久慈光久『ヴォルフスムント』

同僚に勧められて,ヴォルフスムント読了.オーストリア,ハプスブルク家に占領されていたウーリ・ウンターヴァルデン・シュヴァイツの森林三邦が1315年,自由を勝ち取るために多大な犠牲を払いながら戦う話.

イタリアとスイスの間にはアルプスが横たわり,流通にとって今もなおその交通は極めて重要な意味を持つ.かつてサンクト・ゴットハルト峠が如何に難所で,道を拓くために多くの技師が苦労し,命を落とした.やっと拓かれた峠は,悪魔との契約の結果.関所「狼の口」の代官ヴォルフラムが悪魔的な力を持って関所破りを見破ると信じられる理由でもある.今もってスイス人はゴットハルトを神聖視しているし,世界一長いトンネル,ゴッタルドベーストンネルの2016年の開通は,今のスイス人にとってもとても大きな出来事だった.

スイスは大国に囲まれた山間の小国である.自由と自治を保つためには,自分たちの力で自分たちの土地を守るのだ,という意識が大変強い.だからこそ今もなお徴兵制が支持されている.言葉もばらばら,文化もばらばらな26のカントン(州)からなるスイスが,それでもスイスという一つの国(state)の体を保ち,EUにも加入せずに独立する道を貫いているのは,その基本になる共通民話が必要だ.これはまさに,そのスイス建国神話.英雄ヴィルヘルム・テル(子供の頭の上に載せた林檎をクロスボウで射抜く彼)がウーリ州でハプスブルク家の代官アルブレヒト・ゲスラーを暗殺したところから始まる神話.

どんな国にも建国神話はある.ある程度の人間がまとまるには,物語が必要だ.日本に古事記があって,天皇が万世一系とどこか信じられているように.

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