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案山子

 日曜の昼下がりにポーチで安楽椅子に腰掛けてクロスワードパズルに没頭するなんざ、最高の贅沢だと思わないか。それをあの案山子の野郎が邪魔しやがって。おい! なんて、遠くからでけぇ声で呼びかけてね。
 ボヤくわけさ、昼も夜も馬鹿みたいに突っ立って、カラスどもだって俺のこと、止まり木かなにかと思っていやがる、俺は断然今日限りヤメだと言ってね。
 とうとう座り込みやがって、そうなると今時分麦の穂は腰の高さを優に越えてるから、こちらからは野郎は完全に見えなくなる。ただ野郎の行くところ麦が倒れるんで居場所の見当はつくんだけど、なにせイタチみたいにすばしこい奴で、そう縦横無尽に走り回られたんじゃ、収穫前の麦がたまったもんじゃない。俺は言ってやった。
「いいかげん、わがままはよせよ。休みたいなら、先にそう言やぁいいんだ」
「休みたい」
「しかし今は収穫前の大事な時期だから、休まれちゃ困る」
「ほらきた、ニンゲンサマはいつだって甘言弄しては万物をたぶらかす」
「そうじゃない、収穫が終われば、長期休暇をやってもいい」
「いや、俺は、今休みたいんだよ」
 そう言ってあの野郎、畑じゅうを荒らし回って、しまいには、殺してやる! 殺してやる! って悪罵するものだから、こちとら頭にきてライフルを取りに母屋に戻ったね。挨拶がわりに二、三発ぶちかましたら、まぁ出るわ出るわ、カラスだのスズメだの群れが畑の方々から黒雲のように湧いて出てきて、野郎がこれまでいかに手抜かりやがったかまざまざと知らされたもんで、俺はいよいよ自制が効かなくなった。殺す、と呟きながら、かさとも気配があればぶっ放して回ったわけさ。野郎、さすがに腰を抜かしたみたいで、へたり込んでいるところを俺はライフルかまえた格好で正面から躍り出た。みっともないったらありゃしない、野郎はここへきて命乞いさ、それでも俺は躊躇なく引き金を引いたね。野郎の胸のど真ん中にぽっかり風穴が開いてさ、穴の縁がちろちろと燃えてるなんざぁ、傑作だったな。ところが野郎、そんなんじゃ息の根は止まらないんだね、で、今度は居直りだよ、煮るなり焼くなり好きにしろ、俺は金輪際、テメェのためになんか働かねぇときた。
「なにをたくらんでる。休みたいなんてのは口実だろう」
「そうこなくっちゃ。さすがは俺の造り主サマさね」
「目的は、なんだ」
「ほしいものがあるのさ」
「なにがほしい」
「おやおやアンタ、俺の造り主サマだろ? 俺がなにがほしいかなんて、考えるまでもないことだと思うんだがね」


「……野郎にはさんざん手こずらされたが、ほしいものはようやく手に入れたというわけで、俺はアンタとこうしてポーチで安楽椅子に腰掛けながらおしゃべりしてるってわけだよ。アンタの言う通り、案山子は昨日も今日も変わらず勤勉に働いてくれている、ほら、ちゃんとこっちを向いてカラスどもににらみを利かしているじゃねぇか。気味が悪いったって、なぁに、野郎もよくよく反省しているからなんの心配もいらねぇよ。なに、気味が悪いのは案山子じゃなくて、この俺だって? アンタもわからないこと言うね」
 それでアタイ、目の前のとうちゃんの腕を反射的につかんだんだよ。そしたらなんの抵抗もなくて、腕をグシャッと握りつぶす感じになってね。そうさね、藁の感触さ。とうちゃんと目が合って、これがニターって笑ってんのさ。思わず悲鳴をあげて麦畑のほうへ走り出した。とうちゃん、もといそいつもすぐに追いかけてきて、これがすばしっこいやつでさ、あっという間に回り込まれちまった。そしたらまたニターって笑うのさ。そんな顔、とうちゃんはついぞしたことがなかったよ。で、つかつかと近づいて、こっちの胸ぐらつかんで右腕を天高く振りかぶった。拳と太陽がちょうど重なってね。これで一巻の終わりだと思ったよ。で、顔面を殴られた。ところがさ、これが痛くも痒くもないんだわさ。だって藁なんだもん。とうちゃんの着古した狩猟用の赤のチェックのシャツの袖からさ、ばらばらばらっと藁屑がこぼれ落ちて、肩から先がぷらんとなって。今度は左の拳が飛んできたんだけど、これまたアタイの側頭部を直撃するや袖口から藁が飛び散って、するとそいつ、なんかえらいジタバタし始めて、ジタバタすればするほど藁屑が飛散してどんどん小さくなっていって。でも首から先はとうちゃんなんだ。で、しまいにはごろんと首だけ地面に転がって、いまわの際に、Shit! って吐き捨てて動かなくなっちまった。
 それにしても、あの腕っ節の強いとうちゃんが、案山子なんかにヤられたかと思うとね。麦畑に立ってこっちに顔を向けていた案山子のからだがとうちゃんので、その首がパンプキンヘッドにすげ替えられていたなんて、とても信じられないよ。
 保安官の話じゃ、パンプキンヘッドのギザギザの口に血痕がべったりついていて、それがとうちゃんの血にまちがいなくて、首の切断面にしてもそれの歯型と一致するから、とうちゃんはパンプキンヘッドに首を噛み切られたんじゃないかって。
 そんなこと、信じられるかよ。

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