フラスコ堂

散文、自由詩など書いてます

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最近の記事

窓とかドアとか

「窓」が好きだなと思う。 木の枠だったり、 幾何学模様の柵がついていたり。 フランス窓だったり、擦りガラスだったり。 絡まりすぎた蔦の葉で、アジトみたく なっていたり。 そんな外観に魅了され、 足を止めることもあるけれど、 「風通し」も、窓が好きな、 たいせつな理由なのかもしれない。 いつだったか、窓のない職場で アルバイトしたことがあって、 長続きしなかったことを思い出す。 どよんと、よどんだ空気感で 何となく、室内が息苦しく感じられたのは、 人間関係とか、いろ

    • アボカド窓便り

      日当たりのよいキッチン窓で、 水栽培を楽しむことがあります。 以前の住まいの ご近所さんだった、カナダ人女性。 彼女から 「カナダ風・アボカドサラダ」 の 作り方を教えてもらったことがあって、 その時に聞いた 「種から、アボカドを育てる方法」。 それをたまに、実践したくなって。 ご存知かもですが、 調理後に残ったアボカドの種――の 付着している果肉などを取り去って洗い、 半分ほどが水に浸かるよう 左右に、つまようじをさします。 あとは時々、水を替えるだけ。  種が

      • 月見る月

        残暑がなかなか フェイドアウトしてくれない9月。 それでも、季節は中秋へ。 お月見の日とされる、中秋。 明日 9/17 は、満月手前の、 ちょっぴり欠けた名月になるのですね。 「待宵月」という美しい名前も持っています。 翌日、うお座で満月になるそれは、 今年二番目に大きい満月だそう。 もし見逃しても、来月半ばにも名月あるし笑 10月は、今年最大のスーパームーンも。 これまた楽しみです。 夜空の参考書。 去年クリスマスに、友人にも贈りましたが、 夜空を見上げるのが楽し

        • 晩夏にまつわるエトセトラ

          壁にかけた絵を 替えたくなったのは、 少しでも空間が涼しく感じられるよう。 お盆頃の、ちょっと今更感もあったけれど。 デザイン教室で、以前制作し、 水をイメージしたつもりはなかったのに ウォーターっぽくなってしまった画。 はずみで額装した、あれにしようと。 作り方は、 とろんとした糊をボール紙全体に塗り、 ポスターカラーの好きな色をのせ、 クシなどを使って模様をつけ ドライヤーで乾かして、出来上がり。 凸凹があるので ↑ 風通しが良い感じもあって・・ (簡単なので、

          ラムネ瓶の夏 |詩

          滝のある場所を訪れた時 入口付近で ラムネの軍団が 湧き水に浸かっていました 味自体は すごく好みでもないけれど うす青緑色のガラス瓶や  すべらかな丸い飲み口 それに ビー玉をシュポンと落とす 儀式はとても好き それが落とされた瞬間 シュワシュワシュワー 気泡があふれかえり 瓶のふちから 八月の呼び声が 聴こえてくる はしゃぎながら飲む 最初の一口は 冷たい太陽の はじけるような快楽 閉じ込められた この森の記憶も ゆっくりと 身体の隅々まで しみわたってい

          ラムネ瓶の夏 |詩

          気分が晴れる言葉をください

          降ったり止んだりの、傘マークの空模様。 そんな連休のさなか、とある本について書いてみたいと思います。 『なんか気分が晴れる言葉をください』    塩谷直也著(2013年 保育社) 厚さ1cm ほどの薄めの本。 ちなみに、マンガではありません(っぽい表紙ですが)。 牧師さんが書いた本で、「聖書が教えてくれる50 の生きる知恵」というサブタイトルがついてます(ここで引いちゃう人もいるのかしら・・) 青山学院大学・法学部で「キリスト教概論」の教鞭もとる著者。 ふだん、学生達

          気分が晴れる言葉をください

          アンタレスの夜 |詩

          ホトトギスが鳴いている 「鳴かぬなら……」どころか ひっきりなしに 懸命に 滲むように響きわたる 夏至の山あい けれど もう日が落ちる アンタレス食が始まる ――この場所からは見えないかも それでも 星食がすんだあと 月に寄り添うアンタレスが ひと晩中 見れるはず さそりの心臓で 煌々と 炎のように輝く あの一等星 願いをかければ 雨を降らせてくれるだろうか 乾ききった世界の涯てや 小さな心の庭に 鳴き続けるホトトギスは やがて夜にとけ 透明になってしまう

          アンタレスの夜 |詩

          瞑想する建築

          以前、キューピーハーフの CM にも出てきた フランク・ロイド・ライトの 「落水荘」――。 森の奥深く、水の流れる邸宅にて、福山雅治が 手に持ったサラダにマヨネーズをつけ、 かぶりついていました。 サラダはクールだ。 火を使わない。 電気を使わない。 そんなキャッチコピー(ナレーション)も、何となく説得力があったような・・・。実際、夏場に火を使わない料理って、ホント助かるので。 懐かCM ですが、ありました。↓ ところで、私にとっては、福山氏よりも、この「落水荘

          瞑想する建築

          薔薇と棘と

          だいぶ前のこと、 「オールドローズ」という、その響きに憧れ、 通販で買って、植えてみた苗。 その翌年、濃いピンク色の花を咲かせました。 それから、毎年のように、次々と開いては、 楽しませてくれたのだけど、ある年の春から ふっつり、花芽がつかなくなりました。 肥料をやっても、何をしても。 今も健在で、枝は伸びていますが、常時、葉っぱのみ・・・(TT) 初夏の風にゆれる、あたらしい葉たちも それはそれで、爽やかではありますが。。 バラにはありがちなこと? ―― けど、 いつ

          旅するひと |詩

          小さな詩集と 愛用の横笛 スキットルに入れた 蒸留酒 そんなのを持って 旅に出た人 海とか 川とか 滝とか 噴水とか 水のある場所を巡礼している 届いた絵はがき 透かして視たら 瞳の淵は 深々と澄んで いろんなものを 手放しながら歩いている そのシルエットは祈りのよう しんと、大地に響いて跳ねかえる ピーララーー ピューララーー 湖畔で奏でる 静かな笛の音に 鳥や、魚や、小さいけものが 集まって 狭いながらも まっすぐに続く小径 それは 空や、ひかりや 波の導

          旅するひと |詩

          雨ヶ森 |詩

          雨のなかの ひとしずく 針葉樹の枝が ゆれれば ひとひらの 霧の子がうまれる ざわめく鳥は 恋のお年頃 残響にも似て 近く 遠く  きのうの夢も 伝言も も少しで 思い出せそうなのに この現は いつから 小雨のように 途切れては  また ふいに降りかかる 清らかな水を呼びこむ ここは 夏を待つ森 木々は伸び 雲は切れ  ヒスイ色の蛾たちが ふわり 裏庭へと落下する

          雨ヶ森 |詩

          DOUBLE BLUE |詩

          届きたての贈り物 白くて円い 掛け時計 真ん中に「DOUBLE  BLUE」 とだけ書いてある 岩戸を開く呪文みたいに 何だか唱えてみたくなる 「DOUBLE  BLUE」 ふいに、文字盤から流れ出す 青のバイブレーション 澄みわたる空のブルー 見渡すかぎりの海のブルー わたくしの睫毛や 指のさきを 蒼く染め そこいら中を 浄めるように ゆっくり ゆっくり 拡がっていく すべてが 青色に溶け込んだ時 遠くのどこかで 船出の汽笛が 鳴り響いた

          DOUBLE BLUE |詩

          シルビアのいる街で

          陽光、風、音、石畳、雑踏・・・ フランスの古都・ストラスブールの街並みの質感そのままに。 『シルビアのいる街で』――。 いつだったか、仏語友達から教えてもらった映画。 その不思議さたるや、仏映画の中でもダントツ(私比)。 それゆえ、何度も観たくなる作品。 『ミツバチのささやき』『エル・スール』の巨匠ビクトル・エリセが 「現代スペインで最も優れた映画作家」と評する ホセ・ルイス・ゲリンが監督。 (2010年公開・スペイン=フランス合作) 1日目・・・画家志望の青年は、 ホ

          シルビアのいる街で

          イリスの庭 |詩

          雨上がり 早春の庭 北側の窓辺に立てば 山すそにかかる虹を 見つけられるかな 君の指は 鍵盤の海を泳ぐ 七色の音階の波間を ゆらりゆらりと 育ち始めた願いの種は 掘り返さないよう 納屋の精霊たちに 気づかれないよう そっと守っていくよ 僕らはあの花のように いのちの力で咲くけれど 此処は大きな鳥かごの中 隠された鍵を探し出すまで 果てしなく続く学びの徒で モラトリアムで 永遠の淡い 春の虹で

          イリスの庭 |詩

          夜空にうかぶ |詩

          バスを降りたら 大きな、まるい月 昇ったばかりの月は 大気のレンズ効果とやらで ひどく巨きく見えたけれど それは、黄じろい飛行船 重力の全く感じられない月 ぽっかり ぽっかり そこにいるのは、誰ですか? 高台まで上りきったら 風は冷ややか  月の位置も高くなり いつもの大きさになったけれど ほんの少し欠けている14日目の月は 満月ほどに、おめでたくはないのです それは 見知らぬ虚からやってきて 世界の秘密を知っているような 謎めいたアイコン わずかに満ち

          夜空にうかぶ |詩

          「描くという祈り」~画家と巨樹  

          昨年 10月に放送された、 NHK 日曜美術館「“描く”という祈り 日本画家・西田俊英」。 まさに神回で、NHKプラスでも何度か観てしまいました。 先週の日曜の朝、思いがけず、アンコール放送をしていて、 4ヶ月ぶりに視聴。 屋久島の森林。鹿と子鹿。三穂野杉の巨樹。夜の闇。 西田さんの言葉。声。素描。制作風景。 武蔵野美術大学美術館に飾られた、壮大な絵巻のような、 何十メートルもの絵・・・ 屋久島の森深く、人知れず、何千年と生き続ける巨樹―― その森に画材道具を背負って分け

          「描くという祈り」~画家と巨樹