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これからの「省エネ住宅」を考える

こんにちは。
基盤情報作成委員会の辻󠄀です。
ここでは住宅実務者の方を主な対象として「小さなエネルギーで豊かに暮らせる住まい」の基盤となる情報を中心に投稿していきたいと思います。

第1回目のテーマは「省エネ住宅」です。
昨年政府によって2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目標に定めたことで、社会全体が一気に「脱炭素化」へシフトし始めています。
そうした状況を考慮した上で、改めてこれからの「省エネ住宅」のあり方を考えてみたいと思います。


1.「省エネ住宅」の捉え方

「省エネ住宅」をその言葉の通り素直に捉えると、「エネルギーを省く住宅」ということになります。
ただ実際には、もう少し幅広い意味で捉えられています。
例えば国が一般生活者用に説明する際の資料には、「省エネ住宅=高断熱・高気密&高効率な設備の住宅」と説明しています。
また建築実務者においては「省エネ住宅=高断熱・高気密住宅」という意識が特に強いと感じています。

そうした意識になるのは、住宅の省エネルギーに関する一番身近なものさしである「省エネルギー基準」の内容が関係していると思います。
本来ならば「エネルギー消費量」の基準だけで良いわけですが、その他に「外皮性能」の基準も設けています。
その外皮性能の中でもとりわけ「断熱性能」が「別格扱い」となっていることが、理由の1つだと思われます。

断熱性能を高めると内外の熱の移動が小さくなるので、暖房や冷房のエネルギー消費量が少なくなる方向へ向かいます。
加えて特に「冬の暖かさ」を確保しやすくなるので、室内の快適性を高めるとともに、健康上のメリットも生まれてきます。

こうした「断熱性能」がもたらす省エネ以外の効果(快適・健康)が、他の技術要素に比べて大きいので「別格扱い」をしているのでしょう。

またいくら省エネルギーが目標であったとしても我慢を前提としたものであっては、そもそも住宅として持続可能ではないので、「快適・健康」をセットにして考えることは適切だと言えます。

そのような実態を考慮した上で「省エネ住宅」を丁寧に表現してみると、「快適性と健康性に配慮された室内温熱環境を、できるだけ小さなエネルギーで実現する住宅」という感じでしょうか。

それを最低限の数値で規定したものが「省エネルギー基準」であると言えます。
ただ当たり前のことですが、「小さなエネルギー(省エネルギー)」が第一義です。そこが「省エネ住宅」を普及しようとする根本であることを改めて認識しておく必要があります。

建築実務者の意識が特に高い「断熱性能」は、あくまでも室内の温熱環境を良くする工夫の1つであり、そのすべてではありません。
さらに言えば断熱性能を高めさえすれば十分だと捉えることは間違いで、他の要素次第では結果的に「増エネ住宅」になってしまう可能性もあります。

「省エネ住宅」にとって「快適性と健康性に配慮された室内温熱環境」は前提条件であり、「できるだけ小さなエネルギーで実現する(省エネ)」が目的なのです。
これからの時代、この目的を達成することは、建築実務者が担うべき重要な社会的責任であると言えるでしょう。


2.「省エネ住宅」を構成する要素

では次に「省エネ住宅」を構成する要素について整理したいと思います。
住宅で消費されるエネルギーの用途ごとに、建物と設備機器に分けてまとめてみました。

図表①

こうして表にまとめてみると、断熱性能以外にも様々な要素があることが分かります。
ちなみにこの内容を省エネ基準に当てはめてみると、「建物の工夫」内の「暖房/断熱性能を高める(気密性能は除く)」と、「冷房/日射遮蔽性能を高める」ことしか規定されていません。
また上位のZEH(ネット・ゼロエネルギーハウス)であってもそれは変わりません。

「省エネ住宅」を計画するためには上記のすべての要素を考慮して、「地域、立地、住まい手(ライフスタイル・予算など)」という諸条件も加味しながら、それらの「最適化を図る」ことが重要です。

それが、快適・健康な室内温熱環境を、最小のエネルギーで実現させる「省エネ住宅」の理想的なあり方だと言えるでしょう。
また断熱以外の「建物の工夫」は、さほど大きなコストを掛けずに実現できることにも注目しておきたいところです。

パッシブデザインは「省エネ住宅」のレベルを決める

上記の表内の「建物の工夫」は、「パッシブデザイン」の設計項目に該当します。
ご存知の方も多いと思いますが、パッシブデザインとは、建物のあり方やそのものをしっかりと考え、太陽や風といった自然エネルギーをうまく活用・調節しながら、高い質の室内環境と省エネルギーを同時に目指す設計手法のことです。

このパッシブデザインへの取組み方が、「省エネ住宅」のレベルを決めるポイントとなります。
下にパッシブデザインに取組む意義をまとめてみました。

図表⑥

これから長らく残っていく建物として考えた場合、積極的にパッシブデザインに取組んで、まずは「最良の省エネ住宅」の形を目指すことが大切だと思います。

パッシブデザインを駆使して、そこに高効率の設備機器を組合せながら(デザインしながら)、最小のエネルギーで実現しようとする住宅を「パッシブ・エネルギーデザイン住宅」と呼んでみてはどうでしょうか。

ZEHで十分ではないか?

ここで少しZEHの話しをしてみたいと思います。
発電することでエネルギー収支がゼロ(家電は除く)になるZEHであれば、パッシブデザインなどに取組まなくても事足りるのではないかと思うかもしれません。
たしかに間違いではありませんが、ZEHであれば「すべて問題なし」とはいかない理由をいくつかあげてみます。

・事実上、夏の規定がない
快適・健康な室内温熱環境の実現には、なにも冬だけのことではありません。夏の暑さをどうしのぐかは熱中症の対策においても重要となります。
ポイントは夏のピークとなる室温をできるだけ抑えること。
そのためには断熱性能の向上だけでは無理で、「日射遮蔽性能」がとても重要になります。しかしZEHのそれは省エネ基準同等のレベルであり、十分なものではありません。

・電力ピーク低減への対応
近年、暖房器具としてのエアコンの普及などによる電力需要の増加もあり、今冬、夜間の電力需給がひっ迫するという事態が生じました。
こうした事態を避けるには、太陽光で発電ができない冬の夜間の電力消費量をできるだけ抑えることが有効です。
そのためには、エネルギー効率の良い暖房器具を使用することはもちろん、冬のパッシブ設計項目である「断熱性能」に加えて、「日射取得性能」も高めることが重要になってきます。つまり「合わせ技」で最大の効果を狙うというわけです。
また夏においては「日射遮蔽性能」を高めることで、ピークとなる昼間の電力消費量を抑えることにつながります。

・通年ゼロエルギーへの対応
太陽光による発電量は中間期や夏期が多く、冬期は減ります。かたや電力消費量は一般的に冬期が最も多くなります。
よって中間期や夏期はゼロエネルギーを実現しやすいのですが、冬期では難しくなります。
実際のZEHは中間期や夏期のプラス収支によって、冬期のマイナス分を賄っているというわけです。
理想としては「通年ゼロエネルギー」を目指したいところですので、先の冬のパッシブ設計の「合わせ技」が、必要不可欠となるのです。


3.自社の「省エネ住宅」の目標を決めよう

「省エネ住宅」の目標とは、その目的である「省エネルギー」の目標値を定めるということです。
目標値が定まっていないと、それぞれの工夫においてどの程度頑張らないといけないのかが見えてきません。
また適切な目標値でなければ、そもそも意味のある「省エネ住宅」とは言えないでしょう。

下に「省エネ住宅」のそれぞれの要素の相関をまとめてみます。

図表②

この図にあるように「省エネ住宅」の目標を決めるには、当然のことですが「建物の工夫」と「設備機器」などを含めたすべての要素が関係してきます。

しかし建築実務者の間で行われる目標に対する議論の対象は、先にも述べたように前提条件の1要素に過ぎない「断熱性能(UA値)」に集中しています。確かにそれも重要なことですが(後述しています)、「木を見て森を見ず」といった印象は否めません。

またパッシブデザインに取組んだとしても、暖冷房設備の選択や方式によっては、思ったほどの省エネ効果が生まれないケースもあります。
それも「省エネルギーの目標値」を明確にしていない、または意識が薄いことが原因の1つになっていると思います。
パッシブだけではなく、「省エネ住宅」の本丸であるエネルギーに関しても、ちゃんとデザイン(計画)する必要があるということです。

目標設定のしかた

まずは国が掲げる「省エネルギーの目標値」は、2013年のエネルギー消費量を基準として、そこからの「削減率」であることを認識してください。

では実務上、一番身近な「省エネ基準」をベースにして考えてみます。
具体的にはWEB上の「エネルギー消費性能計算プログラム」で算出した基準値(下表の囲み部分)からの「削減率」を、目標値として設定することになると思います。

図表③

ただこの方法だと建物の内容(特に暖冷房方式の選択)によって基準値が上下するので、目標とした削減率を達成したとしても、2013年比で増エネになってしまうケースが出てくるところに問題があると思います。

国が基準としている2013年比で考えるのであれば、やはりその当時の「平均的な住宅のエネルギー消費量」を具体的に数値化して、そこから「削減率」を目標設定しないと、実務上、追いかけることが難しいと思いますし、何よりも削減効果が実感できません。

1985の目標設定

そこで1985の考え方をお勧めします。
1985では、およそ2010年当時の都市別・世帯人数別の「平均的なエネルギー消費量」を具体的な数値で設定しています(下表:東京の例)

図表④

1985の目標は、上記の「平均的なエネルギー消費量」から半分以下(エネルギー合計・電力とも)にしようという、シンプルなものです。
基準が実数化していることで削減効果が実感でき、目標へ向かうモチベーションも上がると思います。

ただ実際に評価する際、同じ世帯人数の住宅であっても床面積などの建物の諸条件が異なるので、「半分以下」という目標へのハードルの高さに違いが出てきます。
また新築だけが対象ではないので、リフォームの場合は特に難しくなるでしょう。
それらを考慮して、個人的には1件ごとで評価するのではなく、1年間のトータルで考えれば良いと思っています。
つまり1年間に引渡したすべての住宅(新築・リフォーム)のエネルギー消費量の合計が、「半分以下」となるように帳尻を合わせればよいということです。

実際に1985の目標値を達成しようと思えば、新築においては発電も活用してできるだけ「ゼロエネ」を目指し、リフォーム分を補うという感じが妥当だと思います。
ちなみに国が基準としている2013年は、2010年当時のエネルギー消費量よりも少ないのですが、さほど大きな差ではありません(6%程度)。

なお、参考までに現在の国の省エネルギーに対する目標値も掲載しておきます。

図表⑤

家庭部門においては2013年比で「22.4%」の削減率を目標としています。
これは「建物の工夫×設備機器」の削減目標として認識してもらえればよいです。

ただし、この数値は2030年における温室効果ガスの排出削減目標が「26%」である現状の数値です。
先日その目標値を「46%」に引上げると政府が表明したので、それに伴い今年中にも新たな目標値が設定されることになるでしょう。
どんな数値が設定されるのか、注目しておきたいところです。

「前提条件(室内の温熱環境)」を決める

「省エネルギー」と同様に、「前提条件(室内の温熱環境)」についても、その中身(室温・維持する時間帯・対象とする部屋)を明確にしておく必要があります。

「前提条件(室内の温熱環境)を決める + どの程度のエネルギー消費量で実現するかを決める ⇒ パッシブ・エネルギーデザインの中身(建物の工夫・設備機器)が決まる」が本来の流れです。

ただ現状では「室内の温熱環境」に対する国の基準はないので、自らが決めるしかありません。
このテーマに対する議論はされてはいるものの、まだまだ十分な内容であるとは言えません。今後このコラムでも取り上げていきたいと思っているテーマの1つです。

ちなみに、1985の組織内組織である「パッシブデザイン テクニカルフォーラム」から発行している「パッシブデザイン講義」という書籍に、室内温熱環境の目標値の提案が記載されています。興味のある方はぜひ読んで参考にしてください。


4.肝心なのは「暮らしの結果」

最後に、建てた後のことについて触れておきたいと思います。

自社なりの「省エネ住宅」を考え、計画した後は、「暮らしの結果」をちゃんと確認する必要があります。温熱環境であれば「室温の実測」であり、エネルギーであれば「実際の消費量」のことです。

省エネ住宅の中身そのもの(前提条件・目的)であるこれらは、数値で結果が出ます。ゆえに計画の適正さを明確に評価できることになるので、それは建築実務者にとってとても貴重な機会だと思います。
なぜなら、結果を分析することで得られる情報は、次の計画へフィードバックできるとともに、自らの技術力向上の基盤となるからです。

ちなみに1985では、「1985アクションナビ」というポータルサイトを運営しています。簡単な入力でだれでも自宅のエネルギー消費量の現状が把握できるので、結果分析などに活用してください(1985アクションナビ)。

またこうした「暮らしの結果」を見ていると、住まい手の「暮らし方」による影響が案外大きいことが分かるようになります。
住まい手へ適切な暮らし方をアドバイスすることも、建築実務者の今後の大きな役割ではないでしょうか。

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