研究を続けながら「社会人」5年を経験し(アカデミック社会に戻ってき)た話

 表題のとおり、修士課程を修了後、細々と研究活動を続けながら所謂社会人5年間を経験し、この度博士課程に戻ってきた私の身の上話です。ここでは特に、大学を離れた状況での5年間をどのように過ごしていたか、何を考えていたかについてメモ書きをしておこうと思っています。
 なお、ミネルヴァの梟が(いるとして)飛び立つには時期尚早と認識していることもあり、現時点では下記に記した全ての選択の良し悪しを語るつもりはありません。

はじめに(結論):社会人として仕事をしながら研究を行えたかどうか

→前提として、私の研究分野が実験室や研究のための高額な装置等を不要とする社会科学であること、仕事は基本的に平日勤務のオフィスワーカーであったことを記しておきます。その上で、


①研究を「継続する」という意味ではなんとかなったという評価をしています。ただ、特に5年間のうち前半は土日含め稼働したし、慣れない仕事との両立でとても大変でした。

②5年間の間の研究活動の成果を、査読付きの論文としてまとめることはできませんでした。査読付きの論文の価値は分野や研究者によってそれぞれでしょうが、これをここに記した理由として、論文として成果を出せないというのは自分の力量不足はあれど、論文を書くのは他の研究発表の方法よりもまとまった時間を連続して取る必要があり、仕事をしながらの研究は(アカデミックに所属するよりも更に)そうした環境を整えることが難しいと実感したことにあります。実際、学会発表の際に提出するペーパーなどをまとめるのにもとても苦労しました。

5年間「社会人」をしながら研究をする上で大変だったこと

①両立
→当然かもしれません。特に仕事を始めてから初めのうちは、土日(休日)を作れませんでした。修士までの間もあまり休日を欲する方ではなかったし、博士課程に進んだ周囲を見ていても休日が望めない業界であることは理解していましたが、土日を稼働させてもとにかく進捗がない(やっているのに結果が出ない、のではなく、やることが多くて手が回っていないのだから進捗がないのは当然なのですが)ことには堪えることがよくありました。例えば、金曜日の夜遅くまで仕事をして、土曜日に起きて身体が動かなくて、それでも何とか大学図書館で文献だけ探す、でも頭も働かなくて何も見つけられない、を数か月続けたことがあります。
 更に、「社会人」と研究の両立だけでも大変なのに、人間が生きていくためには多かれ少なかれ生活が必要で、そこまではとても手がつかない自分の状況と選択に先の見えなさを実感しました。


②先行研究へのアクセス
→大学に所属しないで研究活動をした経験がなかったので、大学の様々な仕組み(論文検索システム・レファレンスサービス、先行研究へアクセスするための費用などを含みます)のありがたみは「社会人」となってから痛いほど痛感しました。これは特に、大学を離れて2年が経過してからのことだったように思います。それまでは、修士までに手元にあったものと自腹での購入で賄ってなんとかできていたと認識していたようです。
 これはゼロサムの問題ではないので、大学を離れてしまうと先行研究への一切のアクセスが絶たれてしまうということを意味しません。手に入れたいものによりますが、むしろ、粘れば(回り道であってもありとあらゆる手を使って探す・対価を支払う)多くの情報は手に入ります。ですが大学に所属しながら同じことをするのと比較して、膨大なコスト(時間とお金)がかかることがほとんどです。


③所属の表記
→地味ですが研究発表はもちろんのこと、研究情報サービスへの登録などの度に苦労しました。
 私の職場はそこでの肩書きを自由に使って良いところと、規制がかかる場所とどちらもあったのですが、大変さの多寡は多少あれどあまり変わらなかったように思います。

5年間、特に研究に絡めて時系列的に考えていたこと

 修士課程を終えて大学から離れた時、すなわち「社会人」となった時の目標は、「修論や研究よりも一生懸命になれることを探す」でした。期限は5年としていましたが、これは元々私が5年ごとに大目標を作っていることによるもので、5年で(アカデミックに戻るかどうかの)結論を出そうという考えはまったくなく、ひとまず目の前の仕事をするための心構えのような気持ちで設定したことを覚えています。
 この目標に記した内容はどちらかと言えば「きれいごと」に近く、修士課程修了時点で研究の面白みを実感していたことは事実ですが、同時に自分の中に、研究をこのまま続けていいのか?研究業界以外の世界でも同じくらい一生懸命になれるならその方が幸福度は高いのでは?という疑念もありました。
 こうして「社会人」となったわけですが、5年間の大まかな流れは以下のような感じでした。特に岐路となったと思うポイントを拾ったつもりです。


*一年目
→仕事に必死、でもこれでいいのか?と思うことも。一年目終わりの頃に、科研費で実施された研究会で発表(翌年も)。


*二年目
→自費で聴講した学会(わざわざ飛行機で向かい、二泊しました。若かったです。)で、後の共同研究者に出会う。仕事関係の縁で研究発表(自分の専門分野とは少し離れたところ)。


*三年目
→研究はある程度進みながらも仕事も忙しくなり、自分自身は疲れ気味。研究へのアクセスなどに限界を感じ始める。研究に戻ることを具体的に考え始める。


*四年目
→結婚による入籍等でプライベートまでも多忙。研究は能動的に進めるというよりも、今までの蓄積でアウトプットの機会を得る感じ。


*五年目
→アカデミックへ戻る準備とそれに向けたアウトプットの模索。

5年間の時間と経験で得たもの

*こだわりすぎない気持ち
→こだわることで修士課程までを乗り切ってきたようなところがありましたが、働きながら研究をするとそんなことも言っていられなくなる場面が多々出てきました。こだわれないのに研究をする意味があるのかと悩んだこともありましたが、こだわりすぎないことで見えてくるものもあったように思いますし、自分の場合は研究室の中にいるだけではなかなか手放せないものでした。


*生活の基盤
→既に多くの方が言及している通り、収入という意味ではやはり大学よりも安定感がありました。また、修士課程修了後そのままアカデミックに進んでいたら少なくとも現時点で結婚していなかったと思っています(冒頭に記した通りではありますが、この点、どちらが良いかはわからないことを再度強調しておきます)。

*俯瞰してみる目
→企業で仕事をする人を、一括りで見なくなりました。大きな企業の偉い人も人間なんだと思ったりしました。

働きながら研究を続ける上であると良いと思ったもの

*体力
→研究単体でも同じかもしれませんが、一にも二にも体力だと思うことはよくありました。


*お金で解決できることはするくらいの余裕と、その気概
→実際の札束と、それを使う気概はセットです。特に将来アカデミックに戻ることが頭をよぎる場合、将来手元のお金を見ながら「これも将来研究生活で消えていくかも」と思うシーンがあるかもしれませんので、お金があることとそれを消費できることは似て非なるものだと認識しておくこと、えいやと使える気概はあると良いです。ただし、それによって将来がどうなるかはわかりません。


*文献へのアクセス方法(研究機関を頼らずにできることを集めておく)
→上に記した通りです。

*使える肩書き
→上に記した通りです。他方、あると良いと書いておいてあれですが、使える肩書きのために選択(所属)を変えることは本末転倒だと思いますので、これを軸にする必要はないと思います。

*共同研究者
→御多分に漏れずこちらも分野によるかもしれませんが、研究社会に常に顔を出してコミュニティに入っておくよりも、自分の状況と意向を理解してくれる研究者が一人いる方が大事かなと思います。コミュニティに居続けるのはそれだけでコストがかかりますし、「社会人」にはコミュニティを維持する時間はないことがほとんどかと思います。

*研究に理解のある周囲の人々(=周りの人に自分の選択を理解してもらえるよう努める)
→周囲の人々に理解されたいかどうかは個人の好みだとしても、働きながら研究をする生活に周囲の人がいる場合はその選択をある程度理解してもらうことが必須になってくると思います。自分一人で完結させようと思っていても難しい局面も出てくるかと思うので、真摯な働きかけが大切です。


*研究が進まなくても落ち込まないメンタルと、研究と付かず離れずを継続できるバランス感覚
→これはゼロサムではなく両立する中で身に着けられる類のものに近いかもしれませんが、向き不向きもあることかと思うのでこちらに記しました。働いていると大学に所属して研究をしているよりも、少し研究から離れた後に呼び戻してくれる存在や強制力が弱いので、続けること、続けられる自分でいることに意識的に心をくだくくらいでちょうど良いのではと考えています。


5年の歳月について思うこと

→博士課程に戻ってくる未来が待っていたのであれば、その間となる5年間を短くできなかったか?ということは考えますし、実際の生活で尋ねられることがあります。時間は有限ですし、その中でも比較的若い時間を何に使うかは重要性を持ちますので、博士課程に戻ってきた今の時点だけを考えれば、5年間の歳月は短いに越したことはないかもしれません。
 他方、上記で触れたように、私が「社会人」を選択した経緯に鑑みると、その疑念や問いを自分なりに検証して納得する答えを得るにはこのくらいの時間が必要だったかなと感じています。非常に疲弊していた時期をもう少し短くできなかったものか(辛かったこともあり)・・・と思うこともあるのですが、そこで試行錯誤した時間がなければアカデミックへの自分の気持ちを改めて確認することにはならなかったかもしれません。とはいえ、これは博士課程に戻ってきた自分のバイアスも多分にあるのではと思います。後は、結婚をしていなければ5年の期間はもう少し短縮されていたかもしれません。ライフイベントには時間がかかるものです。

最後に

 冒頭の趣旨に沿ったため、ここでは博士課程に戻ってきた理由についてはあまりはっきり記すことができませんでした。この点についてはまたどこかで筆を取れればと思いますが、こうして大学に再度身を置いてからも、所属が大学でなくともある程度研究活動に携わることのできる人が増えるといいなと思っていますし(私自身、今後研究者となるかはわからないものの研究活動はどんな形でも携わりたいと思っている身であり、所属の流動性について考えたりします)、5年間ではありましたが私の経験が参考になって「社会人」と並行して研究をしてみようかなと思う方がいてくださると今後そのための知が蓄積されていくのではと期待しています。
 また、特に読み手がどんな方になるかを具体的に想定して書いたわけではありませんでしたが、もし現在、上記の私の5年間と同じような境遇にあり、苦労している方で、私がお手伝いできることがありそうな方(特に文献のあたり)がおられればお声かけください。私は過去に、「何等かの事情で大学を離れていながらも研究を続けている/もしくは未練のある方に、大学にいる自分ができることがあればいつでも声をかけてください」とおっしゃっている方の投稿を目にした後、仕事も忙しく、なのに研究リソースへのアクセスがままならなかった時など、事あるごとにその言葉に助けられました。結局その方に助けを乞うことはなかったのですが、どうしようもなくなった時には頼らせてもらおうと頭のどこかでいつも思えたのが支えになっていたように思います。奇しくも現在私も大学に所属が戻ったので、可能な範囲にはなりますがその恩返しができればと思っています。
 今後のキャリアで何かお話できる方がいれば、そちらも歓迎しております。


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