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愛されたかった、永遠に

24歳になろうとしている人間が、いつまでも
「 愛されてみたかった 」 と、子どもみたいに
書いてしまうのは 痛いかもしれないけれど、

わたしは、じぶんが生まれてしまった この世界で
多分 ずっと、お母さんや お父さんに
愛されてみたかった、大事にされてみたかった
「 ここに、生きて居ていいんだよ 」 って
優しくされてみたかった、です  

だけど、

きっと 愛されて育てられていなかったから、
大事に育てられていなかったから、
優しく育てられていなかったから、

愛されて育てられていたら、
大事に育てられていたら、
優しく育てられていたら、 思わないことを
思ってしまう わたし になってしまっていて、

「 生まれてきてくれてありがとう 」 と
じぶんの誕生を祝福された記憶や、
これまでの成長過程で 両親に愛されて育った
記憶がないので、愛されてみたかったな って
気持ちが 消えなくて、今日もこうして
愛とか優しさとかというものについて考えてしまっています

愛ってなんですか、優しさってなんですか
わからないものが多く存在していて、
わたしは生きていて恥ずかしく思う毎日です


「頼れる人を頼ってください」  「人を頼ってください」と言われても、 ひとに助けを求めるな、ひとに迷惑をかけるな と母から そう言われ育ったので、いちばん身近に居る家族に頼ることも出来ず、頼れる人が誰なのかも分からず、わたしが頼っていい人が居るのかも分からず、こうして生きてしまっています

生きていてすみません、と思う毎日だから
わたしは 生きているのがくるしいのかな、


もしも、親というひとたちから 愛されて、
大事にされて、優しくされて育てられていたら
いまのわたしではないのだろうね


それがいいのか わるいのか わからないけれど、
このまえ  久しぶりに会ったお母さんから
抱きしめられたときに 気持ち悪いと思って
しまったわたしが居ました

愛って 愛おしい気持ちだと思っていたけれど、
気持ち悪いものなのかな、愛されたかったと
思っていたのに、抱きしめられることも
嫌とか思ってしまって ごめんね


わたしを産んだひとたちからの 愛情を、
思いやりを、 すなおに 受け取れなくなって
しまった わたしは、 歪んでいるみたいだから
わたしという 歪みを 正したいです

どうしたらいいかな、どうしたら、、、、

人生の 選択肢を 間違えてばかり来たから
どうしたら いいのかも わからない


愛されてみたかった   って   気持ちの分だけ、
ひとのことを 愛してみたらいいのに

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