スタァライトアニメ未見の人間が5回目スタァライトの映画を見たまとめ(ネタバレしかない)


書いている人間の属性

〇女子校中高一貫校出身

〇デレマスが好き

の状態で先輩にそそのかされて見に行った結果タイトル通り五回見に行くことになってしまった。

ふせったーで叫んでいたものをまとめたものです。

以下ほぼネタバレ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一回目

○全体の感想
中高時代の六年間(戻れない、密接な人間関係のある最後のモラトリアム)を想起させ、中盤から後半にかけて涙がじわじわ出続ける感じだった。

アニメを見ていないこともあり、卒業に向けてのジュブナイルとして観たと思う。
(イメージとしては、中盤の卒業公演に至るまで、進路面談があってからのギクシャクや卒業までの決意がレヴューになっている=レヴューは剣戟や衣装のみが心象風景となっていてセリフは現実でもぶつけあったのかなぁと思ったり)

ラストのスタッフロールで提出した希望進路から変わった純那さんとななさんを見てあえなく死んだ。

卒業式で歌った「証」が思い出されたのもキーだったような。舞台上のバミリが道になったり常にアイコンとして出で来るのがしんどいなあと思った。(ポジションゼロはバミリに対して90度に立つあれなのだろうか……?)

歌詞はこの辺。特にかおるこさんとふたばさんあたり。
『 前を向きなよ 振り返ってちゃ 上手く歩けない
遠ざかる君に 手を振るのがやっとで

声に出したら 引き止めそうさ 心で呟く
“僕は僕の夢へと 君は君の夢を”

溢れだす涙が 君を遮(さえぎ)るまえに
せめて笑顔で“またいつか”
傷つけ合っては 何度も許し合えたこと
代わりなき僕らの証になるだろう』

1番グッときたのが学園祭でモブの子達がセリフを読み出したところだったので感情移入は多分モブの子達にしていたような……。
宝塚の学校に入ったけど裏方に行って、(おそらくは)歌劇の世界で生き残ることは少ない子達のセリフの朗読に胸が詰まった。
実際宝塚のドキュメンタリーを見ることも結構あったので、かれんちゃんが追いかけてきた結果自分のやりたいことが見いだせなくなってたり、じゅんなさんが(多分)早稲田に進学希望を出したりするのを見て、それなら私が行きたかったのに/他の子が入ればよかったのにってなるのも分かるなあと思いながら、ななさんの剣戟は見ていたりもした。
(だからこそ立ち上がった時やラストのスタッフロールでグッときた)
選ばれた子の責務というか、背負ってきたものの再確認みたいなの好きだ…………
ドラクエの勇者とかは否応がナシに選ばれてその場に立たなければならなかった人も多いけど、あの学園に入った以上「選ばれに来て、選ばれた」という責任が付きまとうのがいいなあと。

あとは中高時代の演劇班の演劇を思い出す点として、10代前半から後半の女の子たちが作り出す熱量ってえげつなかったんだなと言うのを再確認した。
微妙に既視感があるというか、もう私はスタァライトを見たことがあったんだな……ぐらいの感覚でレヴューは見ていた。
演劇班のオーディションの話とかは噂程度のものしか聞いたことがなく、なんか怖いらしいと言うイメージがふんわりあったんだけど実際はどんな感じ、こんな感じだったのかなあと。

総称して戻りたいな!!!と思った。ただ戻れないからこその美しさではあるので……幻想にすぎないのだけど!
先輩の六色の箱庭が私に傷を残しすぎだと思う。

それぞれのレヴューで背景にある塔が学校(=モラトリアム/箱庭/楽園)のイメージであり、彼女たちが対話とレヴューにてそれを粉砕していく瞬間に、彼女たちが卒業することないし進路を固めたのかなと思った。

○キャラクターについて
■物語の構造
→進路面談によって、希望進路とフルネームと顔がさくっと出されるの天才では……?
あの時点でキャラクターと属性が掴めたのが凄く大きくて、サラッと物語世界に入り込めた。
第一歌劇団→劇団節季(劇団四季)の順序が多くて劇団四季二番手なのか……という微妙な笑いもあったりした。
かおるこさんが他の進路を書いてないのが、後継ぐのって大変やな…………って思うなど。

全体を通して、言って欲しいセリフを皆しっかり言ってくれるので爽快感が半端なかった。
・神の器の否定
・借り物の言葉から自分の言葉への転換
・あなたのためからじぶんのやりたいこと
そこも含めて卒業~~~って感じがしんどかったんだろうな……。

■まやさん
なんとなく初見で好きそうだと思ってたんだけど途中でこの人ガラスの仮面の亜弓さんでは??と思ってから好きな理由が腑に落ちた。
サラブレッドとして生まれて、訳の分からん才能に追い立てられながらも自分の芯を失わずに鬼才や天才を努力と自らの才能で正々堂々殴り掛かる亜弓さんが好きなので、神の器から引きずり出された自我でボコボコに殴り合う二人に痺れた。

■じゅんなさん
モブ視点寄りの自分と、二番目に視点が近かった人。すげー人達の集まりの中でなんとなく身の丈が分かってなんとなく大人っぽく鶏口牛後だし……みたいになるのってあったきがするーー!と思って、一番レヴューで胸がぎゅっとなった。
牛後じゃなくて牛頭じゃいと殴り掛かれる人達見たら怖いよなーと思う。それで早稲田っぽいとこ選ぶところのなんか微妙にプライドを感じるところまでしんどく……内情もっと知りたい人ナンバーワン。
宝塚でメガネの人って許されるんだろうかと思いつつ見ていた。
自己啓発状態で自らを奮い立たせるための言葉を色んな人から借りてきてるのもしんどく……とても……。でも諦めきったわけでなく、それをななさんに引きずり出されたのが良かったなと思った……いや本当に……。
(ななさんが初めに彼女に切腹を求めたのが、下手に早稲田の劇研とか入って主役やるくらいなら高校演劇でもやってれば良かったやん、ここまで来てその程度でいいと思うなら演劇自体捨てろっていうことだと観ています)

○謎
■キリン
最初の砂漠からなんなん君……と思って見ていたのでとりあえず自分の解釈。
塔を学校の象徴と捉えた上で、キリンも学園/教師の象徴であって、生徒が卒業する度に踏みつけられる存在なのかなーと思って途中から見た。

学園祭で「先輩たちもこの劇をやるのが怖かったはずだ!」というセリフの時に先生と98,99期の写真が並んでるのが印象的だったため。
生徒は変わるけど先生たちは常に見送っていくので最後に焼き消えるキリンはそんな感じなのかなあと思った。
野菜キリンの時はアルチンボルドの「夏」モチーフであろうことは分かったのだけど、じゃあなんで夏なんやと言われると微妙に……青春(人生の夏)とトマトの出しやすさなのか……?

■ワルキューレの騎行
運転中に聞くと危険らしいけど、なんであの広告が大写しになったのか分からずずっと悩んでいる。後で調べます。
曲自体は確か高校の時の音楽のテストで出たのでここでも懐古にひたった。

○自分がこのストーリーに響いた作品群メモ
・かげきしょうじょ
→言わずと知れた宝塚もの。じゅんなさんと、身長が伸びて娘役から外れた子がなんとなくオーバーラップしたりした。

・ガラスの仮面
→亜弓さんの孤高な格好良さとマヤの異形の天才っぷり。才能のぶつかり合い性癖の由来。あの話は登場人物が全員「演劇で生きる」ことを決めているので読みやすいんだなあと思った。

・チョコレートコスモス(恩田陸)
→同じく異形の天才と演劇について。「その瞬間」に出会ってしまって魅了された人間の末路の話。レヴュー(特にまやさんとクロディーヌさん)が「その瞬間」の象徴だとしたら、彼女たちが大人になって全然違う人間と演劇やるのしんどいだろうな……って思ったりもした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(アニメ鑑賞)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

二回目。

アニメ見たあとだと解れて主題が見えやすくなったからか焼かれる感じは減った。やっぱり塔が建ったところでは泣いたけども!
あそこでななさんが最後のネジを締める(=101回スタァライトを受け入れている)意味がわかったのはアニメを見た成果だなあ……。

○純那さん再考
純那さん、志望書の二番手が日芸で二番手にするとこちゃう……感が凄かった。これなら負けないと思ったものが言葉であり勉学の道だったのは間違いじゃないんだろうし逃げのつもりでもマジでなかったんだなと分かった。先走った文書いてすまぬ……すまぬ……。
ラストのかれんひかりのレヴューを見て、続きだとするなら、多分狩りのレヴューで二人の名前が出てなかったことこそが純那さんの逃げがはっきり見えたところだったのかなと再考。
(目に見えるクロディーヌ、まやさんの才能とかふたばまひるの強さとは違う心的なキラめきに負けたことは直視出来なかったと解釈)
あと歌詞で運命の舞台に「流れ着く」って歌ってたのが聞こえてそら怒るわ!!ってなった。流れたら下にしか向かわないし、星は空にあるから流れ着けないよ!みたいなことはあったのかなあと。
ただ、いつかの勝ちを拾うために今の負けを認めることを認めないななさんは厳しいというより、ワガママだと思う。
(アニメでも思ったけどこの人が一番オトナではない/遊園地から帰りたくないとか、ずっと誕生日のままがいい……みたいな。ただそこに、楽しみが永遠でないことを知っているという苦さがあるせいでさらに拗れている気が)
そんな彼女に「また」「いつか」という言葉が届いたのは、純那さんがしんどい方に前を向いたゆえなので、純那さんはそっちに行かざるを得なかったんかなあ……。観客から見たら「正しい」ルートだな(言って欲しいセリフが来た!)だったけど、実際考えるとしんどい方だよね……と2度目で思った。
キリンに化かされていた。

○クロディーヌ/まやさん
次元が違う戦いしてる!!という感想は変わらず。(観客のいる舞台)
ただ、唯一ななさんに負けず既に舞台に立っていたまやさんはそれ故にもう違う目線で周りから見られていたのかなと。
「サラブレッド」「○○の娘」として、それでもまやさんなのでぬるっとそれすらも演じ切って生きようと覚悟してしまってた。神の器として反射したもの全てを演じる(=周りから定義されたまやさんになってしまう)から空っぽ……ではなく、ぎっちり肉も欲もあるでしょうに!と立ち向かいに来るクロディーヌさん強い。
いやいやあなたは誰でもない天堂まやだが?!!って言いに来てくれた。
このふたりが「いつか」ではなく「明日も明後日も」になったのがよい……。


○ふたばさん/かおるこさん
清水舞台心中という単語の語呂がよすぎる。
レヴューソングが始まった時に一番テンションが上がる。割と答えが見えているところに二人がいたからかなあとも思う。
殴り合わないと、踏ん切りはつかないけど結論としてどう足掻いても二人かおなじところには立てない。跡継ぎになるわけにいかんし。
だからふたばさんの位置づけだけが問題になって、ふたばさんの挑戦を認めるか否か。認めるつもりではいたんだけど、ふたばが要らん理屈付けするからもっかい噴火したレヴューなのかなと。
宝塚だったら関西だから近かったのにね……聖翔東京だもんね……。

○まひるさんのレヴュー
い、いい子……報われてくれ…………。
仲良くて、苦しい時間を過ごしてずっと隣にいれると思ってた子に「自分より大事な子がいた」っていうのが大変にしんどくて、アニメでそれはかれんちゃん殴っていいと思うと強く思ったので、映画が健気すぎてしくしくした。
主人公ほんま……。
半ば本心もありつつ、最後に発破かけて、自分の向上への口上出終わるのかっこいいよ!!!
実は精神的にはまやクロディーヌさんと競るところまで来てるのではと。(途中までは観客のいるレヴュー)
嫉妬心を殺し切ったの演技力と胆力がえぐすぎるのでどうか幸せになって欲しい。

○かれんちゃん/ひかりちゃん
かれんちゃん、主人公!!!!!って感じの子なんだなあと。
運命の改変(自他含む)を無自覚に行った挙句、自分は立ち止まってしまえる。 目的のために走り続けてゴールまでいき切る能力値の高さがえぐい。
初めに運命を動かしたのはひかりちゃんの手紙なんだけど、ファンとして生きれるはずのひかりちゃんを無邪気に舞台少女として覚醒させてしまう。フローラ(華)とクレール(ひかり)だったので運命!と言いたくなるのはわかるけども!お母さんたちから意味を聞いたりもして強化されたのかな……運命……。(アニメで傲慢の女神でしたね……)
主人公は傲慢であってこそだとは思うんだけど、だったら立ち止まらずに進もうね!!って言われるのは道理を感じる。

台本が変わった時にもこっちのが好き!ってサクッと言えるのつよい。アニメででもそもそものスタァライトも翻案されてたところに繋がったのはひえーーーってなった。

○スタァライト
今回のスタァライトは(本当のラストはまだだったけど)「変わらないものはいずれは朽ちていく」「その前に塔を出なければ」「昨日夢見た場所を明日は超えてる」みたいなセリフが散見されて、デレマスの歌詞と響いてウワァってなってた。
※イリュージョニスタとテイクミーテイクユー、EVERMOREあたり
アニメで幽閉されていた女神たちが脱出するだけでなく(だって描かれているのはラストシーンではない)、そこからどうするのかまでを描くのが101回スタァライトだったのでは?
卒業公演の名にふさわしすぎる。

○私の全体の解釈
※そこそこ無茶と無粋は言ってると思うので開ける


アニメから映画まで現実は現実、レヴューは心的風景。
なので、ななさんの巻き戻しも現実にはなかった、のかなあと。誰に何を言われても何度言われても時を進めたくなかったななさん(気持ちの世界ならそれくらい強い気持ちはアリかなと)が説得されて時間は普通に前にしか進めなかったんじゃないかなあと。
ただ、認知をキリンが美しいレヴュー(一般名詞)として味わうために、味付けとして少女たちの葛藤やぶつかり合いをレヴュー(固有名詞)に昇華した。オーディションは外的にぶつかり合わせるためのきっかけに過ぎない。
(生まれながらに舞台少女だというなら衣装はいらんと思うので)

とりあえずざっくりこんな感じで二回目鑑賞……!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(良質な二次創作を摂取)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

三回目。
さすがに細かいところまで見られた。
今回メインで一番思ったのは華恋ちゃんごりごりの主人公だな……。

■華恋ちゃんの実力
→後輩が来た時、華恋ちゃん(ひかりちゃんが居らず、次の舞台を見失っている状態)の演劇で何人か泣かせていて、技量はそこまで高くないけどキラめき力の高い部分がある(その部分は北島マヤに似ている)のかなと思わせる部分。
あと、その精神ズタボロのはずの状態で華恋ちゃんは褒められて笑う。
精神的に傷を負っていて、それと奇跡的に作品の心情が重なったことを褒められたとしたら悔しさとかの方が勝るのでは……?
華恋ちゃんの中に「演劇を褒められるとほぼ自動的に嬉しい」回路がありそう。

過去では児童演劇の主役を演じてめっちゃ楽しそう。
現在でも引き継がれてる「ノンノンだよ!」がセリフの一部なので、わりと憑依型の役者なのかなあと思いつつ。
これだけ見てるとひかりがいなくても輝けるように見えた。

アニメ版初期。毎日寝坊して、授業も寝てることがあるし、多分実技もそうでもなかったのでは……?
上記とギャップを感じた。

【仮説】
「輝くスタァに二人で」という約束/運命を信じていた華恋が、「ひかりと同じ舞台に立てるかもしれない」聖翔学園に来た時に、無自覚に【二人でないと不完全な華恋】を演じる側になった可能性はないか。
キラめきを持って途中乱入ができるパワーは、ひかりちゃんがいるから持てたのではなくて、ひかりちゃんが来たから表に出して良くなったのにすぎないのでは?
→周りより優れてる自覚のあったひかりちゃんが華恋を誘って、ひよったひかりを無邪気な華恋が引きずりあげた。ひかりちゃんは「華恋のファンになりたくない」と思って逃げた。


映画内では運命を叶えたあとどうすれば良いか分からない華恋が描かれて、でも演じたあとは笑みを見せる華恋が描かれていた。
演じるのは楽しいけど、次の舞台(目標?)が見えない状態。
→なんで目標が見えなかったのかを、「運命のために頑張る華恋」の仮面が外せなくなったからと解釈。

まひるちゃんによってひかりが恐れを受け入れ、華恋との別離を提案できたからこそ仮面を捨てられるようになった?

主役になるのは楽しくて演じるのも楽しい華恋ちゃんが、友達とした約束であり運命のために壮大な仮面を着けて、ようやくそれを外すことが出来た=「フルパワーの愛城華恋」としてのポジションゼロが最後に始まったのでは。

【蛇足】運命の交換
・お弁当のおかず(華恋がとってから、ひかりにとられる)
・手紙(運命の手紙以後、華恋が出し続けて、最後にひかりが出す側に戻る)
・ヘアピンの交換(華恋がキラキラを選んでひかりに、ひかりが王冠を選んで華恋に)
ピンドラみたいに考えるなら、舞台の情熱を半分こ……と考えられそう(ひかりのトマトは半分だけ食べられていた)なんだけど、華恋がそうとは思えない化け物な気がしてならない。

■This is 洗濯物当番表
→真矢さん楽しそうでよかった

■まひるちゃんinエレベーター
→エレベーターの壁右下に「the cat in the cage」って書いてなかった?? 猫箱?と思ったけど、ケージだとしたら外から観測し放題だなーと。謎。
検索したらスリラー映画引っかかった怖い。

▶(5回目で宇宙猫だということに気がついた)

■ななさん「喋りすぎだよ」
→まだ噛み砕けてなかった概念。感情内に秘めて燃やせってことかと思ってたけどなんか違う……。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三回目後考察 👓🍌山月記について


【流れ】

純那「捕らえてみせるわこの狩りのレヴューで!」
なな「がお」
純那「♪ さあその牙抜きましょう ~~虎の子ー」
なので初期は

・純那 狩人
・なな 虎

※プライドの高い射手って考えてオリオンーサソリの方向も一瞬……。

②狩り失敗。他人の言葉じゃ届かない。
純那の武器(石=意志?)破壊。
改めて突きつけられる切腹、
「眩しかった、美しかった」の連呼。
(言葉の人に言葉で追い込みをかけるななさんまじひでえって何回みても思う。その過去形の鋭さに気がつくという信頼ありきの対比)
なな「泣いちゃった」

※虎を狩ることができなかった狩人……にみせかけた、狩人(なな)が、虎になる前に純那をボコボコにした構図かな…と(後述)

③純那「殺してみせろよ大場なな!」
獣↔狩人の逆転。
虎は純那に、狩人(介錯人)はななに。
他人の意志を奪い取って殴り掛かる純那さん強い……。
(ななさんの二刀流が「舞台に立つ」「舞台を作る」二刀の象徴であり、ここで「舞台に立つ」純那と「舞台を作る」ななに完全に分離したという考察とても好きです。※エンドロールで踊る純那と本を読むななに現れている)

【山月記】
・虎になっちゃった人と、虎になるかもしれなかった人
→「人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。(中略)人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句(=引用癖?)を弄ろうしながら、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭いとう怠惰(無理な努力をしたくない気持ち?)とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者(=歌や踊りから逃げずに必死でやった人間と考えられる?)が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。」
→他者の言葉を借りながら、「現在」から逃げ出した純那への合致がありそう。
李徴、自らの才を頼んで公務員の出世コースに乗らずに自己研鑽を続けた結果詩で大成しきれなくて結局昔馬鹿にしてた人間の下に下ってしんどくなって、虎になるので……早稲田に進んだ純那は虎になったのかもしれない。

ななさんは「君死にたまふことなかれ」で、
愚かしくも前に進むことを諦めずに上を目指す純那が消えるなら、静かに腐る前に綺麗に死のう!!なので、上を踏まえるなら0番としてなな=狩人、純那=虎(なりかけ)の構図があったのかなと。
ただ、虎になる前に殺そ!!!って思ってたななさんとは違う方向に純那さんの虎が覚醒(殺してみせろ!)してしまって「お前は何者だ!星見純那!」に繋がっていく。
人が誰しも猛獣使いであるとしたら、純那さんの中の獣は前へ進む情熱に昇華されたのかなと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5回目
■雑感
一回目の時になぜ何も分からず感情だけ呑み込めたのか逆にわからなくなってきた。

■🦒「共演者はあと二人」
ひかりと華恋に対しての言葉なんだけど、
この後の「小屋入りは既に始まっています」と同様に、「共演者は既に揃っています」と伝えるのではなく「共演者はあと二人」というふうに言うことで、華恋ひかり二人が主役と決まっているんじゃないんだなと気づき。
上手いなー!と思った。
共演者は~と言ったら、初見だとこの舞台は華恋ひかりが主役だと思って見進めていたと思うので……。

■バナナのタワー
最後に二人が反対方向に歩み出すシーンに壊れた塔があるので見逃してたけど、ななちゃん優勢のシーンで逆さの塔がめちゃくちゃいっぱいありました。再演を繰り返した分だけあるのかと思い戦慄。
そこからスポットライトが出てくることもあり、過去のキラめきをド直球で示唆しているのかなと。

■まひるのタワー
聖火台が塔(=学校)だけど、最後まで壊れなかった。その代わりに輝きを灯すのは何かの示唆……?わからん……五回見たのにまだわからん……。

■右から左、左から右
右から左の動きが過去→未来(前進・進化)
左から右の動きが未来→過去(停滞・死)
みたいなのがあるけど
タワーからぶっ飛ばされる華恋が
1回目(冒頭)は左から右で
2回目(覚醒中)が右から左
になっていることに気がついて美しい……!ってなった。
アニメでも賽の河原シーンでぶっ飛ばされてたけどあれも左から右なのでは多分。
多分これは誰かが言ってそうな考察なので検索します。

■ワルキューレの騎行
まさか本当に運転中に聞いたらダメだとは思わないじゃん???
https://www-itmedia-co-jp.cdn.ampproject.org/v/s/www.itmedia.co.jp/lifestyle/amp/0404/16/news023.html?amp_js_v=a6&amp_gsa=1&usqp=mq331AQKKAFQArABIIACAw%3D%3D#aoh=16262516244491&referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&amp_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s&ampshare=https%3A%2F%2Fwww.itmedia.co.jp%2Flifestyle%2Farticles%2F0404%2F16%2Fnews023.html

花のワルツとかに意味はあったのか……?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?