8月に観た映画 (激しくネタバレあり)

タクシードライバー

 トラヴィスの行動はどこか「ずれている」と感じる。ベツィをポルノ映画に誘って当然振られ、それで逆上して会社に踏み入り「殺す」とまで脅すのはどうもずれている。というか、この映画の概要がそもそもずれている。未成年の売春婦を救うとはいうが、その話は物語の後半部分にしか出てこないし、その救う段取りにしたって、次期大統領候補のパランタインをビビって殺せなかった腹いせにしか感じられない。どうもトラヴィスの行動は首尾一貫しておらず、行き当たりばったりで、次に何をしでかすかわからない精神病患者のようだった。劇中彼はよしみの友人に、「この仕事をやめたらなにかがしたい」と話すが、この曖昧な「なにか」が物語の核心ということだとしたら、どうも評価がしづらい。最後はハッピーエンドくさく終わる。アイリスの両親から、「娘を助けてくれてありがとう」という趣旨の手紙が届き、彼をヒーローだと褒め称える記事が新聞に載り、ベツィともヨリを戻す。しかしどうも手放しで喜べない。第一銃を手に入れた経緯は何だったのか。最初は、逆恨みでベツィを殺すのだなと思っていたのだが、結局パランタインを殺そうとして、それも失敗する。だが、トラヴィスが感じていただろう衝動はわからないでもない。明確に怒りがあるわけではなく、ぼんやりと、周りの気に食わない人間を殺してやりたいような、そんな感じは、少しだけ、共感できるところがある。始終トラヴィスからはチキンで陰キャな雰囲気を感じた。

禁じられた遊び

 いろいろな狂気を感じた。戦争の狂気や児童がもつ狂気、大人がもつ憎しみの狂気。それらが重層構造的に一本の映画を成しているのだと感じる。『卒業』では最後、結婚式の会場に主人公が乗り込んで花嫁を奪い、十字架で教会に閂をかって逃げるのだが、へたしたらそれ以上に冒涜的な映画ではないか。ミシェルは祈りの言葉をきちんと暗唱し、死者に弔いを捧げる敬虔なクリスチャンである一方、「死なないと埋められない」という理由で、遊び半分にゴキブリを殺してしまうという二面性がある。この二面性の結果が、墓地から十字架を盗み、水車小屋に生き物の死骸と一緒に立てかけた上、結局はそれらを川に捨てる、という行動に結びついた、と思う。物語の大抵のもめごとはミシェルが原因で、それがご近所トラブルを引き起こした場面はまともに見られなかった。子供は純粋で無垢だというが、同じところから狂気や残酷さも出てくるということを覚えておきたい。特に、ミシェルに「新しい犬をあげる」と言われたポーレットが、大事に抱えていた飼い犬の死骸をぽーんと地面に投げ出したシーン。

サイコ

 めっちゃ怖かった。半世紀以上も前に、いわゆる「サイコパス」像を作り出したのはやっぱりでかい。最初ノーマンを見て、気が弱くて優しそうな奴だなあ、と思ったが、結果として間違いではなかったのがなんとも言えない。身体の中に人格が二つあり、そのどちらが善でどちらが悪かというジキルハイド的な役割分担ではないところもつらい。ノーマン本人も被害者なんだなあ。と思っていたのが、最後の最後で裏切られる。ノーマンは二重人格を利用したということだろうか? いやそもそもあれは母親の人格なんじゃ? でも最後にニヤッとしたから、そのことを全部把握している別人格? と考え出すとキリがないのでやめるが、ともあれ一番怖かったのは、フロントが見えなくなるくらいの豪雨でも運転をやめなかったマリオン。

アトミック・ブロンド

 煙草を吸う女がフェチなのでこの映画は名作。という要素を抜きにしても面白い。東西冷戦下のドイツを舞台にスパイ同士が「リスト」をめぐって裏をかき合う、というお話。面白かった。途中ほぼノーカットのアクションシーンも良かった。最後「Under Pressure」で締められるのがいい。特に言うことなし。

市民ケーン

 何度も寝落ちしそうになった。物語としては、新聞社で名を上げ大統領候補にまでなり、世界中の美術品を買い占め妻のためにオペラハウスを作った挙句「バラのつぼみ」という言葉を残して死んだチャールズ・ケーンの生涯をたどる、というもの。ネタバレすると、「バラのつぼみ」とは彼が子供のころ使っていたそりに刻まれた言葉で(そのそりも最後焼却炉に焼かれてしまう)、タイトルにもあるように、結局彼は一市民でしかなかった。最後のシーン、彼の集めた美術品が立ち並ぶ様子が、一瞬だけニューヨークの空撮に見えた。ある意味アメリカンドリームなどこの程度のものなのかもしれない。

ファーゴ

 最近見た映画では特に面白かった。百分以内でコンパクトにまとまっているのも良い。結局をいうと、危ない奴らを使って金儲けするのは心底やめておいたほうがいいということ。自分の奥さんを金儲けの道具にしようとするジェリーがまず糞野郎なわけなのだが、始終八の字眉の疲れ気味な彼を見ていると、なんだかそんなに憎めそうもない。実際なにもかも失敗してるし、親族からは信用されてないし。最後ゲアが相方の足を破砕機に突っ込んでいるシーンで変な声が出そうになった。ブシェミもいい演技してた。ずっと変な顔とか言われててかわいそうだったけど……。なんだかわからないけど、どこかずれてる、良い映画だった。実は昔ドラマ版をちょっとだけ見て(主人公が奥さんを殺しちゃうところでやめた)、そのときちゃんと雪に埋めた身代金は回収されていた。なんか抜けてるところのある、人は死んでいるけど笑っちゃうような映画だった。ガンダーソン夫妻はすえながくお幸せに。

ミリオンダラー・ベイビー

 疲れた。「ミスティック・リバー」もそうだが、クリント・イーストウッドの映画はなぜこう疲れるのか。途中までは良い感じにフランキーとマギーの師弟関係が続く(こういうの好き)が、ブルーベアとの試合での不慮な事故から物語が一転、事態は最悪の方向へ傾く。ボクシングジムの面子はみんなノリがよくて面白い奴ばかりだったので、救いといえばそこが救いか。結局のところ、フランキーは最後ああするしかなかったと思うし、自分でもそうすると思った。が、この映画は正直もう見たくない。「炎628」も、「ミスト」も、見たくないといえば見たくないが、あれらとは違って本作は、特に序盤のほうではマギーがプロボクサーになるために必死に練習しているシーンが多いので、その落差にたぶん耐えられないだろうからだ。あとデンジャーはいい奴。

ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜

 プライムにあったので観る。ハニーワークスの曲を映画にしたものらしい。つまらないというよりは中身がなくて評価に困る。内容がなさすぎる。登場人物の会話も情報量ゼロだし。面白いと思う人が見れば面白いんじゃないかなと思う。もっと内容詰めて一クールアニメ作ればよかったのに。

時計じかけのオレンジ

 ざっくり言うと、さんざん悪いことしてきたクソガキがしっぺ返しを食らう話。下線のあるカタカナ(造語?)が要所要所に使われて、最初らへんは何を言っているのかちっともわからなかったが、だんだん意味合いがつかめてきた。オープニングでは主人公の狂気や俗悪さをあらわしていたBGMが、中盤以降では惨めさを表現するために使われていたのが印象的。あと雨に唄えばの引用が最悪だった。作家のおじいちゃんの演技はえらく鬼気迫っていておそろしいものがあった。どいつもこいつも気に食わなくて、嫌な奴ばかりだったが、主人公だけはなぜか憎めなかった。結局タイトルがどういう意味なのかはわからずじまい。純粋に勧善懲悪、勧悪懲善の話ではないので、わかりづらいといえばわかりづらいが、主人公達がいたミルクバーや作家のおじいちゃんの家の内装がとても現代的で時代を感じず、画も面白くてよかった。

メメント

 すげえ映画。最近観た映画で一番感心した。五分前仮説を地で行く健忘のレニーは、自分の奥さんを殺した犯人を追い求めて復讐に燃えるが、彼はいかんせんひどい健忘症なので十分しか記憶を保てない。作中である登場人物が「先のことはわかるが何が起きたかはわからない」と言うように、映画そのものも結末から始まり、結果から原因を描いていくような筋書きになっており、同時にレニーの感覚を追体験するような作りになっている。途切れ途切れに挟まれるモノクロ映像だけ時間軸が正常で、彼が昔会った同じ健忘症のサミーという人物の話がレニーによって語られるが、あとになって(時間軸では過去)、妻にインスリン注射をしていたサミーは、レニーの空想であり、ほんとうはレニー自身が妻を過剰投与によって殺したのではないかという話が出てくる。とにかく先にあった情報や事実(レニーの身体に彫られたタトゥーやポラロイド写真のメモ)、人間が信じられなくなる。正直見ていて頭がこんがらがってしょうがないし、「え、ここで終わり?」という感じの幕切れだったが、とにかく感心した。クリストファー・ノーランは間違いなく天才だろう。何食ったらこんなもん思いつくんだろうか? 特に最後、レニーが車を運転しながら、「目を閉じても世界はある、ここにある」と言ってから目を開けてすぐブレーキをかけ、「俺は何をしてた?」と振り返るシーンがめちゃくちゃ怖い。

ブレードランナー ファイナル・カット

 原作は昔読んだことがあるが、本作は設定とこまごました状況以外まったく違うものとして観た。原作では地球に逃げてきたレプリカントが八人だし、主人公に妻がいるし、なにより怪しい新興宗教が出てくる。二時間で話を作らなければいけないから、そのあたりは削らざるをえなかったのかもしれない。序盤でちょっと寝てしまった。レプリカントの殺し方や痛めつけ方がいちいち痛そうで見るのがつらかった。白眉はあの「all those moments will be lost in time...」のシーンだが、その前にデッカードをわざわざすくいあげた場面に、あとになってみてぐっとくるものがあった。ロボットものだと最近はデトロイト、さかのぼればチャペックのR・U・Rがあるが、人の心を掴んで離さないジャンルの一つだろう。

シャッターアイランド

 話の筋からして先日観た「メメント」を思い起こさせるが、どちらかというと「さよならを教えて」に近い。周囲の人物の行動も、最後の種明かしでどれも納得がいく。たびたび挟まれる主人公の幻覚や悪夢で頭がおかしくなりそうだったが、そうした描写で結末をほんのり匂わせていたのかもしれない。ただ疑問なのは、本当に単純に、主人公が精神病患者だったのか、ということ。ひねりがなさすぎると言うと違うが、やはりテッドの最後の言葉には思うところがあった。「化け物として生きるか、善人として死ぬか」子を失い、妻を殺めた一人の人間にとっては、余生など抜け殻のようなものなのだろう。それでもみずから狂人の自覚がありながら人間としての死を選ぶのは、あまりにも辛すぎる。

ショーシャンクの空に

 ボロ泣きした。映画を見てこんなに泣いたのはそうそうない。アンディが「フィガロの結婚」を流すシーンと、最後、レッドとアンディがメキシコで再会するシーン。二時間を超える長い映画だが、その時間をものともしない、まさしく名作の名にふさわしい作品だった。こういう人情ものに弱い。

ユージュアル・サスペクツ

 大どんでん返しのある映画とは聞いたが、そこまでだなーと思ったら、最後にドカーン! とデカいのが来て思わず声が出た。意味合いは少し異なるが、無能な味方ほど怖いものはない。これはたしかに後世に語り継がれるべき名作であろう。ケヴィン・スペイシーってこういう役がほんとうにぴったりだと感じる。

ウルフ・オブ・ウォールストリート

 セックス依存症で薬物中毒のジョーダンが会社を立ち上げ年商数十億の成金になり凋落するまでを描いたまさかの実話。三時間もある映画なのだが、画面に出てくるのはたいてい金か酒かドラッグかセックスで、登場人物はみな血気盛んで口汚く、ジョーダンの会社は四六時中アフリカのジャングルのように騒がしい。やっていることはほとんど詐欺師であり、「金持ちから金を巻き上げて自分たちのものにする」ことだけが一貫している。清々しい。荒れ放題の波間を転覆しそうな勢いで走り抜けていく船中でクスリをやろうとしたシーンは驚きを通り越して呆れた。面白かった。みんな笑顔でファックサイン立てるし。よくわかったのはバカは徹底的にカモられるということ。気をつけよう。

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