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29歳-24 ちょうどいい挨拶

 髪を切った。美容師さんは、家近くのコンビニで店員さんと仲良くなってしまうと、恥ずかしくなってもう通えなくなる、と話していた。イギリスではどうかと聞かれたので、顔を合わせた時のあいさつのようなものはレジやドア口の警備員さんとするし、それはなかなか気持ちのいいものです、と話すと、いいですねえ、とのことだった。たしかに日本語には「調子どお」「いい1日を」みたいな挨拶がないから、なんとなく詮索みたいな形の会話になってしまうことがある。「お疲れ様です」は逆に英語になくて、ちょっと不便を感じたことがあるけれど、コンビニやスーパーの店員と客の距離感でお疲れさまですはあまり言えないし、「調子どお」に変わる挨拶はやっぱり「いい天気ですね」ぐらいになってしまうのだろう。それもなんだかどん詰まりだ。
 今日は午後から自習室に来ているのだけど、その方がもしかしたら集中できるかもしれない。また明日振り返ってみます。
 同級生の一人はもう30分のラフカットにしていて、とんでもなく綺麗な映像、カメラワーク、なんとなく詩のような作品になっていた。よく意味はわからないのだけど、見たことが心に残るような。それは映像の力なんだと思う。私も、なるべく言葉による説明は廃して、映像を見た、というようなそんな感覚が残るような編集をしたい。
 自習室に来るまでに、双子の姉が通っていた女子校の学生たちとよくすれ違う。自分も男子校に通っていたが、思春期の6年間を別学で過ごすと、やはり必ず、形成される雰囲気や笑いどころみたいのがある。ちょっと何かと過激が是になるような。変に自分をセーブするところがないのはいいかもしれないけど、大学入学後によく、変わっているね、と言われた。男子校の中ではそこまで変わっていた感覚が当時はなかったから、言われ慣れるまで時間がかかったけど、今では変わっていると言われることはどことなく褒め言葉くらいに思っている。
 昨日、母と、父の奇人さと姉との酷似について話していた。母から言われたのは、姉の結論としては、私は「運のいい人」ということらしかった。自分がどうなのかわからないのだけど、その構成要素みたいのはパッと思い浮かぶので、そうなのかもしれない。
 写真は大学4年の時にカナダから帰ってきて、母のフィルムカメラで写真を撮り始めて初ロールの一枚。多分初めて表参道で髪を切ろうと思って、カメラを持って出かけたような気がする。それで今、映像で生きていこうとしているのだから、なんとなく感慨がある。編集も楽しまなくては。

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