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グライダーを乗り換えて

 初めてのフライトから空の相棒として約一年連れ添ったEN-AグライダーNOVA社PRION3に別れを告げ、この度EN-Bグライダーに乗り換えた。新しい相棒は同じくNOVA社のION6。ミドルクラスのBグライダーという位置付けになる。

 現在で約5本。時間にすると約3時間フライトをしたのでまだ記憶が鮮明なうちにEN-Aグライダーとの違いをここに記しておこうと思う。また、せっかくなのでこのENという基準についても後学の為に私が調べてわかった部分を記載してく。

ENおよびLTFのテスト内容

 ENおよびLTFとはパラグライダーの安全認証テストである。ENはヨーロッパの統一認証テストであり、LTFはドイツで行われている認証テストだ。内容に関しては同一のものだが、ドイツとオーストリアではLTF認証を通していないパラグライダーは保険の対象外となることから、多くのメーカーがENとLTFの2つの認証を取得している。

 テスト項目には衝撃テスト、負荷テスト、飛行テストの三つがある。衝撃テストと負荷テストは翼の耐久性を試すもの、飛行テストはフライトに特別な技術が必要かどうかや異常飛行状態になった時の回復力をテストする。

衝撃試験と負荷試験は車の助けを借りて行われます。衝撃試験では、グライダーは弱いリンクが付いた長いロープでレッカー車に取り付けられています。ヘルパーがセルを開いたままにして、トラックが運転を開始し、約75km/hに加速します。ラインがきつくなると、グライダーは衝撃で膨らみ、ウィークリンクが壊れます(翼の最大荷重に応じて800kg〜1,200kg)。次に、グライダーの損傷がテストされます。

Cross Country Magazine

負荷テストでは、グライダーをトラックの後ろに取り付け、その後ろでグライダーを「飛ばし」ます。次に、スピードを上げ、同時にグライダーの張力を測定します。特定の持続的な負荷に達した後、彼らは停止して損傷を探します。繰り返しますが、何もないはずです。テストされた荷重制限は、最大離陸重量の8倍です。たとえば、最大荷重が100kgの翼の場合は800kgです。

Cross Country Magazine

 上記はCross Country MagazineのWEBサイトからの翻訳引用だ。テスト内容は以下の動画をみるとよく理解できる。

 そして飛行テストにおいては27項目の状況においてどのように翼が挙動するかなどをテストパイロットが実際に飛行してチェックする。

 飛行テストは安全性の高い順からA,B,C,Dの4つの評価に加えてコンペ機の評価であるCCCの5つの評価基準がある。

 例えばテイクオフやランディングはもちろん、ビックイヤーやBストールをした際の挙動、直線飛行の速度、各種※コラップス(翼の潰れ)が発生した時に何秒程度で自然回復するか、その後どの程度の前方へダイブが発生するかなどがテストされる。
※アクセル使用、非使用時の片翼潰れ、全翼潰れなどが試される。

 ENでは、クラス別の飛行特性、そして要求されるパイロットを次のように定義している。

Aクラス:最大限のパッシブセーフティとトレランス
Bクラス:良好なパッシブセーフティとトレランス
Cクラス:中程度のパッシブセーフティはあるが、乱気流やパイロットの操作エラーによって異常飛行に入る可能性があり、正常飛行に回復するにはパイロットの正確なカウンター操作を要する。
Dクラス:乱気流やパイロットの操作エラーに敏感に反応し急激な異常飛行に入る可能性がある。正常飛行に回復するためには、素早く正確なカウンター操作を要する
※トレランス=乱気流やパイロットの操作エラーでも正常飛行を維持する適応性

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EN-Aグライダーの安全性

 パラグライダーを始めてみたいと考える人や始めたばかりの講習生はグライダーの安全性について知りたいと思う人も少なくないと思われる。気持ちよく空を飛ぶはずが異常飛行状態が起こり、空から落ちるというの恐怖としか言いようがない。

 その点EN-Aグライダーは非常に安全性の高いグライダーであると言える。

 潰れが発生した場合、45度未満のロッキングバック、3秒未満での回復、前方に0~30度ダイブ、進行方向をキープ、そしてその潰れによってカスケード(潰れなどがトリガーとなって発生する二次的異常飛行状態)が発生しない事がEN-Aグライダーの条件となる。

  またディープストールからの回復も3秒未満、フルストールからのリカバリーに関しては前方へ30度未満のダイブ、コラップスが発生しない、カスケードが発生しない、45度未満のロッキングバック、多くのラインのテンションがタイトであることがEN-Aグライダーの条件となる。

 一部の国では、EN-Bグライダーを使用した指導が許可されていないため、パイロット資格を取得するまではEN-Aグライダーでのフライトが講習生に義務付けられる。またJPAでは年間のフライト数が20日に達しない場合出来るだけEN-Aグライダーを使用するべきであるという基準を出している。そのようにEN-Aグライダーは非常に高い安全性を保持しているといえる。

 ただこの状況はテスト時にパイロットが意図的に潰れを発生させ、その後翼に対して”何もインプットしない”事が条件となる。つまり、安全な翼に乗っていて、潰れが発生したとして、自身が危険な操作をそこで行ってしまうとカスケードしてしまう事が想定されるのは言うまでもない。

  映像はNOVA社のEN-AグライダーPRION5の安全性をフランス人パイロットThéo de  Blicがテストしているものだ。潰れや、ストール、スパイラルから直ちに翼がオートマティックに回復しているのがわかる。

 ENのテストの評価は主にグライダー製造者のウェブサイトから見ることが出来る。PRION5の評価のリンクを貼っておこう。

EN-Bグライダーについて

またThéo de  Blicは、EN-Bグライダーについても2機のテストを行っている。NOVA社ミドルクラスBであるION6の動画がこれだ。

 ION6のテスト評価がこれだ。見てみるとわかるが、ほとんどAの評価であるが、一点だけ”アクセル使用時の大きなサイドコラップス”の評価がBとなっている。小項目で唯一Aグライダーと異なるのは”再膨張までにどの程度コースが変更されるか”である。Aグライダーは”90度未満”なのに対して、BグライダーであるION6は”90-180度”となっている。

 ここでわかるのは27項目中1項目でもB評価が付けば他の項目の評価がAであっても、Bグライダーになるし、それはC評価でもD評価でも同じである。危険度が高く、パイロットのトラブル対応能力が必要とされる評価が一点でも付けば他の項目がAであってもそのグライダーはCグライダーやDグライダーという事になる。

 また先ほどミドルクラスBという表現を使用したが、グライダーのセル数やアスペクト比などの状況を付加したうえで、飛行テストの27項目中いくつBの評価が付くかなどで、ローエンドB、ミドルクラスB、ハイエンドBなどの表現でグライダーをレベル分けすることがある。

 ローエンドC、ハイエンドDなどの表現をすることもある事はあるが、主にBクラスのグライダーを使用している層が最も厚い為、Bクラスグライダーの中でもおおよそのレベル分けを行っているのだ。 

 その上でNOVA社ハイエンドBグライダーであるMENTOR7 LIGHTの動画を見てみよう。

 MENTOR7 LIGHTのENテストの評価表が見当たらなかったので、MENTOR6の評価を見てみよう。こちらがMENTOR6のENテスト評価だ。
※2022年6月6日の記事作成時点ではMENTOR7の発表はまだである。

 A評価もそこそこある中で、やはりB評価が目立ってくる。潰れが発生した際3-5秒回復にかかるというのはEN-Aグライダーとは大きな違いである。

 しかしThéo de  Blicの映像を見てみる限り、飛行に際しBグライダーに異常事態が起きても大きな危険を伴うようには見えず、翼がオートマティックに回復しているように見える。ただ、映像中でも語られている通り、「何か起きたら、何もするな」という言葉通りカスケードを発生させてしまうのはトラブル時のパイロットの必要のないインプットの影響が大きいと考えられる。

EN-C以上のグライダー

 大会出場や長距離のクロスカントリー飛行を目的としないのであればENーBグライダーで十分であると考えるパイロットが多い。と言うのは至言であるが、EN-C、EN-Dのグライダーへレベルアップを考える事も今後あるだろう。その上で、現時点で私がわかる部分だけであるが、ここに記載しておく。必要と思われる情報の付加があれば直接教えていただきたい。

 こちらの映像は同じくThéo de  Blicが2LINERのDクラスグライダーをテストしている動画だ。NOVAのXENONのテスト評価はこちら

 このテスト評価ではフォールディングラインの使用という結果においてDという評価を与えられているのが見てとれる。これは主な理由として空気抵抗を減らすためラインとライナーの数を減らしたフラグシップ機などで、自身のラインを引き込むことでコラップスを引き起こすことができないウイングに取り付けるラインのことである。

 2022年1月に評価方法が見直され、フォールディングラインを取り付けたテスト方法を取るグライダーであってもCクラスに分類することが可能となったが、それまではフォールディングラインを取り付けテストを行った場合はDクラスの認定が降っていた。なので現在では2ライナーCクラスというカテゴリーが誕生したが、逆に言えば2ライナーBクラスというのは現在のテスト方法では存在しなえないことになっている。

 実際の安全性を映像で見てみるとグライダーはフロントコラップスなど潰れから自動的に回復していない様子が見て取れる。ブレークを強く引き込む事でエアインテークを前方に取り戻し、インフレーションさせようとする挙動を何度か試している。この操縦は失敗すればカスケードしストールへ状況変化することも考えられる為経験と知識が必要となるのは言うまでもない。

 さて、以上のようにENーAとENーBの翼がどの程度安全性が確保されているかが理解できたかと思われる。

実際にEN-AからEN-Bに乗り換えてみて

 正直、「お!?」とまず思ったのは「俺のグライダーかなりライン狂ってたな」という感想である。スタンダードBとは言えEN-Aから比べればスピードも出るし、ハンドリングも軽快な機体になったはずなのに、”変な挙動をしない”というのが最初の感想だった。

 グライダーは日射や湿気の影響によりラインに伸縮が発生し、それにより挙動が変わってくることがある。一番の影響はグライダーの立ち上がりのようだが、ION6はスッと立ち上がってくるのに衝撃を受けた。

 そして一番気にしていた”安全性の低下”に関しては現時点ではまったく感じていない。むしろ操作がダイレクトに翼に伝わる分ラム圧が抜けてきた時などに即座に対応できるようになった気すらする。

 PRION3の時はブレーク操作が操縦につながるまでに2テンポくらいラグがあったように感じていたが、それは全くなくなった。ダイレクトに翼を動かせる感じがとても気持ち良い。

 また計器飛行での細かい数字などはわからないのだが、良く飛ぶようになるというのは本当らしい。以前PRION3では沢渡の際見る見るうちに高度が下がってしまっていたが、高度ロスが少なく沢を渡れるようになった。

 さらにラインが全体的に細くなったなというのもある。より空気抵抗を減らすために細くなったのだろうか。若干の頼りなさは感じるのでより扱いを丁寧にし傷などをつけないようにしていきたい。

最後に

 EN-Bのグライダーに乗り換える際、私はこう考えていた。「定価で税込み55万円もするものを買うんだから手に入れた時に脳汁がちゃんと出るようにまずは情報を収集しよう」自身で書いていても涙ぐましい努力である。

 まずは当スクールが取引のあるグライダーメーカーのBグライダーをすべてピックアップし、セル数、翼面積、アスペクト比などを書き出した。そしてその中でハイエンドBの機体はイントラにはねられたので、それ以外の5機体のENテストの内容をざっと読んだ。

 その上でENテストの内容やどのような結果であればどのような評価が下るかなどが理解する事が出来、今後のパラグライダーライフにとても有用な学びとなった。

 しかし、ENテストとは?実際のEN-Aの安全性とは?EN-Bとの差とは、というのは離散した情報であり、これらを浅学ながらまとめておくことは後学のために有用であると、本記事を作った。参考にしていただけるとありがたい。

 また結びとなるが、私の記事の中に誤解や間違いを発見した方がいればぜひ教えていただきたい。直ちに修正しようとおもう。

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