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レトロ座 2017年12月

毒薬と老嬢 (1944年)

平成29年の備忘録にこの映画のことが書き付けてあった。もっと前にテレビ放映を観た記憶があるが、深夜だったのか最後まで観られず終いだったのと作品タイトルも知らないままで。年を取った姉妹とケーリー・グラントが死体があるのないのとドタバタしているシーンだけは憶えているのでそれでネットで検索すると果たして毒薬と老嬢でした。

独身のまま年を取ったブリュースター姉妹はブルックリンの豪邸に変わり者の甥テディと暮らしている。彼女らは常日頃、老い先短い孤独な老人を可哀想に思うあまり「貸し部屋あります」とお招きすると毒入りワインでもてなし、あの世送りにしてしまう。最新のご遺体は12人目ですでに11人が地下室に眠っている。そんなことも知らずに二人目、三人目の甥が相次いでこの家を訪ねてくるのだが・・・。

小娘時代からの愛読書「映画千夜一夜」にもほんの少し今作の記述があって、対談当時  「舞台では北林谷栄と賀原夏子が老姉妹を演じるらしいですね。」「でもミスキャストじゃないかな~」などと論議の的になっていたし、のちに淡島千景と淡路恵子の時もあったのだとか。そして現在は久本雅美と藤原紀香で全国巡業するほど国内でも舞台化が繰り返される人気作なのだ。

TSUTAYAでレンタル。名匠フランク・キャプラによる1944年の映画に集ったキャストは何しろ豪華。ブロードウェイ版で老姉妹とその甥テディを演じていたジョゼフィン・ハル、ジーン・アデア、ジョン・アレクサンダーらに加えてケーリー・グラント、プリシラ・レイン(この二人は別々にヒッチコック映画に出てるね)そしてレイモンド・マッセイとピーター・ローレ。そしてこの頃にわかファンになった脇役専門のジェームズ・グリーソンにとどめがエドワード・エヴァレット・ホートン(アステアものでお馴染みの名脇役)いずれも舞台劇の空気を壊すことなく室内の場面では特に緊張感の高まりと笑いを誘う見事な演技を展開している。台詞そのものも面白い。それからピーター・ローレ、渡米するまでははペーター・ローレと名乗っていたようで。【M】を既に観たかたは彼の出演をどう思ったんでしょう。私は未だに資料ポスターでしか【M】を知らないのですが、フリッツ・ラングのそれもドイツ時代のスリラー作品にて連続殺人鬼を怪演したイメージだけはあるので、地味な登場でも一瞬ひやりとする。彼を伴って老姉妹宅に押しかける甥のジョナサン(レイモンド・マッセイ)がボリス・カーロフ(当時フランケンシュタインの怪物役で有名な俳優)に似せて整形されていて怒っている。実際ボリス・カーロフはブロードウェイ版のジョナサン役だったのですって。それにしてもレイモンド・マッセイは前頁の【飾窓の女】で会員制紳士クラブのシーンに一寸出てたけど【毒薬と老嬢】では完全に凶暴な犯罪者でピーター・ローレ扮する整形外科医に自分の顔を変えろと強要したり面白いお芝居をしている。老境にさしかかってからは【エデンの東】にジェームズ・ディーンの父親役を演っていてやはり名脇役。私生活では娘がいて、余談ながら彼女は英国の俳優でテレビシリーズ「シャーロック・ホームズの冒険」でタイトルロールを演じるジェレミー・ブレットの妻だった事もある。

そしてケーリー・グラント。後のヒッチコック作品では何度見てもナイスミドルで終わってしまうのだけど、こちらでは老姉妹の甥のひとりモーティマー役を吉本新喜劇なみに演じきっていて、まだ若いからなのか入念に顔芸とキレ芸を織り交ぜながら物語を引っ張ってくれている。テディを入院させようと申し込む際の「自分をルーズヴェルト大統領だと思い込んでいる」と療養院に説明するくだりが面白い。グラントも良いけど療養院院長を演じるエドワード・エヴァレット・ホートンの返しもまた秀逸。フレッド・アステアのミュージカル【トップ・ハット】や【踊らん哉】でもホートンの魅力的な話芸が存分に愉しめる。

物語の終わりにやってくる警部補役のジェームズ・グリーソンも脇を固める重要な俳優のひとり。この時は知らなかったが他の作品で彼に再々会することになる。

ある人物がSNS上で死にたがっている人々を募って自宅に引き入れては順に殺害していたという事件が報道されると、何となくこの映画のことを思い出してしまう。異常にして滑稽にして哀しいこのブラックファンタジーを。