河内音頭にのせまして(フラッシュフィクション2000字)

蒸した夜に、白熱灯の光がつらなる。人いらの喧騒。
真ん中にそびえるまだ空っぽの紅白の櫓。予感だけで腕が動き出す。

絶対一緒に食べよな、って言ってたフランクフルトとタコせんは食べしたし、ザベスがアップする用の浴衣の写真も一緒に撮った。クラスの子とか一年のとき一緒やった子に会うたび浴衣ほめあって、写真撮って、も十二分にやった。そろそろ踊る準備してもいい頃のはず。
それにスーパーボールすくってるくらいから、ザベスもロボコップみたいに周りを見回してるんに、うちはちゃんと気づいてる。
「ラインしいや」
「え?」
「ハシゲと回りたいんやろ? めっちゃ探してるやん」
「バレてた? うわ、めっちゃ恥ずいやん。でも、うちは一緒に回りたいとかそういうんちゃうくて、ちょっと会って話せたらそれで十分やねん」
「とりあえず電話しよ」
「ちょ、無理やし! マジで無理!!」
櫓の上では自治会の人たちが準備を始めてる。けどザベスはまだ呪文のように無理無理を唱えてる。

ザベス、ちゃうんねん。うちは河内音頭を踊りたいだけねん。

「よ」
後ろから声がして振り返る。二人ともすごい顔してたと思うし、ハシゲは多分、モテ期来た、と思ったと思う。でも次の瞬間、うちはもっとすごい顔してたと思う。
「お待たせしました、河内家菊水丸 一座の御登壇です」
司会の紹介で着流しの三人が上がってくると、櫓が魔法みたいに光り始める。歓声を上げながら、人が吸い寄せられていく。
「うち行かな」
ザベスは完全に好きが限界を迎えてる顔で、ハシゲも明らかに目が泳いでて、二人を残していくのは忍びない。けど、うちにはもう時間がなかった。
「ごめん、踊らなあかんねん」
戸惑う二人に手を合わせると、急旋回して櫓を目指した。

「それでは皆さん、参りましょう」
菊水丸の合図で和太鼓とギターの囃子が鳴り始める。慣れない下駄で走りにくい。でも必死で櫓に向かって走る。なんのために浴衣着てきたと思てるん、踊るためやぞ!

〽︎イヤコラセェ ドッコイセ

回り始めた輪にギリギリで滑り込む。一年ぶりやから忘れてる。櫓に一番近い輪を作る、揃いの浴衣を来たおばちゃんたちの真似をする。
両手上げて片手開いて戻して、開いて戻して、もう一回開いて戻したら、斜め下に流して、流して、開いて、チョン。
手踊りは簡単。同じ動きを繰り返して、櫓の周りを囲んで回り続ける。慣れて来ると、リズムに体が溶けていく。

〽︎八百屋の娘で名がお七 吉さん恋しと火をつけた

唄は物語になってる。物語は進んでく。でもうちらは同じことを繰り返す。
宇宙みたい。
真っ直ぐ進む時間の周りをただくり返すだけの時間が回ってく。河内音頭は宇宙。宇宙がうちの夏をのみこんでく。

唄がやんで音がやむ。踊ってた人たちが櫓に向かって拍手する。うちも精一杯たたく。浴衣の中が汗ばんでる。

「さてお次は長くなります。皆様の体がついてくるまで今宵は謡い続けましょう」
音が鳴って、また輪が動き出す。さっきとは動きが違う。前に行ったり後ろに引いたり、内側向いたり。うちわ片手に軽快に踊る隣のおっちゃんの真似をしようとするけど、独自のアレンジが凄すぎる。揃いの浴衣のおばちゃんたちとの間には輪が増えて、はっきり見えへん。周りの人の動きを断片的につなぎ合わせて、徐々に合わせてく。

一つ外の輪にザベスとハシゲがおって、仲良さそうにうちに手を振ってる。二人ともなんか大人っぽい。知らん小さい女の子が二人の間で踊ってる。
隣にいたはずのおっちゃんは、いつの間にか少年になってる。ねじり鉢巻にはっぴ着て、相変わらず軽快なステップを踏んでる。
揃いのおばちゃんたちは、おばあちゃんになってる。よぼよぼで輪の動きはめっちゃ遅い。それでもちょとずつ進んでる。
いつの間にか白い浴衣に包まれて泣いてた赤ちゃんのうちを、隣のお兄さんが拾い上げる。うちの体は大きくなって、お兄さんの腕から離れてまた一人で踊れるようになる。ヨボヨボになって倒れて、泣いて、また抱き上げられて。
誰かの腕の中、うちは遠くに菊水丸の唄を聞いてる。
目を開くと提灯のむこう、夜の空に図鑑で見たことある羽のある恐竜が飛んでて、森から伸びてきた長い首の恐竜がうちを咥えて歩き始める。めっちゃでかいぜんまいとかシダがそこかしこにはえはじめて、足下からは水が迫って来る。いつの間にかうちらは海の中にいる。アンモナイトとか、平べったいダンゴムシみたいなんとか、みんな一緒に泳いでる。

どこにいても、いつにいてもうちらは踊り続ける。
チョン、がやりづらいのは、ここが水の中やからなんか、自分がなにか、もう分からんからなんか。

水面の向こうで櫓が揺れてる。河内音頭が聞こえてくる。
円環する時間の中で、戻ってこない時間が鳴り響く。うちらは櫓の周りで同じことを繰り返し続ける。音頭に合わせて。音頭がやむまで。

〽︎ソォラァヨォイ ドッコイサ サァノォヨイヤアサァサ

うちの夏が宇宙をのみこんでく。宇宙には、河内音頭が鳴り響いてる。(了)


※ゲンロンSF創作講座に提出したものを、講評を受けて直したものです。
↓元はこちら
https://school.genron.co.jp/works/sf/2022/students/boundfornanba/6025/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?