病院薬剤師が語る気になるクスリの話 第3話「眠気防止薬(カフェイン)」
多様化するカフェイン摂取と懸念材料
今回は「カフェイン」を取り上げてみようと思います。
受験生やビジネスマンは言うに及ばず、長距離トラックの運転手やガードマン、夜勤のある我々医療従事者にとっても必須アイテム。
カフェインが眠気覚ましに効くことは、かなり古い時代から知られており、アラビアの隊商が、ラクダがコーヒーの実を食べると一晩中元気に働いてくれるのに気づいたのがそもそもの始まりとのこと。
※何とカフェインの語源は「カフェ(コーヒー)にイン(含まれる)物質」なのだそうです。直球過ぎて笑っちゃいますよね。
かつての日本では「カフェインと言えばコーヒー」「コーヒーと言えば喫茶店」が相場でしたが、時代と共に目覚ましい(!?)進化を遂げました。
インスタントコーヒー・缶コーヒーに始まり、スターバックスに代表されるコーヒーショップ、コンビニ、ネスカフェアンバサダーといった職場お届け便でも手軽に本格的なコーヒーを楽しめるようになりました。
その一方で、純粋に眠気・だるさ防止に特化したカフェイン含有の薬も根強い人気を維持しており、特にCMを流している訳でもないのに年々売り上げが伸びている「隠れたベストセラー」なのだそうです。
≪代表的な眠気防止薬≫
【第3類医薬品】
・エスタロンモカ(100mg/錠)
・カフェロップ(41.7mg/粒)
・カフェクール(167mg/包)
【清涼飲料水】
・眠眠打破(120mg/本)
・メガシャキ(100mL/本)
ところが、海外から突如やって来た黒船「エナジードリンク」が登場するに至り状況が一変、困ったことが起こり始めています。
≪代表的なエナジードリンク≫
・レッドブル(2006年~;80mg/250mL/本)
・モンスターエナジー(2012年~;142mg/355mL/本)
・コカ・コーラ エナジー(2019年;80mg/250mL/本)
急性カフェイン中毒で救急搬送される若者が急増しているそうなのです。
エナジードリンクとの関連性は、中毒110番への相談件数が急増した時期から容易にうかがえます(清涼飲料水の件数に注目)。
2017年に放映されたクローズアップ現代+「急増!カフェイン中毒 相次ぐ救急搬送 いま何が」では、飲みやすいエナジードリンクがカフェイン摂取の若年化を促している点、過酷な労働環境の中で自分のパフォーマンスを一時的に上げざるを得ないという社会的な要因もある点を指摘していました。
また、最近の研究でカフェインにアルギニンという成分を加えると脳内の興奮作用がより強まることがわかっており、エナジードリンクではそれが応用されているらしいのです。
我々の日常生活にすっかり溶け込んでいるカフェイン。
今更避けて通ることは不可能でしょう。
しかし、身近であればこそ、その本質を理解しておく必要があるようです。
カフェインの薬理作用
1.興奮(覚醒)作用
カフェインは、神経を鎮静させる作用を持つアデノシンという物質と化学構造が似ており、受容体でアデノシンの結合を邪魔することにより神経を興奮させます。これにより眠気や疲労感が軽減し、集中力も向上する訳ですが、知能自体が改善する訳ではなく、元気な時に飲んでも効果はありません。
2.鎮痛補助作用
カフェインはれっきとした鎮痛薬であり保険適用も認められています。血管収縮作用があるため片頭痛発作に用いられるほか、一部の鎮痛薬の効果を増強することから、総合感冒薬などに補助的に添加されていることもあります(よく誤解されますが、抗ヒスタミン薬の眠気防止用ではありません)。
3.強心利尿作用
カフェインはメチルキサンチン誘導体と呼ばれる化学物質です。よって類縁物質であるアミノフィリンのように強心薬としての側面も有しています。コーヒーやお茶を飲むと尿量が増えるのもこの強心作用によるものです。
4.呼吸中枢刺激作用
カフェインには呼吸中枢を刺激する作用があるため、医療用として未熟児無呼吸発作治療剤「レスピア静注・経口液60mg」が実用化されています。
※現在当院では注射用としてアプニション、内服用としてはネオフィリン散1%(院内製剤)が用いられています。ただ、ネオフィリンは乳糖と配合変化(変色)を起こすため賦形剤はでんぷんを使わなくてはいけないのですが・・・湿度が高い時期は秤量誤差が多く、何度もやり直しが必要なんですよね(あ、薬剤師じゃないとチンプンカンプンな話でした~)。
【補足】レスピアの添付文書からわかったこと
ここまで述べて来たことは、正直、他のサイトにも書いてあることなのですが、ここから先は「病院薬剤師ならでは」のお話となります。
カフェインはとても歴史の古い薬ですが、少し困った問題が生じます。
それは、添付文書がスカスカ、要は情報不足なのです。
薬剤師にとって、添付文書は「超」重要な情報源の筈なのに・・・。
例えば「純生」無水カフェイン(小堺製薬)の添付文書はこんな有り様。
「古い薬ほど情報は充実してるのでは?」と理解に苦しむかもしれませんが、実際にはその逆、カフェインに限らずよくある話なのです。
理由は、昭和以前からある薬の大半は、信頼性の高い(臨床試験等の)データが残っていない(あるいは集められてさえいない)からです。
実は私、本稿を執筆するにあたり、先述した「レスピア静注・経口液60mg」の添付文書を読んだのですが、ある意味、衝撃を受けました。
この薬はまだ歴史が浅く、添付文書がとても充実していたからでした。
ここでは、これまでの添付文書ではうかがい知ることができなかったカフェインの特徴を紹介しておこうと思います。
1.個人差が大きい
本剤の対象となる早産・低出生体重児のクリアランス(薬の排泄能力)が体重・生後日齢により変動することが注意喚起されています。代謝に関しても同様で、生後急速に発達し、生後7〜9ヵ月で成人とほぼ同様となります。これに伴い、早産児における消失半減期(約100時間)は、生後29週以降では成人の値(2.5〜4.5時間)近くまで短縮するとのこと。そもそもメチルキサンチン誘導体はTDM(治療薬物モニタリング)が必要な薬の代表格。当然と言えば当然の話です。
2.相互作用がとても多い
元々メチルキサンチン誘導体は相互作用が多い薬。昔の添付文書には「キサンチン系薬剤」「中枢神経興奮薬」「MAO阻害剤」「シメチジン」しか記載がなかったのがむしろ不思議です。例えば肝代謝酵素を阻害する薬(特にCYP1A2阻害薬)と併用すればカフェインの作用は増強します。グレープフルーツジュースにもCYP1A2阻害作用がありますので、例えばホテルの朝食でコーヒーと一緒に飲むと、カフェインの効果が増強するかもしれません。解熱鎮痛薬と併用すると鎮痛効果が増強する点も納得です。
3.壊死性腸炎(2.3%)の発現リスク
古い薬の添付文書には記載されていなかった壊死性腸炎が記載されました(禁忌にも記載されています)。
カフェインの中毒量・致死量
農林水産省では、カフェインの過剰摂取について注意喚起を行っています。
コーヒーは、適切に摂取すれば、がんを抑えるなど、死亡リスクが減少する効果があるという科学的データも知られていますが、カフェインを過剰に摂取し、中枢神経系が過剰に刺激されると、めまい、心拍数の増加、興奮、不安、震え、不眠が起こります。消化器管の刺激により下痢や吐き気、嘔吐することもあります。
長期的な作用としては、人によってはカフェインの摂取によって高血圧リスクが高くなる可能性があること、妊婦が高濃度のカフェインを摂取した場合に、胎児の発育を阻害(低体重)する可能性が報告されています。
※農林水産省ホームページ「カフェインの過剰摂取について」より
カフェインの摂取ルートが多様化し、その取りすぎが懸念される中、カフェイン含有量と摂取量の上限、この2つは最低限把握しておくべきでしょう。
≪主な飲料のカフェイン含有量≫
コーヒー:60mg/100mL(コーヒー豆10gを熱湯150mLで抽出)
インスタントコーヒー:57mg/100mL (2gを熱湯140mLに溶解)
紅茶:30mg/100mL(茶5gを熱湯360mLで1.5~4分間抽出)
煎茶:20mg/100mL (茶10gを90℃430mLで1分間抽出)
コカ・コーラ:35mg/350mL
これにエナジードリンクや眠気防止薬の分が加わると、あっという間に上限量を超えてしまう可能性があるからです。
次はカフェインの摂取量の上限です。
欧州食品安全機関(EFSA)は、2015年にカフェインについてリスク評価を行い、下記の基準を公表しています。
健康を維持するために望ましいカフェイン摂取量
(成人;体重70kgとして)1日当たり400 mg(妊婦の場合200mg)
(小児)1日当たり3 mg/kg
カフェイン400mgはコーヒー3~4杯分の量に当たります。
※妊婦の量が1/2となっている理由は、カフェインが胎盤を通過し、胎児にも移行するからです。
この量を超えるとカフェイン中毒のリスクがあるという訳です。
一方、致死量に関しては幅があり、1日当たり5~10gとされています。
【コラム】東大一直線とカフェイン中毒
中高生の頃愛読していたのがこの「東大一直線」(小林よしのり作)。受験生の悲哀を描いたこの作品でも「必需品」であるカフェインが取り上げられていたことを記憶しています。主人公の東大通は、カフェインを過剰摂取して不眠不休の受験勉強を始めます。親友の多分田吾作はその危険性を説きますが、全く意に介さず過剰摂取を止めない東大。最終的に東大はカフェインの副作用(頭痛・腹痛など)に悶え苦しむという結末を迎えるのでした。
まだまだある、カフェインの論点
※参考資料:「カフェインの真実 賢く利用するために知っておくべきこと」(マリー・カーベンター)
カフェイン×アルコール
2010年の秋、米国でカフェイン入りのアルコール飲料「フォーロコ」を飲んだ大学生9名が昏睡状態に陥り救急搬送されました。同様の出来事はその後も相次ぎ、中毒死も出たため一躍社会問題となったそうです。原因はカフェインの効果で酔っているという自覚が薄れ、加えて疲労感も緩和されるため、酔いつぶれることなく飲み過ぎてしまうからだと考えられています。昔から「カルーア」や「コーヒーブランデー」といったコーヒー入りのカクテルは存在していましたが、風味付け程度でカフェイン量としては僅かだったため、さほど問題とはなりませんでした。昨今のエナジードリンク人気に伴い、それで強い酒を割って飲む若者も少なからずいると思いますが、「危険なので併用しないのが無難」と言えるでしょう。
カフェイン×ドーピング
アスリート、特に耐久力を必要とする競技選手の中ではカフェイン入りのエナジージェルが人気なのだそうです。疲労感を消してくれるカフェインのこと、愛好家が増えても何ら不思議はありませんが、気になるのはドーピングに引っ掛からないか否かです。実は以前、カフェインは禁止物質だったのですが、2004年以降は禁止物質から外れ、監視プログラムへと移行しています。よって、お茶やコーヒーに特別の注意を払う必要はなくなりましたが、引き続き監視対象としてモニターされているため、その結果次第では再び禁止される可能性もあり、注意しておきたいところです。
カフェイン×軍事利用
米国陸軍ではカフェイン入りガムが珍重されているとのこと。なぜなら、カフェインを飲料や錠剤で摂取した場合、カフェインの効果が現れるまでに30~45分かかるところ、ガムの場合は5~10分で済むからです。「運転中に突然眠気に襲われた時、即効性の高いカフェインがあれば、事故を未然に防ぐことができる」と好評のようです。一方、米国空軍で用いられているのがカフェイン入りチューブ食。食事とカフェインを同時に摂ることができるので、パイロットの手間が省ける上、長時間に及ぶ飛行任務中に認知力と注意力を維持するのに有効であることが実証されています。
カフェインは、上手に活用さえすればとても有益性の高い薬物です。
しかし、その一方で麻薬ほどではないにせよ依存性・習慣性を有し、過剰摂取すれば中毒そして死亡のリスクすらある危険な薬物でもあります。
カフェインの形態が多様化した今だからこそ、一度立ち止まってその本質を見極めておく必要があると痛感し、本稿をお届けしました。
【病院薬剤師からのアドバイス】
コーヒーを飲んだことのある方は多くても、それを飲み過ぎたことのある方は少なかろうと思います。コーヒーの効果は半日も経てば消えてしまいますが、飲み過ぎた場合、後で2倍、3倍の疲労感を味わうことになります。このように、カフェインの効果というのはいわば「元気の前借り」なのです。「借金の利息を借金で返す」みたいなことにならないためにも、カフェインの量と間隔は十分意識して摂取するようにしましょう。
まとめ動画を作ってみました。おさらい用にどうぞ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
満足いただけたなら、スキ・フォロー・サポートをお願いします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?