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『相場の蓋然性』について(福井強のマクロ経済分析レポート vol.4)

 蓋然性という言葉は、「物事が起こる確実性の度合い」「確からしさ」を意味し、「蓋然性が高い」というと、「そうなる確率が高い」という意味になります。ですから、『相場の蓋然性が高い』というと、株価や為替相場の現在の状態が示す相場の方向性、つまり株価や為替レートがこれから上昇する、下落する、あるいは従来のレンジ内で推移する「確実性が高い」ということを意味します。

 現在の株価、為替レート、コモディティー価格から、先行きの相場の蓋然性を測る術として、ファンダメンタルズ分析とテクニカル分析の2つの手法が考えられます。ファンダメンタルズ分析の場合、株式であれば、当該企業やその企業が属する産業セクターの今後の収益動向、金利や為替であれば、マクロ経済指標の動向や金融・財政政策の行方、コモディティーであれば、需給見通しを分析して、予想される相場の蓋然性を探ることになります。テクニカル分析の場合、現在に至る株価、為替レート、コモディティー価格のデータや出来高などを使った、さまざまなテクニカル指標に基づいて相場の蓋然性を計測することが可能です。

 ファンダメンタルズ分析やテクニカル分析により、100%の確実性を得ることはできませんが、これまでの経験を踏まえて、どうやら先行き上昇しそうであるとか、下落するリスクが高まっているとか、あるいは、当面はレンジ商いに終止しそうであるという見通しをかなりの確度で結論することが可能です。もちろん、予想が外れる可能性は排除できないため、その場合の行動計画の用意(ストップ・ロス注文の実行)が不可欠になります。

 テクニカル分析にはトレンドフォロー型(順張り)とコントラリアン型(逆張り)の手法がありますが、トレンドフォロー型指標の場合、従来の研究結果によれば、成功確率はせいぜい40%程度であると言われています。40%の正解率であっても、過去のデータに基づく長期のシミュレーション結果から統計的に正の期待値があると見なされるトレンドフォロー・モデルを使えば、長期的に利益を挙げることが可能です。ただし、実際にトレンドフォロー型の戦略を実行すると、短期的な評価損あるいは実現損(「ドローダウン」と呼びます)が不可避であり、投資家がドローダウンに耐えて、トレードを継続することが成功の必要条件になります。投資家がトレンドフォロー戦略で実際に利益を出すことができたという成功体験を積めば、ドローダウンを被っても、トレードの継続は容易になるのですが、成功体験を積む前に、多くの人がドローダウンに耐えきれずに、トレンドフォロー戦略の遂行を止めてしまうことになります。その結果、トレンドフォロー戦略を継続できる人は少数派になり、少数の生き残れたトレンドフォロワーが長期的にはリターンを享受することになります。

 平均的な投資家がトレンドフォロー戦略の成功体験を得られるまでトレードを継続できるために、ドローダウンが投資資金に与える負のインパクトを許容範囲内に収められるように、1トレード当たりのポジション・サイズを極めて低水準(例えば、総資産の1%に相当する金額以内)に抑えることが必須になります。これはトレンドフォロー戦略に限ったことではなく、投資で成功するためには、パニックに陥らない冷静さを常に維持することが極めて重要で、極小のリスク配分から始めて、徐々に成功体験を積み、投資資金が増大するにつれて、複利効果によって、最終的に投資収入(パッシブ・インカムと呼ばれています)だけで十分に余裕のある生活を送れるようになります。そして自分の成功体験に裏打ちされることにより、相場の蓋然性について正しい判断ができるようになっていきます。

 「ミスター冷静」というあだ名を持つ米国の有名トレーダーであるトム・バッソ氏は、トレンドフォロー戦略を実行することを、「まるで自分が主役の映画を第三者的に眺めて、それを楽しむようにしている」と語っていますが、これはバッソ氏に長期にわたる揺るぎない成功体験の蓄積があるためで、トレードという「自分が主演する映画」の結末がハッピーエンドになることを確信しているからであると言えます。これは007映画で主人公のジェームズ・ボンドがどんな危機に遭遇しても、観客は結末がわかっているので安心して映画を楽しく鑑賞できることに通じます。

 これに対して、ファンダメンタルズ分析で相場の蓋然性を見極めることはデータの収集・分析に明確で客観的な基準を設定できないため、一律に定式化することはできません。ただ、少なくとも言えることは、自分が信じるファンダメンタルに基づく相場見通しが、まだコンセンサスになっていない少数派の意見であることが成功の必要条件であると言えます。そして、ファンダメンタルズ分析による相場の蓋然性の見極めの場合にも、投資家個人の成功体験があれば、相場の蓋然性の判断をする際に、それが大いに役立つでしょう。その一例として、英国による欧州連合(EU)からの離脱(ブレクジット)の際に筆者が定性的な情勢分析(ファンダメンタルズ分析)に基づいて先行きの相場の蓋然性を確信し、投資行動に移すことができた経験を皆さんと共有したいと思います。

 英国は2016年6月に実施した国民投票の結果、1973年以来、加盟してきたEUからの離脱を正式に決定し、離脱予定日を2019年3月29日に定めました。しかしEUとの間で交わされる「離脱協定案」をめぐる交渉は難航し、離脱予定日から逆算されたデッドラインである2018年11月までひと月に迫った2018年10月に入っても具体的な交渉妥結の見通しが見えてこない状況にありました。それにも関わらず、大半の英米系大手銀行のエコノミストたちは楽観的な交渉見通しに基づいた調査レポートを書き続けていました。 

 当時、英国債券ファンドの運用担当者だった筆者に米国の大手証券会社のロンドン支店からブレクジットに関する調査ミッション参加の打診がありました。状況を自分の目で確かめることができる絶好の機会だと思い、E U本部があるベルギーの首都ブリュッセルへの調査旅行に日帰りで参加することにしました。欧州の大手資産運用会社や中央銀行の運用担当者からなる総勢10人ほどの調査団は、E U本部でE U議会の有力議員、英国政府との交渉事務担当者、E U駐在外交官らと面談し、関係者の生の声を聴くことができました。その中で、離脱交渉に携わっている担当者が放った「交渉の行方はひとえに英国側がE Uのオファーを受け入れるか否かである」という非常に突き放した発言にとても驚きました。なぜなら、それはコンセンサスである楽観的な見通しとは全く相反するスタンスだったからで、その担当者に向かって、私は「E Uサイドから歩み寄ろうとする考えはないのか」と再確認したところ、また同じ答えが返ってきて、「これは、英国の国債相場を大きく押し上げる蓋然性が高い」という強い感触を得ました。

 その日のうちにパリのオフィスに戻ると、交渉決裂のリスクを回避するべく、急いで英国国債先物の買い増しなどを行い、運用を担当するポートフォリオが国債にアンダーパーフォームするリスクをヘッジました。その時点で、英国国債先物マーケットは交渉難航シナリオをまだ織り込んでいなかったので、ポートフォリオに有利な水準でヘッジをかけることができました。数日後、思惑通り、マーケットは離脱交渉の土壇場での難航シナリオを織り込み始めて、私のヘッジ戦略はかなりの利益をもたらしました。この事例では、ブレクジットの交渉関係者から得た生の情報に基づき、過去の自分の経験に照らしてリスクが高まる蓋然性が高いと即、結論できたことが良かったのだと思います。

 最後に、相場の蓋然性を測るためにファンダメンタルズ分析とテクニカル分析を併用することの意義について語りたいと思います。前述の通り、ファンダメンタルズ分析の重大な欠点は、相場の蓋然性を測る際に、定性的な分析しかできないという点です。分析対象が経済指標であれ、企業業績であれ、将来の予測には多くの不確実性が存在するため、なかなか確信が持てず、しかも確信が持てた時点で、その見方はすでに相場に織り込み済みであるケースが多いのです。そこで、ファンダメンタルズ分析に基づく主観的な相場の蓋然性をテクニカル分析の助けを借りて、より客観的に評価することが可能になります。このことを筆者が体験した2004年上半期の米国長期債相場の例を使って説明してみましょう。

 2004年の第一四半期において、米国経済は2001年3月を底とする景気回復の途上にありましたが、FRBは利上げに慎重な態度を維持し続けていました。しかし米国債マーケットでは、早ければ2004年の4月に最初の利上げを行うであろうという予想が徐々に優勢になってきていました。これを受けて、ファンダメンタルズ重視の投資家は長期債を空売りするポジションを積み増し始めたのですが、興味深いことにテクニカル分析では、米国の長期債先物価格がまだ上昇する蓋然性があることを示唆していました。結果的に、4月以降に発表された経済指標が予想以上に強かったため、利上げのタイミングは同年6月末開催のFOMCまでずれ込むことになりました。この間、債券先物を空売りしていた投資家は一旦、ポジションを損切って退却を余儀なくされたのですが、これは、ファンダメンタルズ分析がいかに不確実で、それのみで相場の蓋然性を測るには心許ないということを再認識させる良い事例になりました。言い換えれば、相場の蓋然性が高いと結論するためには、ファンダメンタルズとテクニカルが同じ方向を示唆していることが重要で、過去にそうした状況に遭遇し、ポジションを持って成功した経験があれば、投資家は迷わず正しくポジションを取れる自信を持てるようになるでしょう。

ドル円為替レートの超長期展望について、以下のようなコメントとご質問を頂戴しましたので、お答えしたいと思います:

マクロレポート興味深く拝見させて頂いております。ひとつ質問させてください。短期・長期の感覚は投資家によって違いがあると思います。超長期展望では、1ドル200円になる可能性があるとのことですが、福井さんがお考えの超長期とは、どれくらいの期間をイメージされているのでしょうか。50年とかそれ以上のことなのでしょうか。基準のようなものがあるのであれば、お教えいただければ幸いです。(野良の投資家さん)

巷に色々出ている情報の判断が難しいので、経験値とか、実績を踏まえて信じます。福井さんの200円説は驚きと困惑を覚えました。日本経済の空洞化は薄々知っていましたが、そこまで追い込まれる、個人の力では何をすればなどと考えさせられました(ポンタ弟さん)

 まず、「超長期」という時間のスパンに関するご質問ですが、私としては、まず長期が10年、それを超える期間が超長期ということになりますが、より具体的に言えば、20年〜30年のスパンを「超長期」と考えていただきたいと思います。つまり、現在、現役でいらっしゃる個人投資家の方々が、引退する時期までの期間を想定しております。ちなみに、短期は1年以内、中期は5~10年と考えていただければ良いと思います。

 次に、1ドル200円の超長期見通しの蓋然性についてですが、中短期的には、日米の金融政策の動向(目先の米国の利下げ、日本の利上げシナリオ)により、長短金利差が縮小し、これまでの円安局面の調整が起こる可能性があります。しかし景気サイクルに伴う金利サイクルは通常3〜4年でピーク・ボトムを繰り返すので、次回、FRBが利上げサイクルに入った際には、再び円安となる蓋然性が高いと考えております。また金利差以外の円安要因として列挙したファクターについては、今後も反転する可能性は低いと考えておりますので、構造的な円安圧力が存在していることは間違いないと思います。  

 ご参考までに、中短期のドル円レートの下値の目処として、2023年安値140.25、2022年安値127.49が考えられます。(ドル円レート月次チャート参照)

(出所:Stockcharts)

執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。世界銀行では投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。

(参考)1ドル=200円超!日本は趨勢的な円安の時代に突入!?世界銀行の元ポートフォリオマネージャーによるドル円為替レートの超長期展望

※本レポートの内容の完全性、正確性、有用性等に関して一切保証するものではありません。投資によって発生する損益は、すべて投資家の皆様に帰属します。投資に関する最終決定は、ご自身の責任においてご判断ください。当該情報に基づいて被ったいかなる損害についても、情報提供者及び当社は一切の責任を負うことはありませんので、ご了承ください。

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▼kazuさん(マクロ経済分析レポートを☆(1~5)で評価すると?: 5☆)
福井先生のマクロ経済分析レポートは、毎回拝読させて頂くのを楽しみにしております。2年後に還暦、7年後には退職となる私は、この歳になって初めて(株式)投資を始めました。

この1年は、投資塾や様々な著書、メディアを物色して投資スキルの向上を目指してきましたが、その中で出会ったエルダー博士のTHE NEW TRADING for ALIVINGは私のバイブルとなっております。

外国映画によくありがちな、和訳者の知識不足による誤った字幕に残念な思いをさせられることが多々ある中、福井先生の訳のおかげでエルダー博士の名著を100%昇華させる形で、我々日本人に伝えられているのだと大変感謝しております。

そんな福井先生のマクロ経済分析レポート。世界銀行に勤務されていた経験を持つ福井先生の世界トップレベルの経験と知識に触れられる事に、私の稚拙な言葉では言い表せない程の幸せを感じております。

今回の「賢明な投資家として目指すべき正しい目標は長期的な資産形成であるべきです。」も、自分ではわかってはいるつもりでも、目先10年程度で大きく資産を増やしたいと始めた株式投資で、ついつい勝負に出ようとする自分を落ち着かせるのに役立ちます。

福井先生のお言葉だからこそ、誤った自分の行動を抑止できるパワーを持っているのです。これからも、我々個人投資家のスキルアップと正しい投資行動に繋がるレポートをお届けください。

そして「THE NEW TRADING for ALIVING」や「福井先生のマクロ経済分析レポート」を提供してくれているFPOにも感謝です。

(ご要望があれば、お聞かせください:)
福井先生のマクロ経済分析レポートを、どこかのタイミング(区切)で再編集して本として出版してほしいですね。エルダー博士の著書に続き2冊目のバイブルにします。

▼福井強の「マクロ経済分析レポート」バックナンバー

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