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伊那谷日記➂〜今日も熊鈴は谷に響くよ


リーンリーンと鈴の音を響かせながら子ども達が登校していく。
ここは信州伊那谷。山も川も近くて、私たちその山や川のそばで生活している。

子ども達がランドセルに付けている鈴は熊除けの鈴で、つけ始めたのはいつ頃からなのだろう?
20年前はなかったと思う。10年前も聞いてないような?
記憶でははっきりしないが、ここ最近のクマの目撃数を考えれば当然の方策と言えるし、鈴にどれだけ効果があるのか分からないけど、できる事がそれ以外ないと言うのが本当のところかもしれない。

私達は登山に行くときは数年前から鈴とは別に唐辛子スプレーも携行している。鈴という受け身の対策だけでは足らないような気がして、攻撃力のある物を手札として加えたかった。
ナタとかも考えたけど、ナタは柄が長くないので必然的に近距離戦でしか意味を持たないし、クマが近距離まで来たらもう何もできないに違いないし。

幸いにも、まだ今のところ唐辛子スプレーを使用しなければならないような事態には遭遇していない。
登山口までの林道を車で走っているときに脇を走って林に逃げ込むツキノワグマをに見たり、日光あたりの木道で人間と距離を取りながら移動する親子グマを見たり、北アルプスの常念岳エリアで遠くにクマの姿を目撃したりしたくらいである。

しかし、日光で見たツキノワグマの親子は観光客も歩くような人通りの多い木道脇を慣れた様子で物色していた。
みんな熊鈴りんりん鳴らしているのに母グマは怖がる様子もなく、人前に姿をさらすのは慣れている風情で、落ち着いた小走りでうるさい人間から離れよう…そんな感じの動き方だった。

私はそこまで近くでツキノワグマを見たことがなかったから、その毛並みの美しさに驚いた。黒ぐろと艶やかな毛は日の光を反射してキラキラと輝いていた。
自分の髪の毛より何倍も美しかった。
美味しいもの食べてるのかな、そう思った。
母グマは思ってたより大きいし、力も強そうだし、動きも機敏だった。
野生ならではの油断のなさが眼差しに見て取れた。

その時鈴だけではクマに対抗はできないとはっきり気がついた。
スプレーでどうにかできるものでも無さそうなんだけど、とにかく安心材料が欲しかったんだと思う。
スプレーを持ってからは、クマとの遭遇の予行演習を何回もした。
クマだ〜と声を上げてから素早くスプレーのノズルを引く(まね)をする。
出会い頭の遭遇が一番危険だという言うし、練習しないよりした方がいいと思う。
でも、すればするほどクマには勝てない気がしてくる。あの俊敏さで飛び掛かって来られたらまず動けないよな…。
今では諦めの気持ちのほうが大きくなっている。

先日、長野県ではツキノワグマ出没注意報が出された。里での目撃件数平常年の1.8倍、人身事故も発生ということで8月まで県から注意が出されている。

放課後帰ってくる子ども達は、朝とは違って鈴の音をガランガランと響かせて走り込んで来る。元気いっぱいだ。

クマの耳には鈴の音が届いているかはわからない。だけど私の耳にはこの鈴の音はしっかり届いていて、今日も元気で無事に学校に行ってきた子ども達の姿を想像しては微笑ましく思っているのである。

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