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投機バブルについて(福井強のマクロ経済分析レポート vol.5)

 株式や不動産といった資産市場で投機バブルが発生することは、読者の皆さんもよくご存知だと思います。現在、弾けつつある資産バブルの例として、中国の不動産バブルがよく知られていますが、それ以前では、日本の80年代後半の株式・不動産バブルや1990年代後半の米国のITバブル、さらに世界経済を大不況に陥れた2007-2008年の米国のサブプライム不動産バブルの破裂などが記憶に新しい事例です。

 現在、米国のハイテク株についても、バブルなのではないかという見方が出てきています。その判別のために、株価収益率(PER)や株価純資産倍率(PBR)などを用いて株価がどれくらい割高かどうかを計測したりしますが、株価がバブルの状態であると判断されたとしても、バブルが弾ける正確なタイミングは誰にもわからないので、実際に弾けた後になってからバブルであったと確認されることになります。

 したがって保有する資産の市場がバブルの状態である可能性が高いと判断された場合、上値を諦めて今のうちにポジションを手仕舞うか、部分的に利食いすることによってポジションサイズを縮小することが理に適っています。バブル破裂によって、それまで蓄積してきた利益を一瞬で吹き飛ばしてしまう事例をよく聞きますが、投資家は長期的な生存と繁栄を第一目的として、相場のボラティリティーが増加していく局面では、利食いを行いリスクに晒されるポジションを許容できる理に適った水準に減らすことが肝要です。

 資産市場に投機バブルが発生すると、価格が急騰して上昇トレンドを描き、相場のボラティリティーが増加します。その過程で保有する資産のポジションサイズを縮小することをボラティリティー・コントロールと言います。機関投資家の場合、バリュー・アット・リスク(VaR)という複雑な統計的手法を用いてボラティリティー・コントロールを行なうのが一般的ですが、個人投資家でも簡単にできる次のようなボラティリティー・コントロールの手法があります: まず毎日のいわゆる「真の値幅(TR: True Range)」*を計測し、これを一定期間で(たとえば20営業日)移動平均した「真の値幅の平均(Average TR)」で当該ポジションに配分したリスク金額(許容損失額)を割り算して得られた数量が現時点の適正なポジションサイズになります。(*「真の値幅」については、『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)のp.196を参照してください)。

 なお、「真の値幅の平均」によるシステマティックなポジションサイズの縮小を行なわなくても、おおまかに相場のボラティリティーが上昇してきたと判断したら、ひとまず部分的に利食いを入れることで対応することが可能です。たとえば、私が使っている目視による相場過熱の判断方法は、チャートにトレンドラインを引くという極めて単純なやり方です。相場がチャート上のローソク足に沿って描かれた1本目のトレンドラインから乖離して加速したら、2本目のトレンドラインを新たに加速した地点から引き、さらに再度加速して3本目のトレンドラインが引けたら、半分のポジションを利食いし、同時にストップロス・オーダーの位置をきつめに置き直します(たとえば、現在のトレンドラインのすぐ下の位置)。30年あまり金融市場を観察してきましたが、相場が過熱して3本目の鋭角的なトレンドラインが引けると、上昇トレンドの終焉が迫っているケースが多いと理解しています。

 例として次に示すチャートでは最近のアップル(AAPL)の上昇トレンドが3段階で加速している様子が描かれています。トレンドラインの引き方は多分に主観的で正確さに欠くという批判がありますが、相場上昇の動きが加速するその都度、トレンドラインを引き直していくことで相場の動きが加速していることを視覚的に確認できるという意味で、これは確かな方法だと思います。

(出所:Stockcharts.com)

 ところで、8月5日(月曜日)の株価大暴落については、すでに株や為替のポジション・データの分析が大手金融メディアやマーケット・アナリストによって発表されてきております。相場暴落の直接の引き金になったのは、7月31日(水曜日)の日銀による想定外の利上げで、これによって広範囲にわたって円キャリー・トレードの解消が行われたことが主因であったようです。また8月2日(金曜日)発表の米国雇用統計が予想以上の弱さを示したことで、日米金利差の急速な縮小の懸念が台頭してきたことが円キャリー・トレードの急激かつ大規模な解消の副次的要因になったと指摘されています。いずれにせよ、過大なポジションを抱えて、不安な週末を過ごした投資家によるパニック売りが週明けの東京株式市場に殺到し、これに信用取引の強制売り決済、プログラム・トレーディングの売り注文などが加わった結果であると見られています。

 長期的なサバイバルと繁栄を目指す賢明な個人投資家は、今回のようなパニック売りや過度なレバレッジが災いした強制的なポジション解消による大損に見舞われないようにするために、ポジションサイズの管理には十二分の配慮が必須であると言えるでしょう。

執筆:福井 強(ふくい つよし)
個人トレーダー(フランス・パリ在住)。1984年慶応義塾大学経済学部卒業。1990年コロンビア大学ビジネススクールにてMBAを取得。明治安田生命(旧明治生命)、JICA(旧OECF)を経て、1993年より2020年まで世界銀行勤務。世界銀行では投資管理局グローバル債券デスク・ヘッド、G7債券ポートフォリオ・マネージャーとして金利およびクレジット・ポートフォリオ戦略の立案、実施に従事した。米国証券アナリスト(CFA)。訳書に『ザ・トレーディング』(アレキサンダー・エルダー著/FPO)とその旧版にあたる『投資苑』(パンローリング)がある。

※本レポートの内容の完全性、正確性、有用性等に関して一切保証するものではありません。投資によって発生する損益は、すべて投資家の皆様に帰属します。投資に関する最終決定は、ご自身の責任においてご判断ください。当該情報に基づいて被ったいかなる損害についても、情報提供者及び当社は一切の責任を負うことはありませんので、ご了承ください。

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