御前と呼ばれたウマ娘/有馬記念まであと1275日

「なるほどな......」

シンボリルドルフはそう言って、紅茶を一口飲み下した。

「ずいぶんと懐かしい話だな。高知との交流イベントがあったのは覚えているが、それは私が生徒会に関わる前の話だ」
「そうなんですか?」
ルドルフはまるで遠くを見るかのように視線を宙へ投げた。
「ああ、テイオーがデビューして間もない頃といえば、そういう事になる。私は既にデビューは済ませていたが、がむしゃらに走るだけの、ただそれだけのウマ娘だった」

そう言われて、私は記憶を巡らせたが、今一つピンと来なかった。
ルドルフの持つ生徒会長というイメージは、あまりにも強い。当たり前の事には違いないのだが、ルドルフが元々は一般生徒であった事など、想像することさえ出来なくなっていた。

「その頃の会長といえば、あの方さ」

ルドルフはそう言いながら、部屋の壁面に飾られた歴代生徒会長の肖像画、その一枚を指差した。指された額縁の中では、美しい栗毛の、雅な和装に身を包んだウマ娘の姿があった。

「私から数えて前の前。ビゼンニシキ先輩だ。私達生徒からは、『御前』と呼ばれていたな」

ビゼンニシキ──その名前には覚えがある。既に私は現役を終え、トレーナーに転身しようとしていた頃、大きく話題を攫ったウマ娘だ。

「......」

私は思わず、ルドルフの顔を見た。ルドルフは紅茶のカップを指先で摘んだまま、テーブルの中央に視線を下げていた。私には、ルドルフがそうする理由がわかっていた。それだけに、ルドルフの暗い表情には心が傷んだ。

ビゼンニシキとは、当時、頭角を表し始めたシンボリルドルフの最大のライバルとして知られたウマ娘である。レースでの出会いを迎えるまでは互いに無敗。その後幾度もルドルフとゲートを並べ、執拗にルドルフを狙い打とうとする姿は、時にハンターと呼ばれる程であった。
その時、本当にルドルフに勝っていれば、ビゼンニシキの二つ名もその通りになったのだろうが、事実は違う。ルドルフはその圧倒的な才能と技術で、ビゼンニシキどころか、他の追随を一切許さず、その後七冠という栄光を勝ち取ったのだった。

「──もう一度、話がしたかった」

何故、ビゼンニシキがルドルフの背中を追ったのかには、事情がある。担当トレーナーの転向だ。
ビゼンニシキのトレーナーが、当時のルドルフの才能に目を付け、ビゼンニシキを振り切る形でルドルフのトレーナーとして再着任したのである。当然、その出来事はビゼンニシキとルドルフとの間に深い遺恨を残した。その後すぐさまトレーナーを迎え入れ、新規にチームを結成すると、『打倒ルドルフ』を旗印に、ビゼンニシキ陣営は奮起した。
だが、迎えた弥生賞で敗退。その後に皐月賞がリベンジの場所となるのだが、そこである事件が起こる。
レースの進行中にルドルフによる強い接触があり、にも関わらずそのレース結果は、着順通りにルドルフの勝利と認められたのだ。
無論、アクシデントではある。後々の考察においても、「あの接触が無くてもルドルフの勝ちは変わらなかっただろう」という見識で評論家は口を揃えているのだが、当時のビゼンニシキ陣営は猛烈に講義した。だがその事に対して一切の配慮、再考察が運営側からされる事はなく、ファンの間ではさまざまな声が飛び交ったのを覚えている。結果的に、二人の間の溝は更に深まった。

ビゼンニシキのその後のストーリーは、実に短いものとなる。

後に二人はダービーを迎え、三度の再戦となる。が、これにビゼンニシキは惨敗。すると、ビゼンニシキはルドルフ側の計画しているクラシック中〜長距離路線を断念し、短距離へと転向。しかしそれが災いし、参加したレース中に故障を発生。そのまま再びターフに戻る事はなく、ビゼンニシキはひっそりと姿を消したのだった。

「私を生徒会に招き入れてくれたのも、御前なんだ。だけど、彼女がその後すぐに学園を去るつもりだとは、当時の私には想像もしてなかった。当時の役員が入れ替わりで次の会長に就任すると、御前が私の前に姿を表す事は、2度となかった」

カップを摘んだまま、ルドルフの指先が宙を彷徨う。

「出会いというものは、わからないものだよ。君もそう思わないか?ルビー君」

私が仔細まで当時の様子を理解していると見たのか、ルドルフはそれ以上語る事はなかった。やがてルドルフは少し悲しげな苦笑を見せ、ようやくカップを皿に戻した。私は何も言えず、ただ自分のティーカップを見つめていた。

人もウマ娘も、その出会いを『縁』というもので結ばれているとするならば、これほど当事者同士を苦しめた縁というのも、なんとも罪深いものである。ただ何事もなく巡り合うことさえ出来てさえいれば、互いにその存在を高め合い、よきライバル、よき友人となっていたに違いない。時に『宿命』だの『ドラマ』だのとロマンチックに人は言うが、そんなものさえ介在しなければ、そこにはまた違った物語があったに違いない。そしてそれを、ルドルフは望んでいたのだろう。


それにしても──


「君たちはなんだってそんなに仲がいいんだ?」

私とルドルフは首を伸ばし、窓際のテーブルを挟んで座る、アキツテイオーとウララの姿を見た。
私たちが話し込んでいる間中、ウララとアキツテイオーは、わいわい、きゃっきゃと、終始楽しげに笑い合っていた。

「さっきから何見て笑ってるの?」
「変顔アプリだよ?」
ウララがそう言った隣で、スマホを見ていたテイオーが膝を叩いて爆笑した。よほどの傑作が出来たのだろう。
私はため息をついた。私を畏怖させたイメージは何処へやら、今のアキツテイオーの姿はまるでウララと同じ中等部の生徒のようだった。

笑いが収まると、ようやく話しかけられた事を思い出したのか、しかしウララとスマホから目を離さないまま、テイオーは言った。
「何でって、さっき話したじゃないか。高知競馬場のイベントで──」
そこをすかさず、ルドルフが割り込む。
「いや、確かにそれはそう聞いたさ。けど、それにしても仲がいいって話だよ。君たちはそのイベントで会って、それで別れたんだろう?」
するとウララが、ルドルフにクッキーを一枚差し出し、更には自分も口を動かしながら、言った。「あのね、そのイベントは次の日にも、その次の日にもあったんだよ?」
「そうなのか?」
そのクッキーを受け取りつつルドルフが聞き返すと、今度はテイオーが頷いた。
「あのイベントは、とある連休中の三日間を通して開催されたんだ。アンタは行かなかったから、知らなかったんだろう」
テイオーの元へと戻ったウララは、椅子に座る代わりに、テイオーの膝の上にちょこんと腰を乗せた。
「わたしね、その三日間ずーっと、テイオーさんと遊んでもらってたの!」
「ああ、コイツのおかげであの後エラい事になったんだ」
テイオーはウララの髪をくしゃくしゃと撫で、同時に苦笑いを浮かべた。
「コイツを背負って走った事が、ずいぶんとウケたらしくてな。二日目の質問コーナーはふれあいコーナーになってた。三日目になると、『おんぶで走ろう!中央ウマ娘、紅白対抗2200mリレー』なんていう企画に変わっちゃってな。いやあ、あの時は先輩方にずいぶん恨まれたもんだよ。はっはっは」
当時の光景を思い出したのだろう。テイオーが天を仰ぐようにして豪快に笑うと、ウララがそれを真似て笑い、またそれを見て、テイオーはますます笑った。執務室に入ってからというもの、二人は終始この調子なので、こっちはたまらない。先程までの話にしてもそうだ。何度も脱線を繰り返し、諦めと妥協を織り交ぜて、ようやく8割、聞き取ったようなものである。

紅茶とクッキーでこの調子なのだから、ビールと枝豆でも預けたら、一体どうなるんだろう?

一瞬、そんな事を思いかけたが、私は直後、頭の中に浮かんできた映像を慌てて打ち消した。こんな有様の2人が、この調子のままで勢いだけが150%、200%と増していくのだとしたなら、いっそのこと酒乱の方がマシである。

「そうか......そんなに大きなイベントだったとはな。確かにそこは覚えていなかったよ。誰の発案だったんだろう」

そんな私の頭の中までをも見通す事は出来なかったのか、ルドルフは落ち着き払った様子でそう言いながら、首を捻った。
それを見たテイオーが即座に言う。

「御前だよ」
「えっ?」

テイオーはウララを膝から下ろすと、ルドルフの隣の席へと移動した。
「アレは御前の企画だぜ。あのイベントの全体を仕切ってたのは、御前だったんだ。もちろん現地にだって行ったさ」
驚いた表情のルドルフに、テイオーは続けた。
「今、御前の話をしていなかったか?それで思い出したんだ。懐かしいよな」
「......」
テイオーの言葉は明るいが、ルドルフは表情を崩さず、口元も固くしたまま、笑うテイオーを見ていた。

「テイオー、貴女は御前について、何か知ってる事はあるのかしら?例えば、今どこにいて、どうしてるとか」

ルドルフが喋ってくれないと間がもちそうにない。そう思った私は、咄嗟に思いついた質問をテイオーに振ってみた。テイオーはウララにスマホを返すと、言った。
「それはわからない。だけど、御前とアタシの付き合いは、御前が学園を出た後もしばらく続いたんだ」
すると、ルドルフが身を乗り出した。
「それは、本当か?」
「ああ。1年くらいかな」
「それはどれくらい......何年前だ?」
「えーと......最後に年賀状が届いたのは2年前だから、まあ、それよりも前だな」
そうか、とルドルフは呟いて、御前の肖像画を見上げた。
「アレ勝負服だろ。綺麗だよな」
テイオーもまたそれを見上げ、懐かしむように言った。
「手紙のやり取りだったから、アタシたちは会う事はなかったが、お互いに近況報告したり、さ。それくらいの事は書いてたよ」
「たとえば、それはどんな話?」
私の質問に、テイオーはすらすらと答えた。
「いろいろ話したよ。アイツはどうしてる、だとか。またアイツと話がしたい。アイツと走りたかった──ははっ。今考えると、全部アンタのことばかりだな。ずいぶんと惚れられたもんだよ。なあ、ルドルフ?」
「......」
ルドルフは口を結んだままだ。再び私は繋ぎ役に回った。
「その時だと、御前はどこで何を?」
「帯広トレセンに世話になってたはずだな。宛先も帯広トレセンで届いてた。もっとも逆に、世話してた方なのかもしれないけど」
ルドルフは耳をピクリと回し、テイオーに半身にじり寄った。
「お、帯広?しかもトレセンだと?まさか、ばんえいに関わってるのか?」
「まあ、その時はそうなんだろうな」
「何てことだ......全然気づかなかった......」
ルドルフがポツリと呟いた。
各トレセンの役職クラスであれば、ルドルフはその立場上、全て把握しているに違いない。そのルドルフが気づかないという事は、御前は非常勤コーチや一般職等の、より現場に近いポジションにいたのかもしれない。私はそう考えた。
「じゃ、住所はわかるのね?」
ともあれ、住所という手がかりがあるのならば、大きな進展になる。私はそう考えたのだったが、そこでテイオーは顔をしかめた。
「それがさ、最後の年賀状に『今度北海道を離れて引っ越す』って書いてあってさ。それで、それっきりなんだよな」
なんて事だ。私は思わず拳で膝を打った。
「でも、だったら帯広トレセンに問い合わせすれば、今の居所がわかるんじゃないかしら」
しかしテイオーは私の提案に首を捻った。
「それは試したさ。それに、それでわかるなら今でも付き合いは続いてるよ。つまりは、こういう事」
お手上げ、という意味なのだろう。テイオーは高く両手を上げ、『バンザイ』して見せた。ルドルフの表情が再び暗くなる。

私はしつこくテイオーに話しかけて、なんとか会話を繋いだ。成り行きで始まった会話とはいえ、ルドルフが抱えているだろう心残りを、後悔を、少しでも軽くしてあげたかった。出過ぎた真似かもしれないとは思ったが、それでもやってしまう事を止められないのは、やはり後輩可愛さか。私もこれで、歳をとってしまったという事なのだろう。

「ねえ、テイオー?御前ってどんな人?」
「優しい人だよ。後輩思いで、先輩面もしない。なんていうか、お姉さんタイプかな。
生徒会なんて聞くと、体制的で頭の固い連中が居そうな気がするもんだが、この人が会長の席にいる頃は、そんな事を懸念する奴は誰もいなかったよ。この執務室も、何だかサークルの部室みたいな雰囲気でさ。いつも誰かが遊びに来てたくらいだった」
すると、ルドルフが小さな咳払いをして言った。
「なんだか悪口のように聞こえるんだが気のせいかな?」
「気のせい気のせい」
歯を剥き出して笑うテイオーを、ルドルフは睨んでいる。しかしテイオーは気にする様子も見せず、続けた。
「アタシも、ずいぶん面倒見てもらったよ。アタシはデビューしてからその後、全く勝てなくなってしまったんだ。ドツボにハマったってやつさ。ヤケになりかけてた時、それでもクラシック入りを勧めてくれたのが御前なんだ」
「そうだったの?」
するとウララが窓際の席から身を乗り出し、思わず、といった様子で走り寄ってきた。
「テイオーさん、勝てなかったの?」
顔を覗き込むようにしてそう問いかけるウララに、テイオーは頷いた。
「ああ。ウララに会った頃が、丁度そんな感じだったんだよ」
それを聞いたウララは口をまん丸に開けたまま、ポカンとテイオーを見上げている。憧れのテイオーにスランプの時期があった事が、よほど意外だったのだろう。
テイオーはウララから視線を移し、再びビゼンニシキの肖像画を見上げた。
「その後も負けはあったけど、今『マイルの帝王』なんて呼ばれて喜んでいられるのは、御前のおかげなんだよな」
「そんな事があったのね」
私はテイオーに相槌を打ちながらも、ルドルフの方をチラリと見た。先程より少しは表情が和らいでいるようなので、私はほっとした。

「姐御肌なんていうと、グイグイ押し付けてくる印象があるもんだけど、あの人はそんなタイプじゃなかった。あくまで道を決めるのは常にこっち側。だけど、あの人は話を始める前から既に相手の気持ちを全部悟っていて、その上で背中を押してくれているような、そんな優しい話し方をしてくれる人だった」
その言葉に、ルドルフは深く頷いた。
「確かに、それは言えてるな。私にかけてくれる言葉も、回数こそ少なかったが、気遣いに溢れていたものだったよ」
「だろうな。別にアタシたちだけじゃない。誰にでもそうだったよ、あの人は」
「また会いたいな」ルドルフはテイオーの顔を見て言った。「君はどうだ、テイオー?」
「もちろん会って、話したいさ」
「その後は、走る?」
「ああ、当たり前だ」
「そうだな......私も、走りたい」
ルドルフは、膝の上で両手を握り合わせ、それを見つめながら言った。
「何のタイトルもしがらみも関係なく、ただ、ただひたすらにどこまでも、あの人と走りたい。それだけだよ」
テイオーとルドルフはそこで会話を区切ると、まるで肖像画と目を合わせようとするかのように、それを見上げた。
私とウララもそれに倣った。

その時ウララが、御前の肖像画を見上げたまま、私に話しかけてきた。

「ねえ、トレーナーが学園にいた頃の会長さんって、だあれ?」

そう言われて、私は肖像画の列の中を探した。
「あ、あの人よ」
そう私が差した指先を辿って、ウララがそこにある肖像画のプレートを読んだ。
「──栗藤?」
「そう。クリフジ先輩」
クリフジ。
生涯成績11戦全勝。年配のウマ娘ファンからは、今なお日本歴代最強の名を与えられる、稀代のレーサーである。その11戦中7戦が、10馬身以上の着差でゴールしたという記録は、最もわかりやすい型で『最強』の名を表したとされ、堂々の殿堂入りを果たしたウマ娘だ。
「おい待てよ。1、2、3......」
テイオーはその指を動かしながら、ルドルフから肖像画の数を遡って数えていった。そして指の動きを止めてから、私の顔をまじまじと見た。

「......アンタ歳いくつだ?」
「......ダートに埋めるわよ?」

私はそう言って凄んでみせたが、テイオーにはあまり効果はなかったようだ。「そいつぁ勘弁被るね」と、肩を竦めて戯けている。まあ、本人の台詞をパクっただけなのだから、仕方ないのかもしれない。
「やっぱりお前はストレート過ぎるよ。もう少し言い方があるだろう」
やれやれとでも言いたげに、ルドルフは笑いながら首を振り、そんなルドルフに、またテイオーが歯を剥き出して笑った。私もいつの間にか笑っていた。

その時である。

「ルドルフさん!──わたし、この人!見たことある!」

その時、ウララが大声でそう叫んだ。驚いた全員がウララの方をふり見ると、ウララはビゼンニシキの肖像画を指差し、見上げていた。
テイオーが、ウララを落ち着かせるように言った。
「そりゃあ、ウララは見た事あるだろうさ?あのイベントには御前も参加してたんだし。なあウララ、そういう事だろう?」
しかしウララはポニーテールと尻尾をブンブンと振り回して、それを否定した
「違う、違うの!わたしが見たのはもっと最近なの!わたしが学園に入ってくる、直前だもん!」
「マジかよ!?」
「ウララ、それ本当なの?」
ルドルフもまた、焦ったようにウララに詰め寄った。
「本当か?という事は......御前は今、高知にいるのか?」
「きっとそうだよ!新聞でみた!」
ウララは、そんなルドルフに向かって元気よく頷いた。しかしながら、ルドルフはその言葉に顔を曇らせる。
「新聞?──どういう事だ?」
それには私も首を傾げた。ただ記事になったという事になると、所在が高知とは限らないかもしれない。それでは手がかりになりにくいのではないか。

「なあウララ、どんな新聞記事だった?」
「え?えーとね、え〜と......」

テイオーに急かされ、ウララは少し焦ったように頭を抱えつつ、なんとか思い出そうとしているようだ。

「えーとね、えーと......記事じゃなくてね。チラシがね。新聞によく入ってて、ね。顔写真がね。そっくりだったから間違いないよ!チラシだよ!」
「はぁ?チラシ?」今度はテイオーの背中と尻尾がピンと伸びる。「今は何か商売してるってのか!?何の商売やってんだ?ほらほら、早く思いだせ!」
ウララはまた暫く唸った後、突然手を打ち合わせた。どうやら完全に思い出したらしい。
「え〜とね......先生だよ!でも、学校?じゃなくて──塾!ウマ娘の走り方を教えてくれるの!ウマ娘だけじゃなくて、人の子も通えるような、個人塾の先生だよ!」
それを聞いたルドルフがパッと明るくなった。その手元にはすでに紙とペンが用意されている。
「ウララ、その塾の名前は?」「えっとねー......たしか、『皇帝塾』だったかな」
動きかけたルドルフのペンが止まる。

皇帝塾。

皇帝を目指す塾、だろうか。
それとも、皇帝を越える塾か。
あるいは......打ち倒す、か。

ルドルフに視線が集まった。

ルドルフは、気を取り直したようにその名前を紙に書き留めると、その紙を胸ポケットに仕舞い込み、目を伏せた。

「何という因縁だ......」

悲しいものだ。

王者とは常に孤独なものだと言うものがあれば、私はそれを否定しない。だが、出会っても離れても、常に敵としてしか関われないという運命というものが、この世には存在するのだという事を、私はその日初めて思い知った。

しかし、それがターフという場所の正体なのだ。時には神、時には魔物となるのが、ターフの本質なのだ。

そんな場所に、今、私はウララを送り出そうとしている。

私はウララを見た。
ウララは私に気づく事なく、心配そうにルドルフを見ている。

その背中は、余りにも小さかった。

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