鬱の覚書

なんか書かなきゃいけない気がした。

・金銭管理

記録だけつけても各種サブスクや固定費がいくらかかるか把握していない。これじゃ管理とは呼べない。まぁ3ヶ月分の使用量を総合してみれば平均取れるからそのようにする。

そのようにした。流れで契約変更したりした。えらい、とてもえらい。さらに流れで公園にも赴いている。えらすぎる。

◆今回の鬱で得たもの

また2週間ほど布団の上の置物と化していた。動かざること山の如し、あるいはナマケモノの如し。

①日常生活=満足度が目的関数の最適化問題説と睡眠サイクルのインパクトのでかさ

考え方自体はこれからも役立ちそうだが、睡眠のインパクトの重みづけを失敗してる感がある。睡眠は大事、坂東は英治。

睡眠薬の処方、ブルーライトカットの変な

②鬱は抵抗しても無駄

飯が作れないなら出前を頼めばいいじゃない。身体が動かせないなら動かなくても楽しめるものを見ればいいじゃない。衝動が抑えられないなら暴れて叫べばいいじゃない。何もする気が起きないならそれを誤魔化せばいいじゃない。

とにかくやり過ごす以外にできることもないので(良い方向に向かおうというエネルギーが枯渇するので、行動そのものが出来なくなる)諦めて偶然調子が戻るのを待つくらいしかなさそう。

こういう類の絶望はありふれたものなのだろう。鬱は激流のようなもの、流される以外にできることなんかない。

無論、簡単に諦められるものではないが、いずれそうなるしかない。まぁ死にきれるならそれも本望だろう。自殺について考えることでつらい時間が減るならまぁそれも悪くあるまい。

③人はなんだかんだ助けになる

暴言吐いて人格否定したのも役に立ったし、ありがとう助かったとの言葉も役に立ったし、しょうもないマウンティングや冗談の投げ合いもなんだかんだ役に立った。その時にしたいように関わればよろしい。

あとは、無能役立たず聞く気にもならない心配ではなく、有能お役立ち耳を傾けたい心配を貰った。それに関しては自然と感謝が湧いて出た

安定時に築いた人間関係と信頼が鬱の助けになったというのは今までにないことだった。これは成長と捉えていいんじゃないか。

④何度繰り返しても違う状態の想像は難しい。

脳の状態次第では別人格と言って差し支えないほどに、同じ出来事に対する解釈が変わる。気分次第では誰でもそうなのだろうが、その差分が病的に乖離している。実際に病気だしな。

⑤鬱状態でどうするか?は解けない問い。どうすれば鬱状態に陥らないか?は解けそうな問題

今回は偶然の知的興奮と人の助けでなんとかなった。言語化しきれてない掴めたものも何かしらあると思うので、それを活かして生きたいもんです。

こういうリセットにも何かしら見出せる価値はあるのよな。

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