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GⅠ東京大賞典


序文 『挑戦』 ―地方から中央へ―


羽田空港から車で5分、航空の町の護岸沿いを走ると大きな赤鳥居がある。
御祭神は『豊受姫命(トヨウケビメノミコト)』。東京を代表する稲荷神社であるとともに、大正年間からは空港に最も近い神社として「空港鎮護」の任を負う。由緒正しき神社である。
穴守稲荷神社(あなもりいなりじんじゃ)は、地元では古くから「あなもり様」の愛称で慕われている。
1985年、後に東京馬主協会の会長を歴任する保手濱忠弘オーナーが、自身がよく参拝する穴守稲荷で、「一番に出世して欲しい」と一頭の馬に願いを込めた。

イナリワン。
89年JRA年度代表馬に輝いた名馬である。

84年、米血統のミルジョージ産駒として生まれたイナリワン。ダート血統の産駒ということで、保手濱オーナーは地方競馬に出走させることを決め、86年12月大井競馬の新馬戦でデビューした。

余談だがほとんど聞いたことのなかったミルジョージ産駒、母国でも目立った活躍はなかったが日本ではイナリワンの他オサイチジョージ(90年宝塚記念1着)がいる。また障害GⅠで金字塔を立てたオジュウチョウサンの血脈を辿るとこの馬に行き当たる。

イナリワンは新馬戦で圧勝するとそこから6連勝。その後、南関重賞「東京王冠賞」に勝利(01年廃止)。次走、東京大賞典に出走かと思いきや12月の船橋「東京湾カップ」へ出走。ここも難なく勝利した。
ここまでで破竹の8連勝。同世代で活躍した馬では同じく大井所属のチャンピオンスターや、笠松のフェートノーザンら強豪揃いだったが、デビューからの活躍はこの2頭をも凌駕するものであった。

これも余談、フェートノーザンは翌年、笠松競馬の「日本サラブレッドカップ」でイナリワンを負かしているが、この時の鞍上は誰あろう「アンカツ」こと安藤勝己その人であった。
…いやはや凄い時代である。

翌年、イナリワンは苦境に立たされる。金杯3着、帝王賞7着、関東盃5着、東京記念3着と勝ちきれない競馬が続く。笠松の「日本サラブレッドカップ」も2着に敗れると、迎えた東京大賞典は連敗により3番人気での出走に。それでも勝利を確信していた保手濱オーナーは「勝ったら中央競馬に移籍してGⅠを目指す」と力強く宣言した。
野球の予告ホームランならぬ「予告中央競馬」とでもいおうか、なんとも「粋」な発言である。

そしてイナリワンは予告通り大賞典を制覇。その後、宣言通り中央へ挑むこととなったのだった。

翌2月、京都のOP戦に出走し4着。翌月GⅡ阪神大賞典に重賞初出走し5着。続くGⅠ天皇賞春に4番人気で出走。オグリキャップ・スーパークリーク不在の中とはいえ、2着に5馬身差突き放し独走。移籍初勝利をGⅠ戴冠で飾ったのだった。これは21年ぶり6頭目の「地方出身馬による天皇賞勝利」という快挙であった。
さらに6月宝塚記念は1番人気ヤエノムテキ他、7頭に及ぶGⅠ勝利馬によるGPレースとなったが、最後の直線ではフレッシュボイスの猛追をかわし、GⅠ2連勝をあげた。
秋シーズン、復帰を遂げたスーパークリーク、オグリキャップらの後塵を拝したが、年の瀬の有馬記念に4番人気で出走。
”2強”が先行すると最終コーナーを前に互いに消耗。小柄な馬体を活かしたイナリワンは中団馬群をかわし直線でインコースを選択。先に抜け出したスーパークリークを捉え、2頭並んだところで入線。写真判定の末、ハナ差でイナリワンに軍配が上がった。
2強を下したイナリワンはその後、そこに名を連ね「平成3強」の一角として一時代を築いた。またGⅠ3勝を挙げた89年はJRA年度代表馬に選出、名実ともにトップホースとなったのだった。

天皇賞と宝塚記念でイナリワンの鞍上を務めた騎手が、現在のレジェンド・武豊だ。少し話が変わるが武騎手は「最も強かった馬は?」と質問されると「ディープインパクト」と答える。「ディープインパクトに勝つとしたら?」の質問には「サイレンススズカで逃げる」と答えた経緯がある。きっと武騎手にとって特別な2頭なのだろう…。
そして、その武豊が「もっとも気が強かった馬」と称賛した馬が、イナリワンである。
米血統でさほど注目されないなか生まれた小柄な鹿毛。下町の稲荷神社に願いを込められ、地方競馬からはじまった冒険は、幾多の敗戦を経験し、ついには歴史的名馬を破り日本一の称号を得るに至った…。なんとも痛快な筋書きである。

さて年内の総決算、東京大賞典が今年も始まる。地方競馬最大の祭典は2011年より国際GⅠとして実施されている。出走する馬もJRAからやってくる強豪ばかりだ。そんな中にあって今年は最後の南関東クラシック3冠馬ミックファイアが、大井を代表して出走する。最大のライバルは1番人気ウシュバテソーロ、昨年の同レース覇者で、今年のドバイワールドカップを勝っている正真正銘のワールドホースである。
若きミックファイアには挑戦者としてJRAの古馬勢に正面からぶつかってもらいたい。もし勝てることができれば、あの日の小柄な鹿毛のように、地方から中央へ、そして日本一の名馬へと駆けあがる、そんな夢物語が待っているのかもしれないからだ…。

地方から中央へ、挑戦の歴史は今日も続く…。

「GⅠ東京大賞典、まもなく出走です。」

某ウマ娘だと江戸っ子キャラとして描かれている。
可愛い……。本物は2016年死去。R.I.P

はじめに

年末の風物詩、東京大賞典です。南関東公営競馬が主催するレースの中で唯一の国際GⅠ競争。賞金は1億円。1年の総決算に馬券を購入してみてはいかがでしょうか?
さてこのnoteが投稿される頃には皆さん本命を固めていることでしょうし、今年も堅めの決着にはなりそうなので、簡単な攻略記事と有力馬をサクッと紹介したいと思います。
最後にあげる穴馬は狙ってみる価値ありかも、ですが…。

コース攻略

4コーナー終点付近からのスタート。ホームストレッチの直線が500mもあるため外枠の馬はポジションを取りやすく有利です。反面内枠の馬は包まれやすく不利が生じやすいです。今回の大賞典は9頭立てと少頭数なので、そこまで気にしなくて良いと思いますが、キングズソードは外枠がよかったですね。グロリアンムンディ、ミックファイアは先行からポジションを取りに行きたいです。

スタートと最終の直線が500mと長い
地方競馬では最大級。

古馬勢は強豪揃い!
立ち向かう南関の若き雄!

早速ですが見ていきましょう、今回は上位3頭の馬に加え気になっている穴目の馬1頭になります。

🏔ウシュバテソーロ

6歳牡馬・オルフェーヴル産駒 美浦・高木厩舎
鞍上・川田将雅

昨年春まで芝生の3勝クラスを走っていたのは有名な話で、ダート転向以降、破竹の快進撃で昨年の東京大賞典を制覇。翌年川崎記念を勝つとドバイ/メイダンのWCに参戦。マルシュロレーヌ・パンサラッサに続く海外ダートGⅠ制覇という快挙を成し遂げました。前走、米BCクラシックは調教から入りがあまりよくなく、レースもリズムが合わないまま5着と敗戦。しかし世界最高峰の舞台と考えれば上々の結果だと思えます。
帰国後緒戦となりますが、気になる調教もラスト1Fの時計だけみれば昨年よりも優秀で、それなりに仕上がっているとみていいでしょう。
加齢による衰えを懸念する声もあるようですが、ダートの6歳馬であればむしろ一番脂がのっているとみても良いのではないでしょうか?オメガパフュームも6歳で当レースの4連覇を達成しました。
4戦目を迎える鞍上・川田将雅騎手もこの癖馬の特徴は完全に掴んでおり、昨年よりも良い位置取りの競馬を狙ってくるはずです。優勝最有力候補であることに、疑いの余地はありません。

⚔キングズソード

4歳牡馬・シニスターミニスター産駒 栗東・寺島厩舎
鞍上・岩田望来

ウシュバテソーロを管理する高木登厩舎はダートの名家として有名ですが、同じくダート馬の育成管理を強みとしているのが開業8年目の栗東・寺島厩舎です。OP馬のヘラルドバローズ、デビューから無敗でGⅢみやこSを制した話題のセラフィックコール。そしてこのキングズソードです。
OP入り後、4月のGⅢアンタレスSを3着で終えるとOP戦を2連勝、迎えた11月のJBCクラシックで悲願のGⅠ制覇を達成しました。
これにはもちろん陣営サイドの努力と、本馬の夏の成長分の要素があると思いますが、なにより前走で名手Jモレイラ騎手を鞍上に迎えたことが大きかったと思います。
もともと素質馬だったとはいえ、初のGⅠ挑戦であれだけ強い競馬ができたのは「マジックマン」と称される鞍上が、この馬の新味を引き出したからに他なりません。

今年に入って6戦目を迎え疲労も心配されますが、体質的に頑健な馬なのか、デビューから長期休養で間隔をあけたことはなく、前走GⅠ激走による消耗はそこまで考えなくてもいいかもしれません。
今回の鞍上は岩田望来騎手、今年は躍進の一年となりました。名手が覚醒させたこの馬の能力を引き続き発揮させることができれば、逆転の筆頭候補となり得るでしょう。

🔥ミックファイア

3歳牡馬・シニスターミニスター産駒 大井・渡辺和雄厩舎
鞍上・御神本訓史

2024年より地方競馬・中央競馬が一体となったダート路線の整備・改革が行われます。南関東のクラシック3冠だった羽田盃・東京ダービーは交流重賞へ、ジャパンダートダービーは「ジャパンダートクラシック」に名称変更されます。
23年の最後となった南関東の3冠を無敗のまま制したのがミックファイアでした。圧巻は7月のJDD、7頭出走したJRA馬を全く寄せ付けない強さを見せました。前走までと異なり、道中5番手につけての差し切り勝ちは、勢いだけでなくこの馬が高いレースセンスを持ち合わせていることの証明になったと思います。地方にも中央にも、同世代ではこの馬の敵はすでにいないでしょう。
さて今回はワールドホース含むJRA古馬との一戦です。ホームアドバンテージがあるとはいえ、かなり難度の高いミッションになりそうです。もともと盛岡ダービーグランプリの次走はJBCを予定も、これを回避。さらに次走のチャンピオンズCも回避した経緯があり、万全の状態ではなかったことが示唆されます。ここで結果を残すためには完璧な仕上がりになっていることが条件だと思われますがどうでしょうか…?
個人的にはこの馬の勝利が見たいと思いますし。中央、世界へと羽ばたいていく素質を備えていると信じています。
大井を知り尽くした鞍上と共に、新たなる快挙を期待しましょう。

🇮🇹グロリアンムンディ

5歳牡馬・キングカメハメハ産駒 栗東・大久保厩舎
鞍上・Tマーカンド

想定7~8番人気。この馬の実績を考えたとき、過小評価をされ過ぎだと思いnoteに追記しました。振り返るとデビューから1勝クラスまでの戦績は芝レースによるもので、あまり勘案しなくてもいいでしょう。ダートの1勝クラスからOPまで4連勝、このうち1800m、2000m、2400mを走っており、且つ右回り左回り両方こなしています。また先行・差しと脚質も自在で、かなり器用な競馬ができる馬だとわかります。
次走22年アンタレスSで2着で、この時の勝ち馬があのオメガパフューム。その次の宝塚記念は芝のGPレースなので度外視。
今年に入ってから交流GⅡダイオライト記念、GⅢ平安Sを連勝。注目したいのは船橋のダイオライト記念。ここで砂厚の競馬を経験できたことは大きかったと思います。大井の新砂もこなしてくれるでしょう。
韓国コリアカップで敗れた際の相手はあのクラウンプライド。そして前走チャンピオンズCで大敗したことにより、今回人気を落としています。
こうやって顧みると、この馬がダート転向後大敗したのはチャンピオンズC2戦のみ、12月の中京ダート1800mだけです。
東京大賞典は初出走になりますが、調教も良く、陣営の意気込みも感じられます。鞍上のマーカンド騎手は来日後重賞勝ちが未だなく、本来の実力を発揮できていないとの声もありますが、平場のダートに限ってはしっかりと結果を残しています。乗り替りの初騎乗ですが、器用なダート馬と、剛腕ダート騎手の組み合わせはマッチしそうな予感も…。
迎えた年の瀬の大一番、最後に穴馬にかけてみるのも面白いかもしれません。

まとめ

ここまでが東京大賞典の展望となります。レース発送まで3時間ほどですか、かなりぎりぎりの投稿となってしまいましたが、最後まで読んでいただいた方がいたら御礼申し上げます。
例年堅めの決着の多いレースですが、中人気の馬が入ることもあり3連系はそこそこ配当もついています。最後に紹介したグロリアンムンディや他の穴馬にBETしてみても面白いかもしれません。また、人気どころで買う際も着順が前後しやすいので、3連単に関しては買い方によくよく注意してください。このレースが今年最後の馬券になる方も多いと思いますので、いつも言ってますけど、悔いのない馬券を!

今年最後のご挨拶

以下駄文です。

今年の秋からnoteの投稿をはじめて、GⅠレースに関しては全て執筆してきました。正直ほぼ毎週のようにあり、また指数表も作成しているためかなり多忙を極めました。ここにきて有馬記念→ホープフルS→東京大賞典とかなり感覚が近くなっていたので、仕事もしながら、競馬場にも行きながら(笑)で、結構しんどかったですが、なんとか自分なりにやりきることができたなあと思っております。
徐々に読んでくれる方、ポジティブな感想を言ってくれる方が増えてきたのは本当に嬉しかったです。あらためてありがとうございました。
しばらくGⅠレースはありませんので、ちょっとゆっくりしようかなとも思っていますし、本noteも少しずつリニューアルして、より、こう視覚的に楽しめるような?もっと分かりやすいものを目指していますので、その準備を始めたいと思っています。また冒頭コラムも引き続き好評の声をいただいていますので、これからも頑張ってみたいと思います。
GⅠレース以外にも面白そうなネタが見つかったら記事にしていこうとも思っています。これまでお付き合いただいた皆様におかれましては、今後ともよろしくお願いいたします。
年内はこれで最後となりますので、どうぞよいお年をお迎えください。
それでは、また。

http://www.tokyocitykeiba.com/data/column/column_vol06/
中央の年度代表馬に輝いたイナリワン | TCKコラム | データ&コラム


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