寂しいです。』と爺やは言っていたから。

だけど、今までよりも深く、ふたりの絆を理解できた気がした。

「爺やのためにも、ボクは頑張らないとな。」

ボクがそう呟いた時、その美しい鐘の音の余韻が、まだ心の中で響いていた。

それから、机の引き出しも開けさせてもらった。

左右に二つある引き出しのうち、左側には筆記具が入っていた。

高級そうな筆記具だった。

右側の引き出しを開けると、ボクはハッとした。

写真だった。

この地下室には、ボクらの写真が一枚も無いと思っていた。
研究室のエリアにも、この執務室にも。

それは、父の他の部屋とは完全に違う点だった。
父の他の部屋には、ボクらの写真がたくさん飾られている。

ボクと、父と、母。家族の写真が。

でも、この地下室には、そうした様子が無かったから、すごく印象的だった。

ところが、ちゃんと隠されていた。
一枚だけ。ボクと、父の写真が。

母が撮った写真なのだろう。
父がボクを抱き上げている写真だった。

よくボクが、父と追いかけっこをして隠れていた、あの大きな木の下で。

・・・どんな時も、父はボクを手放すことはなかった。

だからこの部屋にも一枚だけ。
一番手元の引き出しに、ボクの写真を置いてくれていたのかもしれない。

時を超えて

ふーっとため息をつきながら、改めて部屋を見渡した。

たくさんの思いがボクの中をよぎった。
久しい記憶とも出会えた。

部屋を見渡すと、また本棚が気になった。

城の建築計画 vol.0

というファイルがあった。

「vol.0って、なんだろう。
 普通、vol.1からだよな。」

そう言いながら、ボクはそのファイルを開いた。

どうやら、この城を建てるための、森の開拓に関するやり取りの記録のようだ。

この部屋のファイルには、本当に細かく会話が記録されている。

父が誰かと打ち合わせている間、爺やが秘書として、タイプライターで記録をしたのだろうか。

そこには、こんな父の発言が記録されていた。

『それにしても、
 紺色のセーターが
 お好きなのですね。

 あと、
 あなたのお住まいも素敵です。

 あの湖を、
 ボートで毎日行き来しているなんて、
 とても良い時間なのでしょうね。

 この城ができましたら、
 あの湖のほとりに、
 私たちの隠れ家も
 作りたいと思っているのですが。

 もし、お近くに家を建てても、
 お邪魔じゃなければ。

 お礼として、
 新しいボートを贈りますよ。

 よろしくお願いします。』

・・・なんてこった。

あの、ボートの男性が・・・そうだったのか。

時を超えて、ボクは永遠の絆を感じていた。

ずっと近くに、父がいたのだと思った。

もちろん、本当にいたわけじゃない。

でも、つながりは常にあった。

父が生み出した永遠は、薬の開発だけではない。

心のつながりという意味でも、父は永遠の絆を与えられる人だったんだ。

ボクと父。
父と爺や。
あの頃と今。

それぞれの絆が、時を超えて、今も強くつながっていた。

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