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【地方紹介14】ロレーヌ地方

<地方データ>
■【francerでの地方名呼称】:ロレーヌ地方
■【旧地方圏区分/地方庁所在地】:
ロレーヌ地方(Lorraine)/メッス(Metz)
■【現地方圏区分/地方庁所在地】:
グラン・デスト地方(Grand Est)/ストラスブール(Strasbourg)
■【旧地方圏区分における所属県と県庁所在地】
●ムルト・エ・モーゼル県(Meurthe-et-Moselle /54)県庁所在地:ナンシー(Nancy)
●ムーズ県(Meuse /55)県庁所在地:バル・ル・デュック(Bar-le-Duc)
●モーゼル県(Moselle /57)県庁所在地:メッス(Metz)
●ヴォージュ県(Vosges /88)県庁所在地:エピナル(Épinal)
 
 
★地方概要★
 
アルザス地方の西に位置するロレーヌ地方。一般に「アルザス・ロレーヌ」とまとめて表記されることが多いこの地方ですが、似たような境遇の町もあれば、アルザスとは全く別と考えるべき町もあります。ロレーヌ地方の都市といえば、メッスとナンシー。まさにこの2つの都市は辿った歴史が異なります。メッスはアルザス同様、ドイツ軍に占領され、建物や街並みなどドイツ的なものが今も残っていますが、逆にナンシーは一度もドイツ領になったことはなく、フランスの都市として発展し、特にアール・ヌーヴォー芸術が花開いたことは世界的にも有名です。町ごとにしっかりと焦点を当てて考えた時、ロレーヌ地方というものが見えてくるかもしれません。

世界遺産にも登録されるナンシーのスタニスラス広場

北フランスでは珍しい山脈であるヴォージュ山脈はアルザスワインの産地であることでも知られますが、南北に走るこの山脈を隔てて東がアルザス地方、西がロレーヌ地方といったような感じになっています。ロレーヌ地方は全体が高地であり、パリのほうに向けて緩やかに傾斜していて、ところどころに丘陵地帯があります。その中をライン河の支流であるモーゼル川が緩やかにながれていきます。
 
どの時代も中心になるのは、現在でも中心的な都市となっているメッスとナンシー。メッスは古くはローマ時代にまでさかのぼり、メッスに浴場を作った跡などものこっています。その後メロヴィング王朝時代を経て、中世にはこの地方の中心とした城郭都市として発展しました。近代には1918年に第一次世界大戦が終わるまでドイツ領となっていた時代を経て、現代にいたります。対してナンシーは11世紀に町が出来上がり、その後、ロレーヌ公国の首都として栄えました。18世紀にロレーヌ公の地位にあったポーランド王スタニスワフ(フランス語読みでスタニスラス)の治下、町の景観が整えられ、彼の名は世界遺産に登録される街の中心広場に残っています。その後、普仏戦争後のフランクフルト条約により、アルザス地方とロレーヌ地方のモーゼル県(メッスが含まれる)がドイツに併合されますが、ムルト=エ=モーゼル県にあるナンシーはフランス領のままだったため、多くのアルザス人などがナンシーに移住し、文化的な黄金時代を迎えます。
 
15世紀頃から盛んであったガラス工芸に加え、鉄鋼業が盛んとなり、これを使った文化的な発展を見せ、エミール・ガレ、ルイ・マジョレルなどによるナンシー派と呼ばれる芸術家たちによって19世紀後半にアール・ヌーヴォーが花開くようになります。
 
 
★町や村★
 
北部にあたるロレーヌ地方の中心都市メッスとアール・ヌーヴォーで知られる芸術都市ナンシーの2都市が中心となります。メッスはモーゼル丘陵の麓、ロレーヌ台地に位置します。すでにガリア・ローマ時代から、交通の要衝として、英仏海峡方面から、ライン川地方へ、ドイツのトリアーからブザンソンを経てイタリア、スイスへと通じる街道の交差する町でした。商業地区で、賑やかな現在のセルプノワーズ通りにその時代の道筋が残されています。

メッスのモーゼル河畔には美しい街並みが広がる

1870年10月27日、メッスはドイツ軍の手に落ちました。7か月後、フランクフルト条約でフランスはメッスの割譲を決定せざるを得なくなりました。そのときメッスの町からは住民の4分の1がいなくなりました。数多くの芸術家や実業家が、まさに当時産業が大きく発展しつつあったフランスを選び、ナンシーがこの人口の大流出をうまく取り込みました。この時代に町にはドイツの足跡が残されました。中でも、国鉄駅が知られており、1902年から1908年にかけて、駅周辺の整備が行われました。駅舎そのものが、第二帝国時代の象徴主義(皇帝自らが鐘楼の設計にあたりました)にライン川地方のネオ・ロマネスク様式が加わった建築様式で建設されました。現在でも、この時代の佇まいを残しており、フランスで最も美しい駅の一つとして知られています。

ドイツ統治時代の代表的建築物のメッス国鉄駅

現在のメッスは、ドイツ風の建築を残しながらも美しい町で、特にステンドグラスの宝石箱とも呼ばれる美しいステンドグラスで知られています。これらのステンドグラスの中にはシャガールやコクトーといった近代芸術を代表するアーティストが作成したものもあります。有名なものでは、サン・テティエンヌ大聖堂の左側の後陣回廊と左側のトランセプトの南面にあるマルク・シャガールのステンドグラス(『地上の楽園』)があります。

シャガール作のステンドグラス

ナンシーは、ムルト川とモーゼル丘陵に挟まれた平地に位置し、ロレーヌ工業地帯の中心都市です。ナンシーの市街地は、スタニスラス広場を中心にして4つの門に囲まれています。北にクラフ門(Porte de la Craffe)、南に聖ニコラの門、西にスタニスラスの門、東にスタニスラスの妻、カトリーヌの門。そして、スタニスラス通りとカトリーヌ通りを境にして、北が旧市街、南が新市街になっています。スタニスラス王が命じて建築家エマニュエル・エレと天才金具工芸師ジャン・ラムールの指揮のもとに作られた傑作です。この大きな広場を取り囲む市庁舎と付属棟はエレの手による建物で、それらのファサードには素晴らしい気品が感じられるロココ建築です。このスタニスラス広場につづくカリエール広場、アリアンス広場、そしてヴェルサイユ宮殿を思わせるロレーヌ公宮殿が、現在のナンシー市の中心を占めています。中でも、とくに見事なロココ建築が、スタニスラス広場を飾るネプチューンの門。壮麗な鉄骨細工に施された金と黒の色彩対比は、昼間もさることながら、夜になるとライトアップされ、一層の輝きを増します。

夜のスタニスラス広場

ロココが花開いたナンシーには、その1世紀後にアール・ヌーヴォー芸術が新芸術として花開きます。ナンシー派と呼ばれるガレやマジョレルの父は、ともにロココの伝統を引く工芸職人でした。18世紀の豪奢なロココ芸術は、1世紀以上を経てアール・ヌーヴォー様式の実用品へと受け継がれていったのです。
 
元々鉱業が盛んなロレーヌ地方では、15世紀以来ガラス工芸が発達していました。ガラス職人であった父を継いで工芸作家になったエミール・ガレは、19世紀後半に各地で開かれていた万国博覧会や装飾美術点に次々に出品。エッフェル塔が建てられた1889年のパリ万博ではグランプリを受賞し、その名声を決定的にします。ガレはまたガラス工芸だけではなく、陶芸や家具も手掛けましたが、いずれの作品も、日本をはじめとする東洋美術にヒントを得て、植物や昆虫などを装飾モチーフに取り入れた点で共通しています。実はガレは、当時ナンシーに留学していた画家の高島北海と知り合い、彼を通じて日本人の自然観を学んだと言われています。ガレの他にも、ナンシーではガラス工芸のドーム兄弟や家具のルイ・マジョレルらが活躍し、1890年代にはナンシー派が結成されます。そして1901年、ガレを会長に産業美術地方同盟として正式にナンシー派が発足します。現在のナンシー派美術館には、彼らのパトロンであったジューヌ・ゴルバンの私邸を改装したもので、ナンシー派を中心とするアール・ヌーヴォー作品がコレクションされています。また、美術館だけでなく、町中に点在するアール・ヌーヴォー建築も見逃せません。ナンシーは地理的にはパリよりブリュッセルに近いため、有機的な曲線を多用するベルギーのアール・ヌーヴォー建築の影響が色濃いです。優美なカーヴを見せる窓枠や植物模様の鉄骨細工の家は、まるでおとぎ話にでてくるようにファンタジックです。19世紀に一世を風靡したアール・ヌーヴォーがナンシーでは100年以上たった今でも色あせてはいません。

ナンシー派美術館には、多数のアール・ヌーヴォー作品が展示されています。

古くからガラス工芸が盛んだったロレーヌ地方には、フランスを代表するガラス、つまりはクリスタルのブランドがあります。世界的に有名なクリスタル・ブランド「バカラ」は、ここロレーヌ地方の村であり、バカラ・クリスタル発祥の地でもあります。
 
 
★名産品と郷土料理★
 
ロレーヌ地方の郷土料理といえば、キッシュ・ロレーヌが挙げられます。生クリームと卵を混ぜたものに、細かく切ったベーコンを入れて、キッシュの生地に流し込んでオーブンで焼いたものです。ふわふわとして軽い舌触り。ナンシーの人たちは、これを小腹が空いた時にも食べるそうです。

是非とも本場で食したいキッシュ・ロレーヌ

果物では、日本ではあまり知られていませんが、ミラベルの特産地として知られています。ミラベルとはプラムの一種で、日本では西洋プラムと訳されることもありますが、なかなかお目にかかれない果物です。非常に繊細なミラベルは長期保存や長距離輸送が難しく、フランス国内でほとんどが消費されますが、そのほとんどがロレーヌ地方で作られます。フランス国内だけでなく、世界全体の生産量の約7割がこのロレーヌ地方で栽培されています。それはこのロレーヌ地方の気候がミラベルの栽培に非常に適しており、適度な雨量に加え、昼夜の寒暖差が大きいことで良質なミラベルが育つといいます。もし、ミラベルの旬である8月中下旬から9月初旬であれば、フレッシュなミラベルも食べられるでしょう。そうでなくとも、加工されたミラベルを使ったミラベルのタルトやリキュールなども現地では販売されています。

ロレーヌ地方の特産、ミラベル

また、カラメルにベルガモットのエッセンスを入れて作るキャンディやマカロンなどのお菓子もよく見かけます。店によって作り方が違うので食べ比べてみるのも面白いです。これらのお菓子と肩を並べて有名なのが、8月にロレーヌ地方だけで収穫できるミラベルを使ったかなり強いリキュール。食後酒として飲む人が多いです。

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