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レトロ座 1994年9月

飾窓の女 (1944年)

古い書類から出てきた半券から察するにシアターキノでの鑑賞だったようだ。だとすれば前のキノ(こぢんまりとした建物)のはず。狸小路6丁目北側だったものね。(現在は南側へ移設されている)なおWebのデータベースによれば、この作品は1994年の9月に上映されたらしい。私自身、年代を忘れているのでそのデータを信じることにする。学生時代からの愛読書である対談集「映画千夜一夜」を読み直すたびに、そこに登場する論客お三方(淀川長治、蓮實重彦、山田宏一)らによってつねに畏れられ、或いは賛美されもするファム・ファタール(運命の女)を当たり役としたジョーン・ベネット。彼女の存在を確かめてみたい思いが当初からあったものの、なかなかテレビ放映でとらえる事もできず伝説の女優だった。

この時代はまだパソコンというものが私の手回りにない。インターネットの普及がWindows95だという認識だから、それまでは調べたい映画や人物があれば旭屋書店でキネマ旬報別冊の外国女優年鑑を立ち読みしたんだと思う。きっとジョーン・ベネットのこともそうして目に焼き付けたのだった。危険な香りを醸し出す役柄が多いけれども、ただの悪女ではなく特にひたいから瞳にかけて何だかキラキラしたものを放出するそんな不思議な相貌の女性。

危険な美女ベネットの相手役には、ある時はやくざの親玉、ある時は保険会社の調査員、ある時は伝説のギャンブラー、ある時は平凡なサラリーマン、またある時は・・・と幾つもの仮面をもつ男、アメリカの多羅尾伴内エドワード・G・ロビンソン!こちらも「映画千夜一夜」で悪役の魅力をテーマに存分に語られていた名優である。この二人の競演が地方のミニシアターでリバイバル上映されるという情報をどうやって得たのだろう?今となっては全く思い出せなく。たぶん新聞の映画欄か大丸プレイガイドで見かけたのかも知れない。

今作のエドワード・G・ロビンソンの役どころは大学で犯罪心理学を教える先生である。お堅い。クラブで友人(←レイモンド・マッセイこれだけの為に出てくれたのね。この人もとても興味深いのでいずれまた)と飲み過ぎてしまうが、酔いながらも聖書を読むあたり真面目かっと思うと、内容がなんとも暗示的なのでこちらもぎくりとする。クラブを出てショウウインドゥの肖像画に見入っていると、それにそっくりな女ジョーン・ベネットが登場。彼女に飲みに誘われてしまい先生はやっぱり断れないという展開に。やがてベネットを巡って起こる殺人、先生の恋と犯罪への懊悩、しかも現場を目撃していたという男から執拗に恐喝される恐怖・・・

ベネットはひたいから輝かしい美しさを誇示しつつも、同じ分だけ横顔にとても濃い影を落とす。明暗のコントラストが強くも弱くも出せる。屈託なく泣いたり笑ったりするかと思えば、あの煌めく瞳から妙に腹をくくったかのような視線を投げかけて来る。言うなれば彼女のダークサイド・オブ・ザ・ムーンがフイルムノワールの世界に合致したのだろう。そのジャンルに出演が集中しているのもうなずけます。重厚な演技と存在感十分のエドワード・G・ロビンソン。渋いながらも運命の女に逆らえず転落してゆく様子は【嘆きの天使】を連想してしまい思わず(負けちゃいけないっ)と応援・激励せずにはいられなかった。でもまあ負けるんですけど。しかもこの作品で初めて知るダン・デュリエ。この悪役俳優が繰り出す恐喝の巧妙にしてなんと卑劣な事!脚本家ナナリー・ジョンソンの協力もあるが、フリッツ・ラングのシャープな映像美とドラマ演出力を思い知った初めての作品。いつの世もいい女の後ろには暗闇と危険が待ち受けているから御用心と戒められつつ終幕。
このあとフリッツ・ラングを何かの資料で調べたが彼の面立ちを見てこの人が誰よりも性格俳優なのでは?と思うくらいモノクル越しの透徹な眼差しに圧倒された。