見出し画像

#13 よもみ展望台の物件との出会い

「月へ鳴門へ」というお菓子の名前の由来は、夫である代表の錦織が子供の頃の思い出にさかのぼる。母子家庭だったので、長い休みは、弟と2人で、鳴門のおばあちゃんのところに預けられた。虫取りや川遊びで田舎の夏休みを楽しむ一方、父親がわりの叔父が勉強にすごく厳しくて、それにはちょと、閉口したらしい。が、徳島に行くことが本当に楽しみだったそうだ。
 
当時は、東京から徳島に向かう飛行機はプロペラ機で。乗り込む時はまるで、月へ向かうくらいワクワクしたそうだ、
「鳴門に行くのは、月へ行くくらい楽しいよって意味なんだ」と錦織は言った。(ちなみに、このエピソードを説明するのが、私はちょっと苦手。小さな少年たちが昭和のモノクローム映像で浮かんできてちょっと泣けてくるから)

だから、「どこに物件を出すんですか」という質問には、「鳴門が第一候補です」と答えた。どんな雰囲気の物件がいいか錦織に聞くと、開口いちばん「古民家」と答えた。

そこで、「鳴門にある古民家物件を、お菓子工房にできたらいいなと思います」とお伝えした。資金もないし、できれば助成金制度なども紹介してほしいとお伝えした。
日を改めて物件のイメージや、助成金獲得に向けて事業プランや数字も揃えて準備します。引き続き相談に乗ってくださいと、徳島県庁を後にした。

西麻布のお菓子事業の売り上げは、そのほとんどが、徳島のお土産店でお取り扱いただく「卸」と、東京周辺の百貨店のポップアップイベント「催事」の2本柱だった。
それらのピークにどれだけの生産量をイメージして工房内の設備を整えるのかが、焦点となった。

設備についてはレストランでも経験があったのでおおよその予算をとってみたり、原材料の仕入れ、光熱費や人件費、そして、家賃と言った数字を向こう3年くらい分、錦織に作ってもらって、また打ち合わせに臨んだ(私は数字にめっぽう弱く、この辺りは全部、夫の仕事)

はたしてアポイントの日、県庁にお伺いして驚いた。
徳島県のご担当者が、鳴門市の皆さんにも声かけしてくださっており、多めにと用意した資料が足りないほど。10人くらいいらっしゃったように思う。
我々のお菓子のために、これだけの徳島の皆さんが力を貸してくださる。感激だった。

熱心に話を聞いてくださり、「古民家は改装が大変かもしれませんが、相談できそうな方がいらっしゃいますよ」など、前向きにお話を聞いてくださったのが嬉しかった。
何から手をつけていいのか、土地勘もあまりない私に、「まずは物件をいろいろみて、イメージをもたれるのがいいかもしれません」と、ご提案いただき、「月へ鳴門へプロジェクト」のボールは、徳島県から、鳴門市の皆さんに渡された。

それからどれくらい後のことだったか。
物件の候補を探してくださったと連絡が入り、改めて鳴門に伺った。
鳴門市役所の2階に、また大勢がお集まりいただき、「まあ、説明するよりみていただいたほうがいいですね」と、車2台に分乗して、物件廻りにレッツゴー!

どんな物件なのかドキドキした。
車は小鳴門橋を越えトンネルを通り抜け、正面には海。海岸沿いを鳴門大橋のほうに向かって走り、大塚国際美術館の前から瀬戸内海側へ出る。車は程なく山道を上がっていき、島田島を高く高く上がっていく。
島の頂上に到着するとそこは展望台だ。その手前に大きな白い建物が立っていた。建物よりも、その脇の庭に群生していたラベンダーの紫に目が奪われとても綺麗で、「フランスみたい」って思わず声をあげた。

画像1



「よもみ展望台から見る景色は徳島でも最高です。建物の中からの景色は、展望台とまた違う角度で感動ものですよ。ここは古民家ではないけれど、錦織さんの話を聞いて、お勧めしたいと思いました」と市の方が説明してくださった。


画像2


今でもはっきり覚えているんだけれど、その建物や景色をみた瞬間に、「これは大変な場所だ。いくらお金があっても絶対に足りない。私たちの手には負えない。どうか・・・気に入りませんように」と願っていた。

オーナーの松原さんが私たちの到着を待ってくださっていて、中をご案内してくださった。奥様と2人で、週末だけのカフェを経営されていたこと。自分たちが譲り受けた時、この建物は全く手入れされておらずボロボロで、2人で協力して、少しずつ環境を整備されてきたこと。ここは徳島にとって大事な場所だという思いでやってきたので、買いたい人はこれまでもたくさんいたけれど、同じような思いでこの場所を大切にする人にしか譲りたくなくて断り続けてきたこと。そんないきさつを淡々とお話しくださった。

冷蔵庫にはお孫さんからの手紙が大切に貼られていたり、ああ、ここで、お客様とだけでなく、ご家族皆さんで、たくさんの思い出を作ってこられたんだな・・・そんなことを思うと、とてもとても条件なんて伺うこともできず、ただただお話を聞いた。

こんな絶景の中でいただくコーヒーは最高だろうな。お客様は喜ばれるだろうな、とは思ったけれど、スタッフ3人でカフェまで手が回らないだろう。卸とイベントのためにお菓子を作るのに、この環境は果たしてふさわしいのだろうか。宅急便を出すのにも、お届けするのにも遠いし、仕事の効率を考えてもどうなんだろうか、築50年にもなる物件の耐久性はどうなんだろう・・・などなど。

自分の脳内で「気に入らない言い訳」をたくさん考えた。

ここを気に入ったら、絶対に大変だ。

冷静になれ。冷静になれ。

*写真は全部、その日、撮影したものをご紹介しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?