1-9あるホテルの1866 (河東実)

昨晩21時、女の子とシティホテルに入った。大学4年の夏に出会った当時1年生のサークルの後輩。
久々に「覚えてますか?」と連絡が来た。イベントの前に2ヶ月近く毎日顔を合わせて話した子だから、数年経っても流石に存在を忘れることはない。「卒業も就職も決まったのでよかったら遊びませんか?」と誘って貰ったので食事をすることになった。めずらしく新人歓迎会ではお酒に手をつけなかった子で、「私ちゃんとお酒飲めるようになったんですよ〜」と、世間的に見ると男をイチコロにするような笑顔で話していた。そして、彼女が酔った頃、誘われてシティホテルに入った。しっかりと予約済みだったらしい。

昨日までは、童貞だった。

昨日の夜の感情は、きっとこの先一生忘れない。

……僕は、今も童貞だ。

僕は童貞を卒業することが、この先おそらく一生ないということがハッキリとわかった。無理矢理にでも卒業しようとしない限りは、の話。
ーーー性格も良くて、世間的には可愛い部類に入る女性を前にして、まったく興奮しなかったのだから。

……うーん。結論を出すのはまだ早いんだろうか。自分は女性に興味がないのか、あの子だから性欲を掻き立てられなかったのか。もしくは、肌の感触だとか見た目を超えた所に性欲を覚えて、快楽を感じる人間なのか。……よくわからないから、今は「女性には興味が湧かない」ということにして、それ以上を考えたり探索するのはやめにしよう。

目が覚めて、隣に彼女がいないことはすぐに受け入れられたけれど、メモが残されていた事に後で気がつく。
「10時くらいまでは2階のムンスにいますね」と書かれていた。
焦ってベッドサイドの電子時計を見る。現在8時半。何かを考え抜くには足りなくて、でも衝動的に行動するには長すぎる時間。いったい彼女は、どんなつもりで僕に会いたいと言ってくれて、そして昨日寝る前、いったいどんな想いをしたのだろう、と思った。そして僕自身、この感情をどう受け止めて良いものか、まだ整理がつかずにいる。いや正しくは、僕はだんだんと受け止めてつつあって、この気持ちを認めてつつもあって、それがこれまでの周囲との関係を著しく変える物になるのかどうかに不安を感じつつある……と言った方が正しいのかもしれない。
少なくとも、2階のムンスで待つ後輩には、もう少し整った文章が出来てから伝えた方が良さそうだな、と思った。ごめんね、という気持ちと、ありがとうという気持ち。いつになるかはわからないけど、どちらも伝えたいと思った。
気を紛らわせようと思ってテレビをつけた。教育番組にチャンネルを合わせると、なぜか僕が中学生頃の子供向け料理番組が再放映されていた。調べてみるとなんでも、最近の子供料理番組のお兄さんがバイクで轢き逃げの事故を起こしたそうで、過去のシリーズを流すことになったらしい。
そういえば、この番組に出ていた女の子も今頃はアラサーくらいになっているんだろうか。僕は毎週のようにこの番組を見ていたけど、女の子になりたいと思ったことはあっただろうか。この時は女の子に異性としての興味があった?彼女のようになりたいと思った?何に憧れていたんだろう?初恋って、果たして僕にはあったのか?でも、精通はしたことがある……。あれこれ本当にどうでもいいことを考えながら、なんだかんだ夢中で再放送を見終わる。10時が過ぎているかな、と思ったけれど、まだ9時にもなっていなかった。
どうやら、彼女にはきっちりと謝らなければいけないみたいだ。

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