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【離婚後共同親権】世論はどのように操作されるのか(1)「欧州議会の非難決議の報道をめぐって」(2021.5.22更新)

【マッチポンプ】
自分で問題やもめごとを起こしておいてから収拾を持ちかけ、何らかの報酬を受け取ろうとすること。また、その人。マッチで火を付けてポンプで消火するという二役を一人でこなす意。(小学館「デジタル大辞泉」より)

不透明な採択プロセス

日本人親の子ども連れ去りに、世界がNO! EU議会が政府に禁止要請 変わるか社会通念(佐々木田鶴) | 2020/7/15 - 47NEWS 

7月8日、欧州議会は、日本国籍とEU籍の両方を持つ子どもを日本人の親が連れ去ることを禁止するよう求める決議を、圧倒的賛成多数(賛成686、反対・棄権9)で採択した。(上記記事より)

このニュースに、離婚後共同親権の導入を主張する皆さんが沸き立っています。

一例を挙げると、不登校やニートなど、様々な若者問題にも取り組んでいるNPO法人の代表を務める田中俊英氏は、ブログで「もしかして、次期臨時国会に、親権の改正法案が提出されるのでは、という期待も関係者の間ではあるようだ。」と述べ、日本国内の議論の進展に期待感を示しています。

田中俊英「ついに日本も「共同親権国」になりそうだ~EU本会議決議、法相会見」(BLOGOS)

しかし、一方でこの非難決議の採択をめぐって、不透明な経緯があります。

前掲佐々木氏の記事によれば、「今回は、フランス人、ドイツ人、イタリア人2人の合計4人の当事者による請願から始まった。」とのことですが、わずか4名の請願だけで、欧州議会が動くとはちょっと考えにくい。
調べてみると、次のような経緯が確認できました。

欧州議会の請願委員会のサイトによると、この"当事者たちの請願"は、2019年7月~9月の短い間に、まるで示し合わせたかのように行われたものです。

https://www.europarl.europa.eu/petitions-content/docs/petitions/petition-0594-2019-en.pdf
https://www.europarl.europa.eu/petitions-content/docs/petitions/petition-0841-2019-en.pdf
https://www.europarl.europa.eu/petitions-content/docs/petitions/petition-0842-2019-en.pdf
https://www.europarl.europa.eu/petitions-content/docs/petitions/petition-0843-2019-en.pdf

これらの4つの請願は、主張も極めて類似しています。

この4つの請願をマネジメントしているとみられる団体が、Japan Child Abduction(@JChildAbduction)と名乗る団体です。
twitterアカウントは、2018年3月から開設されており、ヨーロッパの各新聞社へのPRなど、巧みなロビイングを行っていました。

上記団体のHPでは、パートナー団体の一覧を各国に確認できます。

冒頭の欧州議会決議が採択された直後、このような謝辞をツイートしているほか、今回の請願に関わったドイツ、イタリアの関係者と連絡を取り合っているとみられるツイートを確認できます。

国内でこれに呼応した動きをしたのは、「NGO子どもオンブズマン日本」と名乗る団体です。
2019年9月、請願が行われて間もなくのことですが、東京で行われた院内集会の直前、関係者とみられるアカウントが、次のようにツイートし、欧州議会の請願を念頭に置いた報告を行う旨、予告しています。

このNGOの事務局長は、鷲見洋介氏。この3ヶ月後(2019年12月)に重要な役回りを演じています。

12月1日~4日、フランスの上院議員であり、与党「共和国前進」に所属するRichard Yung氏が来日した際、離婚後共同親権の導入を主張する3つの当事者団体関係者と東京で面会していますが、そのうちの1人が鷲見氏です。

フランスは、日本の「子の連れ去り問題」に最も関心の高い国の1つです。2020年2月には日本への非難決議が採択されたほか、マクロン大統領が直接安倍首相へ懸念を伝えるなどしています。

実は、Yung氏が来日する前月(2019年11月)、同氏が所属するフランスの政府与党であり、欧州議会にも議席を持つ共和国前進(欧州議会では欧州刷新に所属)は、欧州議会に対し、「実子誘拐」に関する決議案を欧州議会へ提出していました。(ツイートは「共和国前進日本委員会」を名乗るアカウントのもの)

上記のツイートに列挙されている@RaptEnfantJaponというアカウントは、Sauvons Nos Enfants Japonと名乗る団体で、前掲Japan Child Abductionのパートナー団体として名前を連ねています。

ここまでの"状況証拠"をまとめてみると次のようになります。

<まとめ>
①2020年7月の欧州議会非難決議は、欧州から日本への「子の連れ去り」を非難する欧州の複数のNGOが、日本のNGO(子どもオンブズマン日本)と連携して仕掛けたものと考えられる。

②子どもオンブズマン日本は、事前に情報を掴んでから、非難決議案を出した政党の議員(Yung氏)に接触している。2019年12月のフランス上院議員の視察は、いわばためにする結論を得ることが目的で行われた可能性がある。

③2020年7月の欧州議会非難決議を受けて、日本での離婚後共同親権制度を導入することを主張する人物・団体の中に、①②の連携に関わった、あるいは事前に情報を知っていた人物・団体が数多く含まれている可能性が高い。


まあ、こうしたロビイング活動は一般的に行われるものですし、必ずしも"悪い”ものだというわけではありません(マッチポンプだとは思いますが)。

問題なのは、こうした策動で、あたかも「国際世論」なるものが形成されているかのように創作する方々と、こうした「ガイアツ」に右顧左眄し、安易な離婚後共同親権導入論に与してしまう方々です。

少しはモノの良し悪しを自分の頭で考えていただきたいものです。

EUは本当に実態を理解しているのか?

愚痴はこのくらいにして、このニュースについて疑問点をいくつか示します。

日本国内は、「欧州の進んだ法制度はスバラシイ!」的報道一色ですが、実際の非難決議案を読んでみると、欧州の政治家たちが考える離婚後共同親権(監護)制度は、考え方の前提において、日本の現実といくつかの決定的相違点がみられます。

【相違点①】日本と欧州との親権(監護・養育)との違い
後日記事にしようと思っていますが、実は、日本の親権制度と欧州の監護・養育制度は考え方が大きく異なります。
そもそも言葉の捉え方が違う。
法務省によれば、日本の親権は、parental authority(親の権限)と英訳されていますが、欧州各国のはcustodyです。これはparental responsibility(親の責任)であり、権限でも権利でもない。
日本では、単独親権違憲訴訟にみられるように、親の子育てを権利と考えている人々が離婚後共同親権を主張していますが、欧州の政治家たちは、そう考えていません。
ところが、非難決議を読む限り、そもそも欧州議会やフランス議会の政治家たちが、こうした法的概念の違いを認識したうえで、子の連れ去りを非難しているとは考えにくいです。

<参考>日本と欧州との親権・監護権に関する法的概念の違いについては、小川富之「欧米先進諸国における「子の最善の利益」の変遷」(所収:「離婚後の子どもをどう守るか」(日本評論社))に詳細な解説があります。

【相違点②】欧州ではなぜ子の連れ去りを「違法」としているのか
次回取り上げる、欧州議会の非難決議を読んでみると、そもそも日本と前提が異なります。
欧州では、親が監護・養育責任を全うさせるために、相手方の同意のない子の連れ去りが違法化されている、と考えられています。なぜなら、子の連れ去りによって親が監護・養育の責任を全うできないことは、その受益者である子どもの最善の利益に対する侵害だから、と考えるからです。
同様の発想から、子への虐待やファミリーバイオレンスの処罰はもちろんのこと、養育費の不払いは罰金や収監の対象です。
また、例えばイギリスでは、最近、DVがあった場合においても子の最善の利益の侵害とみなすよう法改正が行われる動きがみられます。家庭内の暴力・ハラスメントは、誰から誰であろうと、それ自体が子の最善の利益に対する侵害だという考え方に変わってきています。
ところが日本では、養育費の低調な支払い状況にみられるように、離婚後の子の養育・監護について、親(特に別居親)が十分な責任を果たしているとはとてもいえず、これに対する法的な制裁手段がきわめて貧弱です。
虐待に対する保護のシステムも同様ですし、DVにいたっては、いまだに子の監護とは別問題だと主張する学者すらいます。
日本では、一方で欧州の法制度を極端に礼賛しておきながら、その前提の理解が一知半解ともいうべき議論が横行している、というのが悲しい現状です。
この点、欧州議会やフランス議会の政治家がこうした調査を尽くした痕跡は全くありません。

<参考>イギリスの法改正の動きについては、長谷川京子「戸籍事務関係者のための家事事件概説・アラカルト/第7回先進諸国は子どもと家族への安全危害から「離婚後共同」を見直し始めている」(戸籍995号11頁以下)に詳細な解説があります。

【相違点③】司法インフラの決定的欠乏
この点も決定的誤解があるところで、日本では離婚後共同親権を運営するための司法インフラが決定的に欠乏しています。
まず予算。国家予算に占める割合は、わずか0.4%程度に過ぎず、各国と比較しても極端に少ないというのは常識といっていい事実ですが、しかも近年、この割合は低下の一途を辿っています。
つまりカネを使うつもりが全然ない。
もう1つ、見落とされている点、それは公的介入というシステム保障の欠乏です。
東北大学で長年教鞭をとられ、現在、白鴎大学に移られている水野紀子教授が長年にわたって指摘し続けている点ですが、日本の家族法は、もし問題が生じた際に当事者間の協議に委ねる規定(白地規定)を多用しています。そのため、家族構成員間の本質的平等や子の最善の利益といった民法の理念を実効化するための手続が不備なまま、いわば「家族の私的自治」に委ねられ、合意の欠陥を是正するシステムを備えていません。
以前、水野教授は、講演か書籍か失念したのですが、フランスで日本の協議離婚制度のことを話したら、そんなものはフランスでは憲法違反だ、と大変驚かれたと紹介されていました。
おそらく、今回の非難決議に賛成した欧州の政治家たちは協議離婚制度などのアンフェアな離婚制度のことなど、存在すら知らないでしょう。明らかに欧州同様の充実した司法制度を前提として要求をしています。

<参考>水野教授の指摘した問題点については、水野紀子「家族をめぐる観念と法手続に関する一考察」(山元一・但野雅人・蟻川恒正・中林暁生編『辻村みよ子先生古稀記念・憲法の普遍性と歴史性』日本評論社153~172頁)をはじめ、数多くの論考において指摘がなされています。

ということで、次に浮かぶ疑問です。

なぜ、こんなズレた要求がやってきたのか

結論は簡単。
一方当事者のみの意見しか耳を傾けていないからです。

当noteでおいおい取り上げていきますが、彼らはなぜか一方当事者の意見しか耳を傾けていません。

今回の非難決議にあたっても、Yung氏がヒアリングしたのは、いずれも離婚後共同親権推進派団体のメンバーだけです。
ハナから結論が決まっている。
取り上げたマスコミも同じ。

そのような一方的態度が、どのような被害を当事者にもとらしてしまったのか、実際の裁判例を題材に、次回以降の記事でおいおいご紹介していこうと思います。

(本記事は、2020年7月に公開以降、何度か内容を手直しし、説明の補足、参照文献等の追加を行っています。)

【次回】

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