1-3ある黄色いブランコの側 (横井まほ)
憧れていたカフェのバイトは、思ったほど華やかなものではなかった。
考えてもみれば当然。注文を受けて、お金を受け取って、コーヒーを淹れて、軽食を温めて、机とお皿と床を洗う。毎日がただその連続。カフェとメニューは華やかである必要があるけれど、私はそれ以上に華やかである必要はないどころか、そうであってはいけないから。
カフェ自体の雰囲気を損なわない程度に華やかに、なんて器用なことはできない。それで時給は最低賃金より少し上少し程度…?こんな仕事の一連が、華やかな訳がないんだよね。今考えれば、無理に「少しでも華やかにしてやろう」だなんて、思わなければよかった。なんだかんだでそれでもまだ3年このバイトを続けて、しかもインターンのお誘いの話まで来てしまってる。
MoonSwingのSNSアカウント「YOKO」は現在公開購読設定者3.2万人。可もなく不可もなく、という感じのマーケティング規模だと聞いた。思ったよりも、数万人フォロワーの実感はない。それもそう。特に自分のファッションなんかを発信してる訳でもないし、海外のフォロワーも多いし、私自信は裏アカウントもあるし、“ムンス”の公式アカウントに私のプライベートな写真を投稿することはないから。
バイトを始めたての頃は、本当に世の中にはいろんな人がいて、たくさんの人がカフェを使ってるんだなぁ……と思った、けれど、そう思ったのも3ヶ月くらいだった。案外、カフェを使っている人っていうのはそんなに多くもない。この店はリピート客が多いらしい。ご老人も思ったより多かった。 毎朝見かけるおじさん(毎回1000円ちょっとの会計。毎月2万円以上……よくそんなお金があるな、とも思う)とか、来るたびたいっつも違う女の子と一緒にいる人(多分私と同じ歳くらいなんだと思う)。
あとさ、毎週火曜日に来て少し大きめの声で騒ぐママ友達グループとか、「そんなに早く出るなら始めからテラス席を使ったら?」と思ってしまうくらい忙しない様子のサラリーマン。他の店舗にはよくいるみたいだけど、マルチ商法?の商談をしてる人にはまだ会ったことがない。
……というか、あたしの時給はいつになったら最低賃金から脱するんだろう。一時間働いて、ようやくカフェで心置きなく好きなものを頼める程度の時給。華やかには程遠い。今は華やかさなんて求めてもいないけど。
1日に数名に対してするように言われてるけど、カップに名前とメッセージを書くのが本当に苦手。ずっと毛筆を習ってたし、わざと崩して書くのも本当に嫌だ。なんか…魂を売ってるというか、コスプレしているような気持ちになる。カフェ店員をやって笑顔を振り撒いてる時点で、これもコスプレというならそうなんだけど。
「YOKO」って書いたら、大概私のことをヨーコだって思うでしょう?「横井」の「横」ですから。
「MAHO」って書いても、いまいちクールじゃないでしょ。21年付き合ってきた名前だけど、いまだに響きがあまり好きじゃない。あと1年私は「YOKO」で、それが終わったら「横井さん」と呼ばれる堅めの会社に入りたい。創業70年以上の上場企業。マーケティングの経験さえ活きれば良し。
…日本には70年以上前にカフェなんてあったのかな?喫茶??老舗でマーケティングなんて役に立つんだろうか。……どっかにあるか、きっと。
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