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【離婚後共同親権】”子の連れ去り”本当に違法なのか(1)

上記の発言は、離婚後共同親権制度を推進する国会議員による、”子の連れ去り”に関する発言です。

”違法性阻却事由”という言葉がありますが、これは条文上の違法行為に該当する場合でも、正当防衛や緊急避難など、やむを得ない例外的な事情があれば違法とならない、とされるものですが、この議員の発言では、“子の連れ去り”は原則違法と考えている、ということになります。

果たしてこれは正しいのでしょうか?
実はとんでもない、”意図的な間違い”が混ざっています。

※後述するように、「連れ去り」という表現自体がそもそも間違いですが、本記事ではあえて推進派への皮肉を込めて、この表現を用います。

1、そもそも“子の連れ去り”ってなに?

共同親権推進派が主張する「子の連れ去り」とは、実は法律上の定義はありません。(その言葉自体がすでに創作です)
一般的には、配偶者の一方が、相手方の同意なく、子どもを連れて避難・転居(別居)する行為をそのように呼んでいますが、正しくは、これらの行為は「子連れ避難」「子連れ別居」というように表現します。
まともな弁護士ならば、「連れ去り」などと、あたかも誘拐を想起させるような表現をして、やっとの思いで別居した人を傷つける仕打ちをすることはありません。

2、「子の連れ去り」に対する法的手段

こうした事案が発生した場合、「連れ去られた」と主張する配偶者には、子どもの引渡しを要求するため、法的に争う方法がいくつかあります。

①民事訴訟による方法
皆さんが裁判所に訴えるというと、真っ先に思いつく方法ではないでしょうか。
法的には、親権者であることを根拠にした妨害排除請求権を裁判上行使するという方法を取ります。

②家事事件手続法による方法
ちょっと難しい言葉ですが、子の監護に関する処分の審判における引渡命令と審判前の保全処分、という方法を取ります。

③人身保護請求
人身保護法という法律によって、引渡しを要求する方法です。

①②については、後日改めて調査レポートを執筆しますが、今回は③を取り上げたいと思います。
というのも、この方法が、従来、「子の連れ去り」なる事案において、まっさきに、かつ、頻繁に利用された方法だからです。

※③人身保護請求が頻繁に使われた理由(ざっくり)
・手続きが迅速だった。
 (①は正式の裁判となるため、長くかかってしまう)
・家庭裁判所での親権者を定める、面倒な手続きがいらない。
 (調停委員に余計なことを聞かれない)

3、人身保護法の条文と裁判例、その問題点

人身保護法第2条第1項
「法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者は、この法律の定めるところにより、その救済を請求することができる。」

人身保護規則第4条
「法第二条の請求は、拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分がその権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限り、これをすることができる。但し、他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によつて相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白でなければ、これをすることができない。」

【裁判例】
最判昭43.7.4によれば、裁判所は、夫婦いずれかに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として子の拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決する、とされていました。
夫婦の一方の「監護の下におかれるよりも、夫婦の他の一方に監護されることが子の幸福を図ること明白であれば、これをもって、右幼児に対する拘束
が権限なしになされていることが顕著であるというを妨げない」とし、請求者の側に幼児を移すことが子の幸福にとって明白ならば、(たとえもう一方配偶者に親権があったとしても)、それは人身保護規則第4条にいう「顕著な違法性」にあたるというのです。

【問題点】
しかし、この判例には、
・「子の幸福」を決めるためには、家庭裁判所調査官による専門的調査による方がふさわしいのに、人身保護法の手続きではそれが利用できない。
・そもそも人身保護法の条文にそんなことは書いていない。
・人身保護法はもともと、国家権力による不当な拘束による救済手段の法律であり、子の奪い合いの事案に対応する法律ではない。
・家庭裁判所による手続きをすり抜ける、安易な利用が乱発される。
・人身保護法は刑事法の一種であり、あたかも訴えられた側(子連れ避難・別居した側)が、法的には犯罪者同様の扱いになる。※法律上国選弁護が可能です。
といった問題点が挙げられます。

3、最高裁判所は「子の連れ去り」をどのように考えているのか?(最判平5.10.19)

こうした問題点や批判を踏まえ、現在の最高裁判例は次のように考えています。

(上記昭和43.7.4の判例について)
「この場合において、拘束者による幼児に対する監護・拘束が権限なしにされていることが顕著である(人身保護規則四条参照)ということができるためには、右幼児が拘束者の監護の下に置かれるよりも、請求者に監護されることが子の幸福に適することが明日であることを要するもの、いいかえれば、拘束者が右幼児を監護することが子の幸福に反することが明白であることを要するものというべきである(前記判決参照)。けだし、夫婦がその間の子である幼児に対して共同で親権を行使している場合には、夫婦の一方による右幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきであるから、右監護・拘束が人身保護規則四条にいう顕著な違法性があるというためには、右監護が子の幸福に反することが明白であることを要するものといわなければならないからである。」

4、注目された可部裁判官の補足意見

この判例において、注目されたのは可部恒雄裁判官の補足意見です。
(補足意見)
「人身保護法及び人身保護規則を有するわが国において、共に親権者である夫婦(父母)の一方が他方のそれを排除して幼児を監護している場合に、その監護(拘束)が人身保護法二条にいう「法律上正当な手続によらない」ものであるか否かを、右の観点から決するのは、文理に副わない憾みを免れない。
(略)
たとい別居中であるにせよ、夫(父)又は妻(母)は、いずれも幼児に対する親権者であることに変わりはなく、夫婦の一方が(他方と緊張関係にあるにせよ)その親権に基づいて幼児を監護している場合に、その監護を目して人身保護法また同規則にいう「拘束」に当たるとすることは、その監護が幼児に対する虐待等の非難を受ける余地のない、その意味で通常の状態にあるものである限り、元来、制度の趣旨に副うものとはいい難い側面があろう(親権に基づく幼児の監護については、もともと「権限」の有無を論ずる余地はない筈のものである)。
かかる事案において、安易に人身保護請求を容認することは、もとより当を得ない…
(略)
本件にみられるような共に親権を有する別居中の夫婦(幼児の父母)の間における監護権を巡る紛争は、本来、家庭裁判所の専属的守備範囲に属し、家事審判の制度、家庭裁判所の人的・物的の機構・設備は、このような問題の調査・審判のためにこそ存在するのである。しかるに、幼児の安危に関りがなく、その監護・保育に格別火急の問題の存しない本件の如き場合に、昭和五五年(家事審判法)改正による審判前の保全処分の活用(注)を差し置いて、「請求の方式、管轄裁判所、上訴期間、事件の優先処理等手続の面において民事刑事等の他の救済手続とは異って、簡易迅速なことを特色とし」「非常応急的な特別の救済方法である」人身保護法による救済を必要とする理由は、とうてい見出し難いものといわなければならない。」

5、【結論】最高裁判所は「子の連れ去り」を否定。「子連れ別居」「子連れ避難」は適法だといっている

上記判例をざっくり3ポイントでまとめます。

【重要】①最高裁はもとから「子の連れ去り」とか言ってない。子連れ避難、子連れ別居は親権者である以上、原則適法(合法)。

②別居中の夫婦の子どもの保護については、家庭裁判所の手続きによるべき。

③人身保護法の安易な濫用は慎むべき。

この3点は現在も維持されている(判例変更されていない)最高裁判例です。
この結果、年間1万件ほどあったといわれる人身保護請求ですが、安易な濫用が反省され、100分の1ほどに激減したといわれています。

【結論】
冒頭の串田議員の発言は意図的な間違い。原則違法ではなく、原則合法。

6、最後に

冒頭にご紹介した串田議員。実は弁護士資格があります。
難関の司法試験を突破した専門家だって、平気で”意図的な間違い“をおかすのが、離婚後共同親権推進派の恐ろしいところです。

なぜ間違いが意図的だと断定できるのか?
実は、私が調査した裁判例は、どの民法の教科書にも載っている基本判例だからです。
有斐閣が出版している「民法判例百選」にも掲載されています(45事件)。判例百選は学者・実務家はもとより、学生が法律を勉強する際に最初に参照する書籍の1つです。
こんな基本文献に載っている判例を、プロの弁護士は見落とすでしょうか?

離婚後共同親権推進界隈においては、支持者に良い顔したいばかりに、都合の良い間違いをおかす大人がいっぱいいるのです。
くれぐれもご注意を。

補論1:明白性の要件の具体例(2020.7.10追記)

上記最高裁判例の補足です。

どのような場合に「顕著な違法性」が明白だといえるのか。最高裁判所は次のように考えています。(最判平6.4.26)

①他方の配偶者の親権の行使が、家事審判規則52条の2の審判前の保全処分等により実質上制限されているのに、配偶者がこれに従わない場合

②幼児が、一方の配偶者の監護の下で安定した生活を送ることができるのに、他方の配偶者の監護の下に置いては著しくその健康が損なわれ、もしくは満足な義務教育をうけることができないなど、他方の配偶者の幼児に対する処遇が親権の行使という観点から容認することができないような例外的な場合

この①②いずれかに該当するシングルマザーの方は、そうそういないと思われます。
最高裁判所は、子連れ避難、子連れ別居の違法性の判断を、きわめて厳格に考えていることがうかがわれます。

補論2:明白性の要件が認められた裁判例(2020.7.10追記)

(1)離婚調停中に調停委員からの勧めのもと、合意によって一時的に夫に子どもを預けたところ、夫が合意に反して子どもを返さず、住民票まで移転させた事案(最判平6.7.8)

(2)離婚調停中に調停委員の勧めのもと、合意によって面接交渉を実施ししている最中に、夫が子どもを強引に連れ去った事案(最判平11.4.26)

補論3:子連れ避難・別居の後、単独親権者が決まった場合における、人身保護請求(2020.7.10追記)

なお、子連れ避難・別居が完了した後、離婚後において、親権者が別居親と定まった場合については、人身保護請求がストレートに認められるのが原則でした。

上記判例で、人身保護請求が制限されるのは、あくまで子連れ避難・別居した当時、親権者であったからです。

ケース①最判平6.11.8

拘束が権限なしにされていることが顕著であるかどうかについての平成5年の最高裁の判断基準は、「夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求する事案につき適用されるものであって、法律上監護権を有する者が監護権を有しない者に対し、人身保護法に基づいて幼児の引渡しを請求する場合は、これと全く事案を異にする。」
「法律上監護権を有しない者が幼児をその監護の下において拘束している場合に、監護権を有する者が人身保護法に基づいて幼児の引渡しを請求するときは、請求者による監護が親権等に基づくものとして特段の事情のない限り適法であるのに対して、拘束者による監護は権限なしにされているものであるから、被拘束者」監護権者である請求者の監護の下に置くことが拘束者の監護の下に置くことに比べて子の幸福の観点から著しく不当なものでない限り、非監護権者による拘束は権限なしにされていることが顕著である場合(人身保護規則四条)に該当し、監護権者の請求を認容すべきものとするのが相当である」

ケース②最判平11.5.25

別居後、事実上子どもを監護養育していた夫に対し、その後の離婚訴訟で親権者と認められた妻が人身保護請求を求めた事案
「被上告人(夫)の監護が平穏に開始され、被上告人の愛情の下にその監護が長期間続いていること、非拘束者が現在の生活環境に慣れ、安定した生活を送っている等の事情は、上告人(妻)による監護が著しく不当なものを基礎づけるものではない」
として、妻からの人身保護請求を認めた。


※補論1~3の〔出典〕
渋谷元宏・渋谷麻衣子「親権・監護権をめぐる法律と実務(改訂補版)」清文社

(了)

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