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耳かきの星にうまれて

 この世界には、2種類の人間が存在する。耳かきをされるのが好きな人と、耳かきをするのが好きな人だ。(え?どっちも興味ない?え、なんて?)
 そして、私は圧倒的に後者だ。


 振り返れば、我が耳かき(するの)好きは、自ら耳かき棒を持つことを許された、小学校入学時から始まった。もともと、親のガサツな耳掃除が痛くて怖かった私は、耳かき棒そのものにも敵対心を抱いていた。
 しかし、自分で丁寧に耳かきをし、取れた耳垢をティッシュに集めた時の衝撃たるや。いまでも鮮明に覚えている爽快感だ。このとき、自分の前世は耳かき棒だったことを確信した。まさに運命の出逢いである。


 さらに遡ると、耳かき好きの片鱗は、幼少期から既に垣間見えていた。芋掘りが異常にすきだったのだ。幸い、幼稚園では年に2回も芋掘りイベントがあった。土をかき分け、蔓を引っぱり、芋を掘る。大小さまざまな薩摩芋を太陽のもとへ並べては、恍惚と眺めたものだ。それでも年2回などでは欲求不満になり、その畑ではプライベート(子どもは幼稚園に行くことが仕事、それ以外が私事)で何度か芋を掘らせてもらった。
 芋だけに飽き足らず、その後生涯の好物となるレンコンも堀りに行かせてくれと、親に拝み倒したこともある。(結局、ドロ沼だとか言って連れてってもらえなかったのだが。)
 あるいは、溝に詰まった消しゴムのカスをほじる行為にも精を出した。鉛筆削りの削りカスを取り除くのも好きだった。ときには、爪の垢を掘り起こす作業に熱中した。おへそのゴマも、もちろん掻き出した。こんなことを言ったらお嫁に行けないが、あくまで慎重にではあるものの、鼻クソも積極的にほじるタイプであった。

 取り出すことに熱中する星に生まれた私は、まもなく自他の境界線を越え、その欲求を満たそうと試みることとなる。
 行く末には、猫の目ヤニ取り、犬の鼻クソ取り、父のつくるお菓子の生地を洗う前のボウルから舐め尽くすなどが待っていたが、いずれにせよ、その最たるものは耳かきであった。
 もっと身近な獲物は、2つ年上の姉であった。汗っかきの姉の耳垢は、意外にもかさかさタイプであった。姉は通常より耳カスが溜まりやすい傾向にあったが、それでもある程度の収穫を求め、痒くなるまで我慢してもらった。 3〜4週間に一度、姉の耳をかくことが、本当に楽しみだった。毎回の耳垢獲れ高報告は、私を満足させ、姉を興奮させ、親を呆れさせていた。


 中学にあがったころ、またしても、耳かき棒以来、運命の出逢いを果たすことになる。かの伝説の絵本、『耳かきの好きな王様』だ。くわしい物語はぜひ読んでみてほしいのだが、要は、王さまが城中・国中の人間の耳かきを独り占めする話である。

 多感な時期を迎えつつあった私は、そこにユートピアを見た。一度でいいから王さまのように耳かき放題を経験したいと願う、黒髪の乙女となった。そしてその夢は、未だ叶わぬままにある。もう乙女ではないが。

 現在、耳をかかせてくれる人物は、自分や身内を含め、5人しかいない。人望がないのである。耳垢の溜まっていない耳ほど切ないものはないから、やはり1ヶ月はあけたい。となると、都合月5回。筋金入りの耳かき好きとしては、あまりにも欲求不満だ。
 こうして私は今、耳をかき足らず、非常に悶々とした日々を送らされている。その気持ちを解消するためにもこの文章を書き始めたのだが、自らの耳かき人生を振り返ったお陰で、余計に耳かき欲が高まってしまったではないか。
 次回は、「耳かきという性癖」と題し、耳かき好きならではの言動を綴ってみたいと思う。




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耳かき狐のミミだよ。アートに生きてロックに死にたいっ

コメント1件

共感で頷きすぎて首がもげそうです。
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