2024年8月の読了本感想
◆8月読了本
・津村記久子『この世にたやすい仕事はない』(新潮文庫)
津村記久子は一時期(買うのに)ハマって積んでいる本が多数あったのだが、それではいかんな〜と思ってようやく2冊目を読了。「お仕事小説の人」という言い方をされることの多い作家さんだが、これはタイトル通り「仕事」の本。
前職でストレスを溜め込んで燃え尽き症候群みたいになって辞めてしまった主人公が、いつまでも実家でぶらぶらしている訳にもいかんし、ということで職業案内所で「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はないか?」と要望して5つの仕事を紹介される。その5つの仕事について書いた連作短編集。
その仕事は、いずれも変というか風変わりなものばかり。例として1つ目を上げてみると、とある小説家の家に隠しカメラが仕掛けてあって、その映像をひたすら監視する(さすがに24時間リアルタイムは無理なので、あとから適当に早送りなどして見ても良い)仕事だ。まあ、漠然と見ている訳ではなくて、ちゃんと監視ポイントがあるのだが、いったい何の組織が何のためにやっているのか、最初はさっぱり判らない。
そんな仕事を5つ続ける過程を書いてある訳だが、適当に笑えたり、ぞっとしたりで飽きさせない。美味しいものが随所に出てくるのもポイント(例えば饅頭のなかに饅頭が入っている蓬莱山という巨大な饅頭とか)。
そうやっていろんな目にあいながら5つの仕事をやり終えた時点で、主人公はある決断を下す。その決断がまあ尊くて、つい涙腺崩壊して号泣してしまった。再読しても泣きそうな気がする。
・丹羽隆子『はじめてのギリシア悲劇』(講談社現代新書)
もともとギリシア悲劇に興味を持ったのはかなり前で、某人に布教されてのことだった。その時はかなり乗り気で、ちくま文庫から出ている4巻のギリシア悲劇全集をかなり安く売っているのを見つけて迷ったあげく買ったのだが、待て、いきなり本篇読めるのか?と思って、入門者用の解説書を探してこれまた安く売っていたのを買ったのがこれだった。
その後なんとなく手を付けずに時を過ごしてしまって、気がつけばギリシア悲劇全集の方は積読本に埋もれて行方不明という事態にもなっていたのだが(この入門書はなんとか所在だけは明らかだった)、この夏某読書会のテーマが「ギリシア・ラテン文学」というのに決まったのと、他にも当てがあって、積読山脈の大発掘作業を行い、なんとか全集と入門書双方共に無事発掘して手元にある状態になった。
ということで前置きが長くなったが、ようやくこの入門書を読んだ次第。最初の20ページくらいは「ギリシア悲劇って何?」という読者のために超基本的なギリシア悲劇誕生の背景とか上演形式とか解説してあるのだが、その後はいきなりアイスキュロス・ソポクレス・エウリピデス三大詩人(と言っても現存するギリシア悲劇は三大詩人のものだけ)の主要作のあらすじに突入する。そのあらすじは結構詳細でネタバレ感があるのだが、本篇(のアイスキュロス篇)を読み終わってみると詳細すぎる、ということはなかった。むしろこのあらすじ読まずにいきなり本篇読んだらちょっときつかったろう、という印象。
ということで入門書としてはまあ良かったんじゃないか?という感じ。他の本読んでないんで比較してどうのこうのは言えんけど。
・アイスキュロス/呉茂一他訳『ギリシア悲劇 I アイスキュロス』(ちくま文庫)
ということでギリシア悲劇全集全4巻の最初の巻、アイスキュロス篇だけをとりあえず通読。7つの悲劇が収録されており、そのうち3作は「オレステイア三部作」と呼ばれる三部作。実は残り4作の内3作もそれぞれ別の三部作の一部なのだが、そちらの方は残念ながら2作が失われていて1作ずつしか残っていない。
ということで収録作の一覧を載せておくと、
①縛られたプロメテウス/呉茂一訳
②ペルシア人/湯井壮四郎訳
③アガメムノン(オレステイア三部作1作目)/呉茂一訳
④供養する女たち(オレステイア三部作2作目)/呉茂一訳
⑤慈しみの女神たち(オレステイア三部作3作目)/呉茂一訳
⑥テーバイ攻めの七将/高津春繁訳
⑦救いを求める女たち/呉茂一訳
となる。
まず①であるが、これはギリシア神話の一部で、ゼウスに逆らって人類に火を授けたため、その怒りをかったプロメテウスが岩山に縛り付けられるところから始まる。
以下はプロメテウスとコロス(日本語に訳すと合唱隊。だが単なる合唱隊ではなく、劇の進行上重要な役割を果たし、劇によっては主人公とさえ言えるような存在である)とその他登場者の台詞のやり取りとなるが、中でもプロメテウスの改行なしの台詞の長さよ!本で読んでも相当な迫力だったが実際の舞台で見たら戦慄するだろうなあ(残念ながら某人によればギリシア語の古語と現代語の問題もあり、昔の演出のまま演じられる機会はまずない、とのこと)。
神の神たるゼウスにあくまでも毅然とした態度を取るプロメテウスかっこいい。牝牛の姿にされて諸国を彷徨うイオ可哀想。
ということで1作目は思ったよりもすっと世界に入り込めて面白かった!以降、基本的に1日1篇読んで感想を某所にあげたりしたような訳。翻訳はやや古い感じだが品格がある。
次に②。これは珍しく神話などではなく史実、それも近年と言っていいくらい最近のペルシアとの対立が背景。一応、ギリシアがペルシアに辛勝する訳だが、この劇ではペルシアが舞台になっている。次々と届く敗戦の知らせをペルシア人が嘆き悲しむ、という体で、当然観客はギリシア人な訳だから、観客にとっては溜飲を下げる感があったのかもしれない。
劇の出来としては、構成が単調でどどっと一気に終わってしまうところがあり、①に比べるといま一つか、という感じがした。
続く③はオレステイア三部作の1作目。これはトロイア戦争が終了した後の物語。1作目は帰還したアガメムノンが、戦に出る時に実の娘イピゲネイアを生贄に捧げたことを恨みに思っている妻クリュタイメストラと不倫相手アイギストスに殺される話。
話の筋はまあ単純と言えば単純なんだが、登場人物のキャラが立っている。
タイトルになっているにもかかわらずイマイチ存在感の薄い、殺されるためにだけ出てくるようなアガメムノン。妻のクリュタイメストラは対照的に表裏合わせて語ること語ること。存在感が半端ない。巻き込まれた形のカサンドラはひたすら可哀そうだ。下手に予言能力がなければあんなに苦しむこともなかったのに...。最後に出てくるアイギストスの見事な小悪党っぷりも良い。そして全編出ずっぱりで最大12人まで分裂するコロスの歌と台詞の心地よさ...。
最後の方は音読する気になって時間をかけて読んだ。1作目でこれだから、三部作残り2作にも期待が大きい。
ということで④。オレステイア三部作の2作目。1作目読み終わった時にかなり期待したが、ちょっと期待しすぎかも、と下方修正したらちょうどいい感じだった。アガメムノンの息子オレステスと娘エレクトラが登場し、オレステスが父を殺したクリュタイメストラ(とアイギストス)に復讐するという話。
面白いんだが、とにかくクリュタイメストラとカサンドラに圧倒される前作に比べると淡々とした感じ。しかし、話自身は、実の母を殺すというかなり悲惨なもの。殺されるクリュタイムメストラも黙っていず、そこは存在感を見せる(アイギストスは簡単にやられる)。そして当然殺したオレステスも母殺しの廉でエリニュス(復讐の女神)に付け狙われる。
1作目、2作目と負の連鎖が続くけっこうしんどい話なんだが、次作でめでたく完結する、のだろうか?
そして⑤。三部作の締めくくり。エリニュス(復讐の女神)対オレステスの不毛な争いはついにアテナによる裁判にまで発展する。前作で期待値を下方修正してちょうどだったので今回もあまり期待しないで読んでみたのだが想像よりは面白かった。
前作・前々作と負が負を呼ぶネガティヴな展開だったので、どう落とし前をつけるのかと思ったが結果的にはエリニュスがそのままではどうにも収まりがつかないということで、アテナの説得により復讐の女神変じて慈しみの女神になる、という結末。まあでもこれ以外に落とし所はないような気もする。亡霊になっても出てくるクリュタイムネストラはちょっとしつこすぎだ。
とりあえずオレステイア三部作全体で評価するとやはり今まで読んだ作の中ではこれが一番か、という気もする。「序破急」...ではないな。「起承転結」ならぬ「起承結」という感じか。
続く⑥は呪われたテーバイ王家の三代を描く三部作の3作目(1作目、2作目は残念ながら失われて残っていない)。
オイディプス伝説の最後、オイディプスの息子二人が相争う不毛な戦いのクライマックスを描く。視点はテーバイの王エテオクレス側だ。タイトルの「テーバイ攻めの七将」は直接は出てこず、使者の語りで表現される。七将の最後はポリュネイケスとエテオクレスの兄弟同士討ち。コロス(この訳では「合唱隊」と訳してある)とその他の登場人物での掛け合いで進行する省エネな形式だが、独特のスピード感があり良かった。最後まで緊張感を持って読ませるのはさすが。
う〜ん、やっぱり三部作通して読みたかったなあ...。
最後、⑦はいよいよアイスキュロス篇最終作。これまた三部作(+サテュロス劇の四部作)の1作目だったようだがこれも残り3作は残っていない。
いわゆるダナオスの娘たちの神話を元にしたもので、ダナオス(50人の娘を持つ)とアイギュプトス(50人の息子を持つ)の兄弟がその娘と息子を結婚させようとしたところ、娘側がこれを嫌がり父親とともにアルゴスへ逃亡してきて神に救いを求める、という話。
ダナオスの娘たち(さすがに50人は無理なので代表12人)がコロスとなっており、事実上ロスが主役と言ってもよい。コロスとその父親、アルゴスの領主、追ってきたアイギュプトスの伝令使との間のやりとりで構成されており、かなり緊迫感に満ちたストーリーで良い。これも三部作通して読んでみたい気がした。
さてアイスキュロス篇を読み終えた訳だが続くソポクレス篇へ行く前に読書会関係で読まねばならない本が溜まってきたのでそちらを先に読む。また目処がついたらソポクレス篇を読みたい。
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・上田秋成/鵜月洋訳「青頭巾」(『現代語訳雨月物語』(青空文庫)より)
これも読書会の課題作。『雨月物語』はなんだかんだ言いながら読んだことなかったので良い機会だ。「青頭巾」は稚児への愛に狂った僧侶が鬼に変ずる、という話。情に縛られた人間の浅ましさ、恐ろしさがこれでもかと描かれており圧巻である。鬼を退治する僧侶が禅宗で、鬼に変ずる僧侶が天台宗という、仏教界の宗派の変遷が織り込まれていると言う指摘も読書会ではあり、興味深かった。
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・チャールズ・ディケンズ/岡本綺堂訳「信号手」(『世界怪談名作集』(青空文庫)より)
上と同じ読書会の課題作2作目。これは過去に読んだことあったが、相当昔の話であるのでもうだいぶん忘れかけていた。大体結末は読めるのだけど、舞台設定(深い切通の底にある信号所)と登場人物の描写と独特の身振りの描写で、判っていてもぞっとする。納涼にふさわしい作。
・ミヒャエル・エンデ/大島かおり訳『モモ』(岩波少年文庫)
これまた読書会の課題作。実はエンデはなんだかんだ言いながら読んだことがない。なんとなく苦手意識的なものがあった。ということでこの機会にトライ。結果的には特に問題なく物語の世界に入れて、すっと読めた。面白かった!
舞台である古代の競技場(という設定がまた良い)で行われる、モモと子どもたちの遊び(航海ごっこ)の下りが好き。あえてあらを探すなら、ラスト、敵との戦いがややあっけなく終わってしまうところかな。
エンデ自身による挿絵も良い感じ。
◆輪読会関係
・三島由紀夫『金閣寺』(新潮文庫) (輪読中)
・泉鏡花『婦系図』(新潮文庫) (輪読中)
・紫式部/谷崎潤一郎訳『潤一郎訳 源氏物語 巻一』(中公文庫) (輪読中)
◆総括して
ちなみに8月読了の4冊+短編2篇計6作のうち、5作が読書会絡み。あいかわらず読書会のための読書の感がある。まあ、言い訳させてもらうと、中旬にコロナになって(初コロナ)コロナ自体は数日で治ったんだけど(喉除く)、そのせいで読書欲が大幅に減退してしばらくは本全然読めなかった。それがなければもう少し読書会以外の本も読めたんだが...。今のところ9月も読書会がらみの読書が多そうです。
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