闘病日記(6) 「とろみ」

ドクターに言われた通り、3日ほど集中的に休息を取る日々が続いた。ひたすらねむった。その間に食事はそれまで点滴だけだったものから小さな固形のゼリーに変化した。
「赤松さん、まだまだこんな物でごめんよ。」
と看護師さんがゆっくりと口まで運んでくれるそのゼリーはとてもみずみずしくて美味しかった。幾つでも食べられそうだった。ほどなく、ゼリーから少し柔らかいご飯と味噌汁になった。後になって聞いたことだが、ゼリー状の食事からご飯と汁の食事まで短い期間で移行できることは稀なケースらしい。持ってきてくれたお膳の上に「とろみ」と書かれた小袋が3つほど置かれていて、看護師さんがその「とろみ」の袋を破り素早く食事の中に溶かしていく。味噌汁の椀にも、お茶の入ったコップにもすべてに「とろみ」が溶かされた。お茶にまで「とろみ」が必要なのか?とりあえず食べよう。まずは味噌汁。久しぶりに、本当に久しぶりに食べる温かい味噌汁は素晴らしくおいしかった。「とろみ」がついてはいたが、味噌汁と「とろみ」の相性は悪くない。それで十分満足をしたので「とろみ」のついたお茶は遠慮することにした。
食事を終えると、リハビリテーションを担当するスタッフの人たち3名が挨拶に来てくれた。その中の1人、言語聴覚士の人から食事についてのアドバイスをもらった。同時に食べ方のチェックもしてもらい、自分がほとんど口を閉めることができていないことや、嚥下や咀嚼はある程度スムーズに行えているものの、まだまだ練習を重ねて回復する必要がある事を伝えられた。
その数日後、食事をしているところへやって来たドクターが
 「とろみをどのくらいにするのがベストかなぁ…。」と少し考え込んだ様子。
「とろみは大事なんですか?」
「嚥下が難しい患者さんや噛み砕いたものを飲むことに慣れていない患者さんがが少しでも液体を安全に飲むためにはとても大事なものなんです。赤松さんもしばらくは使ってください。」との事だった。「とろみ」は可愛らしいネーミングの割にとても重要な働きをしていたのだった。
 病院の食事には患者さんの体調に合わせたさまざまなスタイルがある。すべてのものがほぼ同じサイズに刻んであって食べやすい「刻み食」。「刻み食」の前段階でほとんどの材料をミキサーで柔らかく整えてある「ミキサー食」。「ミキサー食」→「刻み食」→「柔らかいご飯」→「普通の食事」まで6年以上かかったってたどり着いたと言う人もいた。それらの食事の現場を日々きめ細かくケアする看護師、介護士の人たちの仕事量は半端ない。患者全員に間違いのない料理を届け、食事前に血糖値を図る必要がある人がいれば測定し、食後の薬を飲ませ、各人の残食量などをチェックしてようやく一息つける。その間に食事が進まない人の手伝いや話し相手としての役割もある。とても大変だが、笑顔を絶やす事は無い。感謝とともに見習うべき点がたくさんあった。余計なお世話だと言われればそれまでだが、「介護の仕事、看護の仕事はきつい、汚い」というイメージだけを持っている人には、ぜひ食事の時間を見てみて欲しい。愛があふれているから。

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