【連載】10倍成長物語⑨

9. 内省の時：自己との対話

大志のプロジェクトが全国規模で展開されてから1年が過ぎ、表面上は大きな成功を収めていた。しかし、その華やかな外観とは裏腹に、プロジェクトの内部では深刻な亀裂が走り始めていた。

ある金曜日の夜遅く、大志はオフィスで一人、山積みの書類とにらめっこしていた。突然、スマートフォンが鳴った。妻の由紀からだった。

「もしもし、由紀」大志は疲れた声で答えた。

「大志、もう23時よ。また帰ってこないの？」由紀の声には諦めが混ざっていた。

大志は深いため息をついた。「ごめん、今日中に終わらせなきゃいけない仕事があって...」

「いつもそう」由紀は冷たく言った。「あなたの仕事のことなんて、もう聞きたくもないわ。子供たちはもう寝たわよ。おやすみなさい」

電話が切れる前に、大志は由紀の小さなため息を聞いた気がした。彼は頭を抱えた。最近、こんなやり取りが増えていた。由紀は彼の仕事に全く興味を示さず、家庭のことばかりを気にしていた。二人の間には深い溝ができていた。

翌朝、大志は頭痛と胃痛に悩まされながらオフィスに向かった。オフィスに着くと、美咲が心配そうな顔で近づいてきた。

「大志さん、大丈夫ですか？顔色が悪いですよ」

大志は弱々しく笑った。「大丈夫だよ、ちょっと疲れてるだけで...」

美咲は優しく彼の肩に触れた。「無理しないでくださいね」

その瞬間、二人の間に微妙な空気が流れた。大志は美咲の優しさに心が揺れるのを感じた。

その時、健太が怒った様子で部屋に入ってきた。

「大志、話がある」健太は冷たい眼差しで言った。

二人は会議室に移動した。健太は怒りを抑えきれない様子で切り出した。

「何でだ？なぜ俺の提案を無視したんだ？」

大志は困惑した表情で答えた。「何のことだ？」

「例の雇用案件だよ」健太は声を荒げた。「あれは俺たちのプロジェクトの根幹に関わる重要な提案だったはずだ。なのに、君は企業の意向を優先して却下した」

大志は身構えるような態度を取った。「そんなつもりじゃない。ただ、現実的に考えて...」

健太は彼の言葉を遮った。「現実的？何様だよ！
初心を忘れたんじゃないのか？俺たちは子供たちのためにこのプロジェクトを始めたんだぞ」

議論は平行線をたどり、最終的に健太は怒りに任せて部屋を出ていった。

この出来事は、他のスタッフにも影響を与えた。チーム内の雰囲気は急速に悪化し、メンバー間の信頼関係が崩れ始めた。ストレスから体調を崩すスタッフが増え、辞職者も相次いだ。

数週間後、大志は重要なスポンサー企業との会議に臨んでいた。しかし、彼の心ここにあらずの様子は明らかだった。

「大志さん、この新しいプログラムの収益予測はどうなっていますか？」企業の代表が尋ねた。

大志は一瞬、質問の意味を理解できなかった。「あ、はい...えっと...」

彼が答えに窮していると、美咲が助け舟を出した。「失礼します。その件については私から説明させていただきます」

会議が終わった後、美咲が大志に近づいてきた。

「大志さん、本当に大丈夫ですか？最近、様子がおかしいです」

大志は疲れた表情で答えた。「ああ、色々あって...誰も分かってくれないんだ」

美咲は同情的な目で彼を見つめた。「私は分かります。大志さんがどれだけ頑張っているか...」

その言葉に、大志は突然、感情が溢れ出すのを感じた。彼は衝動的に美咲を抱きしめた。二人の唇が重なるまでに、ほんの数秒しかかからなかった。

その夜、大志は罪悪感と混乱に苛まれながら帰宅した。家に着くと、由紀が真剣な表情で待っていた。

「大志、話があるの」由紀は静かに言った。

大志は緊張して座った。由紀は深呼吸をして話を続けた。

「私たち、もうこれ以上続けられないと思う。離婚しましょう」

大志は驚きのあまり、言葉を失った。「え？なぜ？」

由紀は悲しそうに答えた。「もう長い間、私たちは別々の人生を歩んでいるのよ。あなたは仕事ばかりで、私は家庭のことしか考えていない。お互いを理解しようともしていない。これ以上、子供たちにも良くないわ」

大志は反論しようとしたが、言葉が出てこなかった。彼は、由紀の言葉が真実であることを痛感していた。

その瞬間、セージの声が聞こえてきた。

「大志、10倍成長の本当の意味を見失ってしまったのではないかい？」

大志は涙ながらに答えた。「セージ...僕は何をしてしまったんだ。プロジェクトも、家庭も、友情も、全てを台無しにしてしまった」

セージは静かに言った。「10倍成長は、ただビジネスを大きくすることではない。それは、人間としての成長、周りの人々との関係性の深化、そして真の幸福を見出すことなんだ」

大志は顔を上げた。「でも、もう遅いんじゃないか？」

セージは続けた。「まだ遅くない。今こそ、本当の意味での10倍成長を始める時なんだ。失ったものを取り戻し、そしてさらにその先へ進むんだ。でも、それには勇気と誠実さが必要だ」

大志は深く息を吐いた。これが、彼の真の10倍成長への旅の始まりだった。失ったものを取り戻し、そして本当の意味での成功を見出す旅が、今始まろうとしていた。