旧姓併記の落とし穴(国外・研究従事者編)

 この記事は、何らかの理由で改姓を行った場合、主にアカデミック環境に身を置いたり日本国外で生活を営んだりする上で何が起こったのかについて、筆者の経験を基に記しています。

旧姓併記を希望した動機 

 私はもともと旧姓へのこだわりを強く持っておらず、婚姻の結果入籍をした時点、すなわち戸籍上新姓となった時点で全ての書類等を新姓とする可能性を十分考えていました(旧姓表記がなくなるよりも、面倒な手続き等を被る方が嫌でした)。
 他方、当然ですが入籍前までは全ての活動を旧姓で行っていたので、全ての表記を新姓とすることでそれまでの実績をどう扱うかが問題になりました。特に、下記の項目が最後まで争点でした。


・研究業績
・大学学部と修士の証明書関係 

 研究業績は改姓のデメリットを被るとしばしば指摘されますが、web上で個人のHPやCVを公開する際、または仕事に応募する際など、それぞれ「改姓しているので、現在の姓と過去の業績の姓が異なる」と一言添えれば先方の理解も得られるのでは?と考えていました。しかし、実際にそうした対応をしている研究者の方を見つけることができず(旧姓併記をしているのみ)、「過去の業績の一部は氏名が異なりますが、これは旧姓です」と述べることにはリスクもしくは認知低下などの不利益が生じるかもしれないという疑念は晴らすことができませんでした。


 大学発行の証明書については、今後研究を続ける上で必要になる機会が多くあります。私の修了した大学では証明書発行の際、修了時の姓から改姓した場合は「通常の証明書発行に必要な身分証明書(免許証など)に加えて、新姓と旧姓の両方の姓名が記されている公的身分証(戸籍謄本など)を持参すること」という要件がありました。調べてみるとこの戸籍謄本の要件として「(発行申請から)6ヵ月以内に発行されたもの」という文言が追加されている大学もあったので要注意です(面倒事が嫌い&日本国外在住の身としては、成績証明書が必要になった段階で戸籍の取り寄せ(戸籍の請求書を印刷して記入→日本円を添えてEMSで日本に郵送→先方から受領)を行った上で大学に請求(以下繰り返し)はけっこう手間だなと思うわけです)。       こうして、これまでの業績よりこれからの業績の方が数が多い(と願う)ことを考えれば、ずっと形式上の名前(新姓)と呼称名(旧姓)のずれを抱えながら生きていくよりも形式上の名前に全てを合わせていく方が手間が少ないのではないかという仮説を検証することもできないまま、私は消極的に形式上の名前(新姓)と呼称名(旧姓)の2つを持つことになりました。もちろん、これは後から変えることができます。ひとまず、何等かの理由で新姓と旧姓の2つを持った人に与えられた実質的な選択肢は以下の3点くらいかなと思っています。


①【新姓に変更】全ての書類や表記を新姓にする(旧姓時代の業績などに関してはその都度説明を行う)


②【両刀使い分け】旧姓(通称名)を氏名として使える場面では旧姓を使う

③【ミドルネーム的】新姓と旧姓を常に併記する

 私は現在、結果的に②を選択しています。自分の希望として、③は改姓をしたことを常に強調しているようで好まなかった(後に記しますが、「強調している」というのはとんだ私の勘違いであることは実際に運用してみてわかりました)ので最初に却下、①と②であれば①の方が面倒が少なそうで好ましかったものの、上記のような研究を支障なく行えるのかという疑念が晴れなかったために消極的に②を選択することになった、というのが経緯です。

身分証明書としてのパスポートに旧姓併記をするまで

 以上より、私は「旧姓(通称名)を氏名として使える場面では旧姓を使う」という選択をすることになったものの、早速行った手続きであるパスポートの身分証明書記載事項変更手続きでは「旧姓併記」を選択しました。パスポートのような「旧姓のみ」で継続できない書類は「新姓のみ」もしくは「旧姓併記」を選択する他なく、その場合には後者とするようにしました。
 私がパスポートの身分証明書記載事項変更手続きをしたのは2021年に旧姓併記の要件が緩和される前のことだったので、当時はその手続きだけでもとても大変でした。(ここで恨みつらみを述べるつもりはありませんが、申請窓口で高圧的な方に旧姓併記を希望する理由を示す過去の業績を事細かく尋ねられ、自分の研究業績では認められず挙句の果て国連で短期間仕事をした証明書を出したところ「ころっと」態度を変えて認められたことは当時私は研究活動を理由に旧姓併記を希望しているのになと晴れない気持ちでした。本緩和で、あのような思いをする方が減っていれば良いと心から願っています。)
 その後、本要件の緩和後にパスポート更新を行った際は特に追加の書類も必要なく、旧姓併記された新しいパスポートが手元に届きました。今回は「旧姓併記の制度について説明するためのパンフレット」も手渡されました(現在、紙媒体のみのようです)。

改姓に伴う各種表記(日本国外在住と大学所属の観点から)

・日本国外への出入国
→前述のとおり、パスポートには旧姓が併記されていますが、それはあくまでパスポートの紙の上の表記のことだけであって、パスポートのICチップには戸籍の氏名のみが記載されるのだそうです。よって、ICチップで情報を読む場面がある時(=パスポートが最も活躍する出入国時ですね・・・)は、戸籍氏名で扱う必要があるとのこと。私は、航空券なども全て戸籍氏名(旧姓なし)で取得しました。パスポートと航空券だけで書類が済んだ頃は良かったのですが、COVID-19蔓延に伴う各国措置の影響を受けて準備書類が増加しています。そして、その書類すべてに氏名は表記され、そこにずれがあれば各国の入国管理局(日本であれば「旧姓併記」の扱いに理解があるのかもしれませんが)の判断により出入国に困難が生じるかもしれません。実際、私が入国手続きを行った折には旧姓併記がされている書類が混じっていて混乱が起きました。


・大学
→大学では旧姓使用を想定した通称名使用が可能だったので、すぐに申請しました。手続き自体は簡便だったものの、大学での活動が旧姓となったことで、例えば学生証を提示して受ける学割サービス、私は大学を通して国より研究助成を受けているのでその扱いも共に旧姓となりました。特に後者が旧姓となったことでの日々の手間は大きいです(大学としては私を旧姓で扱っているので旧姓で色々なことが進められていくのですが、例えば大学図書館で研究費を使って文献の複写サービスを利用し海外住所に郵送していただく手筈をとった場合、大学でのサービス申し込みと研究費の執行は旧姓で進めた上で、海外住所の送付先氏名は新姓(戸籍姓)としなければならない(海外の滞在はパスポート表記の扱いにより新姓で扱っているため)という「ずれ」が生じてしまい、結果的にいつもこのずれを直したり説明する必要があります。)。
 私はこうした大学での研究活動での手間により、以前は自分が理解していないがゆえに忌諱してしまった「常に新姓と旧姓を併記する(例:「新姓(旧姓)下の名前」)」方法に希望を見出すようになりました。「自分の氏名にカッコ書きがあるの不自然かも?」「名乗る時はどうするんだろう?」「名乗る度に改姓したことを万人に知られなくても・・・」といった戸惑いがなくなったわけではありませんが、とにかく手間をかけたくないという目標に向けては併記が一番なのかもしれません。

おわりに

 日本の現行制度で婚姻による入籍をする以上は(2人のうちのどちらかが)姓を変えるしかないので、姓を変えることを前提としてできる限り「手間」を少なくする、ことを目的として新姓/旧姓を扱うためにはどうしたらいいかを考えて試行錯誤してきました。感想を一言で言ってしまえば、「少なくとも旧姓(通称名)を氏名として使える場面では旧姓を使うという両刀使い分け方式は、手間が多い」です。その他の方法は今のところ試したことがないので、比較したときの手間の多寡は不明です。
 改姓した時点の手間ややることについては、最近インターネット上などでずいぶんとTODOとして情報がまとまってきていることもあって、ある程度の覚悟と準備をして臨むことができました。他方、その「手続き第一波」を乗り越えた後も、こんなにもコストがかかるのかと驚いているのが現状です。これは下手をすれば一生付き合うコストなのかもしれない、と思うとやり切れません。こんなに書類や気遣いのコスト、事が上手く運ばないかもしれないリスクを抱えてまで、現在の方法を取るべきかについては一考する価値があると思っているところです。
 

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