【離婚後共同親権】世論はどのように操作されるのか(3)「裁判所が問題視したNHKの報道姿勢とは」
※前記事
(前回のつづき)
この裁判は、平成8年に元妻YがNHKに対して、損害賠償と訂正放送を求める起こした訴えであり、まず、平成10年に東京地方裁判所で判決が下されました。
結果は妻Yの全面敗訴です。
1、第一審・東京地裁判決平成10年11月19日
「被告(NHK)による本件番組は、近年増加している中高年夫婦の離婚、特に妻が夫に対し申し出た離婚を取り上げ、その実態を紹介するとともに、そのような離婚の経験者に離婚に対しての認識や心情を語ってもらうことなどにより、離婚をどのように受け止め、乗り越えていくか、離婚に至らないためにはいかにすべきかを視聴者が考えるための情報を提供することを目的として、40代以降の中高年男女向けの番組として制作されたものであることが認められるところ、中高年夫婦の離婚、特に「浮気」や「暴力」といった明確な理由がないままに、妻の側からの申し出による離婚は右視聴者層に現実に生じている問題で、彼らが関心を有する事項であるし、一般的にも、社会の変化を知って婚姻生活のあり方を考え、各人がそれぞれ自己の人生を考えることは有益であるから、そのための素材を提供するという本件番組の目的は社会的な意義を有すると認められる。そして、右の目的を効果的に実現しようとすれば、番組には、中高年に至って離婚を経験した者が登場してその離婚に対する認識や心情を語ることも必要であり、また、離婚の事例を紹介するに際しては、離婚の事実自体や、離婚した夫婦に関する具体的事実(離婚は結婚何年目で、夫婦それぞれ何歳のときか、夫婦それぞれの職業は何か等)、離婚に至る経緯、夫婦間での出来事等もある程度明らかにしなければ、視聴者は当該離婚の実態を把握できず、その事例を通じて一般的に離婚について考えることは困難となる。したがって、本件番組において、原告の離婚の事例も含め、離婚の事実を公表し、さらには当該離婚に至る経緯及びその過程での夫婦間の出来事をある程度公表する必要性は、たやすくこれを認めることができる。」
ここで裁判所が「公表する必要性」というのは、夫Xと妻Yの離婚原因についてであり、夫Xがどのような認識であったかを放送することは、公共性があるため、プライバシー侵害があったとしても違法ではない、と判断しています。
しかし、東京高裁はある事実に着目し、原告全面勝訴の逆転判決を言い渡しました。
2、第二審・東京高裁判決平成13年7月18日
〔凡例〕
夫X・・・証人
妻Y・・・控訴人
NHK・・・被告・被控訴人
(判決文)
「証人夫Xの証言によれば、夫Xは、被控訴人(NHK)に対して控訴人(妻Y)から犯罪取材するのであれば本件番組の取材に協力しない又は本件番組への出演を拒否すると述べたことが認められ、このことから被控訴人は、あえて控訴人から取材しないで、夫Xからのみ一方的に取材して本件番組を編集・制作し、これについて控訴人の違憲を聞かずに放送したのであるから、被控訴人が可能な取材を尽くし、かつ、控訴人の名誉及びプライバシーを侵害しないように注意する義務を尽くした上で本件番組を編集・制作・放送したとものとは到底言い難く、被控訴人に…真実であると信ずるにつき相当の理由があるということはできない。」
「被控訴人は、本件番組は特定の夫婦の離婚原因及び離婚過程の追究とその公表を目的又は内容とするものではなく、中高年夫婦の離婚の急増という社会状況を踏まえて、中高年夫婦の離婚という社会一般の関心事を取り上げ、中高年の男女が自らの離婚体験を基に離婚の際の心情を淡々と語り、その認識を紹介すること等によって社会一般の中高年夫婦の参考にしてもらおうという社会的意義を有するから、プライバシーに係る事項の公表が含まれていても、違法とはいえないと主張する。
しかしながら、離婚の経過や離婚原因は、関係当事者にとっては極めてプライベートな事柄に属し、しかも、通常この点についての関係当事者の認識ないし言い分は必ずしも一致せず、ときには鋭く対立することが多いものである上、夫Xやその妻である控訴人Yのような無名の一私人のそれは、それ自体は社会の正当な関心事ともいえないものであるから、これを取り上げて放送するに当たっては、この放送によって関係当事者が特定される恐れのないような方法をとるか、そうでない場合には、いかに公共性のあるテレビ番組であっても、関係当事者の承諾を得、双方からの取材を尽くし、できるだけ真実の把握に努めることを要するものというべきところ、被控訴人がそのような努力を怠ったことは、前記のとおり明らかである。したがって、本件番組が被控訴人が主張するような公共性を有することの一事をもって、本件番組が控訴人のプライバシーを公表しても違法とならないとすることはできない。なお、付言すれば、夫Xが控訴人妻Yからの反対取材を拒否していたことは、被控訴人が控訴人から本件番組の放送について承諾を得ず、また、反対取材をしなかったことを何ら正当化するものではない。むしろ、夫Xがこのように控訴人からの反対取材を拒否したということは、本件番組のための取材に対する夫Xの発言等が反対取材等の裏付けを欠く夫Xの一方的な発言となることを意味するものであるから、被控訴人としては、夫Xの反対にもかかわらず、控訴人妻Yから反対取材等をして、夫Xの発言等が真実であるかどうかを検証するか、又は夫Xからの取材を諦めて、夫Xとその妻である控訴人Yの離婚に係る事項については放送を中止するべきであったのである。
また、被控訴人は、本件番組が公共放送機関である被控訴人が前記のような目的で、すなわち、国民の知る権利に奉仕する目的で制作・放送したもので、営利を目的とするものでもないから、このような場合、プライバシーの公表があるからといって直ちにそれが原則違法行為になるとする判断は、行き過ぎであるとも主張する。しかしながら、被控訴人が公共放送機関であり、本件番組が営利を目的として制作・放送したものでないからといって、当然に真実と異なる事実を放送して他人の名誉を侵害したりプライバシーを後方することが許されるといえないことは明らかであり、被控訴人の右主張も採用することができない。」
前回記事で指摘したように、東京高等裁判所は、放送内容が虚偽であったことに加え、NHK側が反対取材等、真実を明らかにする努力を怠ったことは、何ら正当化することはできない、と判断しています。
3、最高裁も基本的には東京高裁の判決を支持(最高裁判決平成16年11月25日)
被控訴人(NHK)が上告したため、最高裁は平成16年11月25日に判決。
二審で認められた訂正放送を命じた部分について、これを規定した放送法4条は、訂正放送規定は放送局が自律的に訂正放送を行うことを義務づけたものであり、被害者が裁判で訂正放送を求める権利を認めてはいないと判断。この部分のみ訴えを棄却して終結しました。
しかし、損害賠償については、判決文の末尾においてNHK側の上告を棄却しており、NHKが違法な捏造放送を行った事実と、損害賠償を認めた二審判決を支持しました。
4、【重要】反対取材を行わない離婚報道は、違法の可能性がある
この裁判で確立されたポイントは、この見出しの通り、反対取材等を行うことなく、プライバシーを侵害する報道を行った場合、不法行為(民法709条)が成立する、というものです。
類似の判例に、柳美里氏の小説、「石に泳ぐ魚」事件(最高裁判決平成14年9月24日)があります。これは、実在の大学院生をモデルに書かれた小説が、この大学院生を特定し得る内容の描写があったため、やはりプライバシー侵害を認め、損害賠償や出版物の一部差止めが認められたものです。
裁判所としては、
①プライバシーに配慮しない形式の表現行為(小説の発表、離婚問題の放送)は、原則として違法
②公共性がある場合(違法性阻却事由)は例外だが、反対取材を行う等、真実を究明する注意義務を怠った場合は違法
と考えていることが分かります。
5、妻の苦闘は報われたかのか
しかし、妻Y自身は、苦闘が報われたのか、というと否定的にならざるを得ません。
提訴から8年後の最高裁判決で得られた賠償金額はわずか130万円。うち30万円は弁護士費用として認められた部分に過ぎません。
本件裁判では、少なくとも4名の弁護士がこの訴訟を担当しています。金額から考えると、ほとんど手弁当であったことでしょうが、妻Yが実費負担した部分も相当額であったはずです。
最高裁判決の2日後、NHKは約5分間にわたる、訂正と謝罪放送を行いましたが、放送からは8年が経過していました。すでに世間では旧聞に属する話です。妻の社会的名誉はほとんど救済されなかった、とみるべきでしょう。
しかも、この裁判で示された教訓は、その後も生かされることはなく、偏向報道は繰り返されました。
6、その後も繰り返されたメディアの偏向報道
平成28年3月、千葉家庭裁判所松戸支部で画期的な判断が下されました。
面会交流を積極的に容認する親に親権を認める、いわゆるフレンドリー・ペアレント・ルールが、初めて認められたのです。
その後の報道は、親権が認められた元夫に好意的な報道一色となり、元妻についてはほとんど反対取材がされていません。
しかし、翌年1月、控訴審である東京高裁は、親権者を元妻とする逆転判決を言い渡しました。
この時、東京高裁はフレンドリー・ペアレント・ルールを主張する元夫が、積極的なメディア展開をしたことによる落ち度を指摘していますが、これもメディアに取り上げられていません。
こうした一面的な偏向報道は、いわゆる虚偽DVをめぐる裁判でも繰り返されました。
いずれもその後にメディアによる自己検証が行われたことはありません。
なお、筆者(foresight1974)は、本記事を掲載する前、NHKに対し、「生活ほっとモーニング」事件について、最高裁判決を受け、NHKが自ら取材過程を内部で検証した事実があるか問い合わせを行いましたが、回答は得られませんでした。
この事件については、BPO(放送倫理・番組向上機構)において、1度だけ意見交換が行われた記録があるのみです。
7、憲法学者が警鐘を鳴らす、「不公平な情報流通」
2020年2月、東京・恵比寿の日仏会館にて、離婚後共同親権をテーマとするセミナーが開かれました。
ここで、本件控訴審判決を改めて紹介したのが、木村草太東京都立大学教授です。
木村教授によれば、離婚後共同親権をめぐる報道においても、客観的な情報流通が阻害されている、という問題提起をしています。
例えば、推進派は離婚後共同親権が「選択的」なのか「強制的」なのか、あえて不明確にしたまま、あたかも自由に「選択」できるかのような幻想をまいて主張している、といいます。
そして、本件控訴審判決について「我々の日常生活でもよく分かる事で夫や妻・恋人と喧嘩をした時にどちらが悪いかお互いの言い分が全て一致するとは、あまり考えられないわけです。従って、報道は特に注意して一方の当事者だけではなくもう一方の当事者が何故そのような状態になったのかについてすぐ取材をすることが重要と思われます。
この問題は有識者にも相当数の当事者が居ると思われ情報流通の公平性の確保が非常に重要な課題という事になるかと思います。」
と、その意義をコメントされており、離婚後共同親権においても、不公平な情報流通が数多く存在している事実を指摘しています。
本連載においても、離婚後共同親権に関して、アンフェアな内容の報道を適宜取り上げ、検証を続けていきたいと思います。
【参考文献】本連載(2)(3)を合わせて
判例タイムズ1077号157頁
家永登「裁判例に見る家庭内別居の諸相(1)」専修法学論集第126号
梓澤和幸「報道被害の現場」
http://www.azusawa.jp/houdouhigai/hi-03.html
※注記
本記事7でご紹介した、木村草太教授のコメント部分は、2020年2月16日に開催された、日仏会館離婚後共同親権セミナーにおける同教授の講演内容を、当日出席した筆者(foresight1974)、筆者の妻、同じく出席されたai sawadaさんが記した速記メモ等から、三者の資料を突き合わせて再現したものであり、講演内容をほぼ正確に再現しております。
ai sawadaさんには、平素から貴重な情報のご提供をいただいております。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。
(了)
【次回】
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