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闘病記(16) 橋を渡る人たち

リハビリ病院の朝は活気に溢れている。特に、洗面、食事、トイレなど一通りルーティンを済ませた後、8時50分前後にそのピークを迎える。入院病棟からリハビリ病棟への入院患者の大移動か始まるからだ。入院病棟1階から7階の、朝一番の時間帯にリハビリテーションかある患者が、療法士と一緒に「連絡通路」を渡るのだ。その連絡通路はわずかにアーチが付いており橋のようだった。エレベーターホールに止まるチャイム、車椅子を押す音、挨拶の声、かすかに触れ合う金属の音がポリリズムのように響いて入院患者たちとともにゆっくりと移動していく。その光景は、よくニュースなどで自転車やバイクの量が非常に多い国を紹介している映像のようでもあった。
 皆が橋を渡る間、自分はベッドに横たわったままその様子を見ていた。夜眠れない、目眩がひどく食べることもできない、そんな日々の中で移動をして体をしっかり使ってリハビリをする事は難しかった。毎晩のように襲ってくる痛みは朝になっても続いていることが多く、動こうにも動けなかった。
 療法士が体を触って調子を整えていく「ストレッチ」は、リハビリテーションの準備、クールダウンのためのリラクゼーションとしてはとても重要だ。しかしそれを受けるだけでリハビリを行ったとは言えない。運動をして正しい体の動かし方を学習することや脳の血流を良くすることなど「体を動かす」ことを抜きにリハビリテーションをした、とは言えない。急性期から回復期に移ったばかりの自分は、運動をすることで大きな回復を見込める時期だっただけに、ベッドの上でなるべく動けるメニューを組み立ててくれつつ冷静に温かく接してくれる療法士の皆さんも内心は焦りを感じられていたのではないかと思う。(もちろん自分は相当に焦っていた。)
 1時間のリハビリテーションが終わる頃、エレべーターホールに再び活気が戻る。リハビリを終えた人たちが橋を渡って帰ってくるからだ。彼らから発せられるエネルギーは、リハビリを開始する前のそれとは比べものにならない充実感に満ちていた。
「〇〇さん、今日はよく歩いたね!がんばった!」「先生がなかなか止めさしてくれんけんね(笑)」そんなやりとりと、清々しい笑い声がベッドの上に横たわっているだけの自分の耳に届く。病棟と言う場所に似つかわしくないかもしれないが、そこには「幸せ」が感じられた。聞くのが辛かった。訓練をしながらも機能がどんどん低下していく自分はどうすればいいのか。答えがないまま、リハビリを終えた人たちの明るい声を耳から消し去ろうとした。

「自分もあの橋を渡りたい。」
「リハビリ病棟で立って、歩けるようになりたい。」

転院してから、1ヶ月半が過ぎようとしていた。

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