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Biblis en folie ランチキとしょかん

フランスでは、来る9月、つまり2024年9月28日と29日の2日間が、第1回目の全国図書館デーに指定されました。名付けて乱痴気図書館(Biblis en folie)。フランス中の図書館が、これらの日に合わせて一斉に、お祭り的な無料の催し(événement festif et gratuit)を実施するのです。とはいえ、すべての図書館が参加するというわけでもないらしく、また、具体的に何をするのかについても、それぞれの図書館に委ねられています。例えば、ニューカレドニアレユニオンなど、フランス本土以外の地域も参加しています。公共図書館が中心のようですが、一部の大学図書館だって参加しています。どの図書館でどんな催しがあるのかは、このサイトから調べられます。

それらの内、ノワイヤル=シャティオン=シュル=セッシュ(Noyal-Châtillon-sur-Seiche)の図書館・スルス(Source)では、お昼のお休み音楽(Sieste musicale)という催しが開催されることになっています。

図書館・スルス。右下は図書館の前で臨時に設けられた屋台

ここでいくつか補足説明しておきます。まず、スルスは日本語で言えば情報源。ノワイヤル=シャティオン=シュル=セッシュは、コミューン(commune)の名前です。第5共和国憲法第72条に規定されているように、フランスの地方公共団体(collectivité territoriale)は、基本的には、コミューン、県(département)、地域圏(région)の3種類です[1]。その内、コミューンは、行政区画の最小単位、日本でいう市町村にあたります。ノワイヤル=シャティオン=シュル=セッシュは、ブルターニュ(Bretagne)地域圏の中の、イル=エ=ヴィレーヌ(Ille-et-Vilaine)県にあるコミューンです。フランス国立統計経済研究所(Institut national de la statistique et des études économiques: Insee)が公開している数値によれば、2021年の人口は、合計7,713人なのだそうです。

図書館・スルスで開催されたブルターニュ音楽のミニコンサート

実は私、ほんの半年強ですが、ノワイヤル=シャティオン=シュル=セッシュに住んでいたことがありました。町の公共図書館・スルスは、間借りしていたお宅から、歩いて10分もかからないところにありました。私が住んでいた頃の人口は、まだぎりぎり7,000人に達していなかったように思います。いずれにせよ、人口1万人にも満たない町に、こんなに立派な図書館があるのかと、ちょっと驚いたり、すごく羨ましいと思ったり。居心地が良くて、ちょくちょく通っておりました。

 話を、この9月にフランスで初めて設けられる全国図書館デーに戻します。フランス文化省が、この催しのために設けているウェブ頁を開いてみると、まず目に飛び込んでくるのが、なんとも素敵なイラストです。このイラストは、今回の催しのために作成されたポスターの一部です。本を読んだりくつろいだり、みんなが、図書館でそれぞれ思い思いに楽しんでいる様子が描かれているのです。図書館が好きな人なら誰だってわくわくすること請け合いです。フランス文化省が7月8日付の報道発表で紹介しているところによると、挿絵画家のロイック・フロワサール(Loïc Froissart)氏によるものなのだそうです。

ちなみに、フロワサール氏についてですが、書肆喫茶moriさんがnoteで紹介なさっているのを見つけました。小学校での日常を描いた『Aujourd'hui』(今日)という作品で、2023年のイタリアのボローニャ・ラガッツィ賞(BolognaRagazzi Award)コミック部門の、YOUNG ADULT(13歳以上)部門優秀賞に選ばれた方なのだそうです。

ともあれ、上記ウェブ頁、つまり、フランス文化省がこの催しのために設けているウェブ頁に記載されているところによれば、いまやフランスには、図書館やそれに相当する施設[2]が合計約15.500箇所設けられており、97%の人は図書館から10分以内の場所に住んでいるということです。ただし、文芸雑誌「アクチュアリテ(ActuaLitté)」のサイトで、2024年7月11日付の記事[3]として報じられているところによれば、ここでいう「10分以内」とは、徒歩ではなく車で10分以内ということなのだそうです。この記事では、残る3%、つまり数にして「220万人が、車で20分以内で図書館に行けない」状況におかれている問題を指摘しています。「格差は未だに存在している」ことを見逃してなならないというわけです。

それでも、フランスの人口は約6,800万人ですので、フランスには、4387人に1館の割合で図書館が設置されていることになる計算です。一方、日本の人口は約1億2,400万人で、日本には、公共図書館が約3,310館設置されていますので、日本の場合、3万7462人に1館(!!)です。日本の町村では、2023年現在でも図書館設置率が6割以下、村だけだと3割となっています[4]。図書館が設置されている市町村でも、10分以内に図書館に行けない人は、まだ数えきれないほど存在しています。

こうした状況であるにも関わらず、最近の日本では、公共図書館の縮小再編計画が相次いで公表されています。その多くが、2014年4月に総務大臣通知という形で要請された公共施設等総合管理計画[5]に基づくものとなっています。図書館を外部に委ねる傾向も止まるところを知りません。知識や文化や情報は、公が保証するものではなく、個人がそれぞれ身の丈に合わせてそれぞれ私的に自助努力で入手せよと言わんばかりの状況なのです。

日本と同様にフランスでも、同国の図書館が諸外国、とりわけアングロサクソン諸国に比べて〈遅れている〉と言われ続けてきました。フランスの図書館も、アングロサクソン諸国、中でもアメリカの実践をしばしば模範としてきました。この状況は、時に、「アングロサクソンかぶれ」であると皮肉られるほどでした[6]。ところが、日本と対照的に、今やフランスの図書館は、少なくとも館数という点に関しては、並外れて充実した状況を対外的に誇れるまでになっています。

 どこでどう道が別れてしまったのか。「蟻のままに語る」では、それについても、書いていきたいと思います。

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[1] こまかいことを言えば、その他にも、憲法第74条に規定される海外公共団体(collectivité d'outre-mer: COM)や、独自に規定されるものもあります。

[2] フランスにおいて、図書館(bibliothèque)という用語は、職員数や資料購入予算など、定められた基準を満たしているものだけに使われることがあります。つまり、図書館に「相当する施設」とは、この基準を満たしていない施設のことを指しています。

[3] Antoine Oury, « “Biblis en folie”, des journées nationales des bibliothèques », ActuaLitté. le 11 juill. 2024.

[4] 日本図書館協会図書館調査事業委員会日本の図書館調査委員会編『日本の図書館:統計と名簿2023』日本図書館協会, 2024, 521p., p.28.

[5] 総務大臣「公共施設等の総合的かつ計画的な管理の推進について」(総財務第74号)2014.4.22; 総務省「公共施設等総合管理計画の策定にあたっての指針」(総財務第75号別添)2014.4.22

[6]  Noë Richter,  La Lecture & ses institutions: la lecture publique 1919-1989. Plein Chant, 1989, 237p.


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