こだま

東京から大阪へ帰る時の交通手段でいつも悩む。行きは安くあげるためほとんどLCCで成田空港へ向かうが、帰りもそうすればいいもののこれが難しい。大阪へ帰る、それはつまり東京での楽しいこと(ライヴを見たり友達に会ったり)が全て終わってしまい、明日からまた大阪で働かないといけないわけで、身体的にも精神的にもしんどさの絶頂を迎える。東京のど真ん中から成田に向かう気力はまるで起きない。なので帰りは少しお金を出して新幹線に乗ったり羽田から帰ったりすることが多い。夜行バスには乗らない。

先日東京に行った際、時間に余裕があったので帰りはぷらっとこだまを予約していた。こだまに乗るのは久しぶりだった。ドリンクチケットをアルコールに引き換え、おつまみも買い、窓際の、富士山が見える側の席に座る。新大阪までは約4時間、1本空けたらとりあえず思いっきり寝たろと決めていた。

明日からの仕事を憂いながら音楽を聴き、流れていく東京の景色を眺めつつ、あいまにインターネットを見たり、おつまみを食べたり、ちんたらと過ごしていたら新横浜に着いていた。ここで隣の席の人がきた。どしん、と腰かける時のシートの揺れが伝わる。

おつまみはもうちょっとでなくなる。やっと眠くなってきた。

すると、突然、「どこまでですか?」と隣から声がした。リラックスしていたのでビクッとしてしまった。「し、新大阪までです。」思わずイヤホンを外した。

やっと顔を見た。眉が細めで少しチャラい雰囲気の、米国とのハーフかと思うようなはっきりした顔立ちの男の人だった。KAT-TUNにいた田中くんによく似た坊主の、いわゆるイケメン青年。私より若い。

これをきっかけに彼はかなり気さくに話してきた。僕も新大阪までなんですよ、とか、働いてるんですか?とか、僕は◯◯に住んでいて、お姉さんはどのへんに住んでるんですか?とか。ある程度ぼかしながら答えつつ、アルコールが入っているのでいつもよりスムーズに会話が進んでいく。感じのいい人だったのでそんなに嫌な気はしなかったが、新幹線で隣になった人とこんなにも無防備に情報をやりとりするのは世間では普通のことなんだろうか?という疑問が浮かんだ。また、イケメンが自分に話しかけてくることなど滅多になく、まさか何かに勧誘されるのか、と良からぬ想像が脳をよぎった。しかしそんな疑問をかき消すように彼は会話のボールを投げ続けてくる。

なぜか年齢を2度聞かれた。2度とも同じリアクションをされたのでこいつ話聞いてんのか?と心の中で思った。でも「30歳に見えないですね」と言われたのは社交辞令とわかっていても嬉しかった。彼の年齢を聞くとひとつ年上。「お兄さんこそ見えないですね」私には珍しく、人といかにもなコミュニケーションをしている様子が新鮮に感じられた。彼には奥さんと産まれたばかりの子どもがいて、今からふたりの待つ自宅(一戸建て)に帰るらしい。

彼はインスタグラムに載せている家族の写真を見せてくれた。いかにも幸せそうな写真がたくさん。かわいい赤ちゃんの笑顔は赤の他人でもふにゃっとさせる力がある。「かわいいですね。こんな子が待ってたら毎日早よ家帰りたなりますね」またいかにもなコミュニケーション。でも慣れないことを言っているので少し心がしんどくなってきた。キラキラした写真も私には眩しすぎる。実のところ早く寝たかった。気づけば小一時間話しており、掛川あたりまで来ていた。富士山は通り過ぎ、おつまみのチーズ鱈はカピカピ。

彼はとても前向きなことを言っていた。ドラマのルーキーズとか好きそうやな〜、ちょっとこの感じ苦手なんよな〜と思いながら聞いていたら、インスタグラムのアカウントを教えてくれと言われた。こういうキラキラした人とは合わないに決まっており、めちゃくちゃ断りたかったが、話の流れでインスタグラムをやっているとぽろっと言ってしまったため断ることができなかった。断り方もわからなかった。アカウントを交換すると彼は「近所の友だちやお世話になってる料理の先生を自宅に呼んで、たくさん手料理を持ち寄ったパーティーをよくしてるんです。ぜひ来てください。DMでお誘いしますね」と…

え?なにこの急展開?さっきまで亀仙人のとこでクリリンと修行してた悟空がいきなり魔人ブウと戦ってるやん?なんで?え?パーティー???パーティーに行く私なんて、私望んでない。パーティーは何かを成し遂げた者だけがやれ。私の顔見たらパーティー行かへん奴ってわからんか?パーティーて。美容院にも行きたくない私がパーティーて。

いろんなことを素直に受け止めたのが馬鹿だったのか、それとも疑い過ぎているのか。本当だとしたらこいつ頭おかしいし、本当じゃなくてもこいつ頭おかしい。パー↑ティー↓?パー↓ティー↑?目の前はぐるぐるし、パーティーに行きたくないパーティーに行きたくないという気持ちが唸りを上げて襲ってきた。その後どうやって話が終息したか覚えてないが、私は眠った。米原付近で一度目が覚めたが寝てるフリをした。首が痛くなった。酔いは覚めていた。

4時間の旅を経て新大阪にやっと、やっと着いた。自分だけ重だるい空気の中、彼とともに降車。パーティーには行きたくないけど、なかなかないデザインのジャケットを羽織っていたので「ジャケットかっこいいですね」と言うと彼は「知り合いのデザイナーさんが作ってくれたんです!」と。知り合いの…デザイナー…ほう…。そのデザイナーとやらもパーティーに来るんだろうな。新幹線を降りる際もパーティーに行きたくない気持ちで胸がいっぱいだった。彼と別れ、在来線に乗り込む。心身ともにしんどかった。

帰宅し、しばらくするとインスタグラムで彼からDMが来た。

「先ほどはありがとうございました。◯◯◯◯(漢字フルネーム)と申します。お名前なんとお呼びすればいいですか?」

「△△△△(カタカナフルネーム)です。いいように呼んでください」

なんか嫌だったがいちおうフルネームを答えた。よくある名前なので特に差し支えないと思う。

「パーティーなんですがいつ来れますか?◯◯ちゃん(新幹線で話していた奥さんの名前)も会いたがってます!」

うわもうパーティーや…。パーティーに行きたくない気持ちが一気に爆発した。Twitterにこの一連の出来事をざっくりと書いた。こういう時、Twitterのフォロワーさん(みなさんにはとてもお世話になっている)なら何かアドバイスをくれるはずだ。

ほどなくして数名のからリプライが来た。

「それ行っちゃダメですよ」

「食育とか言ってませんでした?」

「最近の手口らしいです。行くと勧誘されます」

食育、とは言ってなかったけど料理の先生って言うてたわ…みんなありがとう…

返事をせず1日ほっておいたら

「急でびっくりしましたか?笑 都合いい日教えてください!」

めげない心は勧誘者の証。

やはりそういうことだった。確定ではないが、限りなくクロである。アカウントはブロックした。パーティーには行きたくない。パーティーに行きたくない気持ちそのものを忘れたかった。万が一、彼が純粋に、私にパーティーに来てほしいと思っていたんだとしたら、それはそれで全然行きたくない。ごめん。

とても疲れた。こだまも悪くないが、こだまとはしばらく距離を置きたい。パーティーは行かない。

#チーズ鱈








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