1−11あるホテルのムンス前(津田叶小)

昨晩は最低の夜だった。3年間ずっと好きだった先輩とホテルに泊まって、キスもできなかった。別に、それ以上を求めたりだとかーー初体験を済ませようとした訳なんかじゃない。
久しぶりに会ったのに、少々大胆に行動しすぎた気がする。引かれただろうか。最低だったとは言っても相手の行動がどうとかではなくて、ただ私の動機と行動と結果が全て最低で最悪だった。それが一番辛い。河東さんは全く悪くないのはわかってる。
こういう時には、大体横井に相談すると冷静で的確なアドバイスが貰える。でも今回ばかりは相談する気にはなれない。私の個人的な問題すぎるし、私の個性が起こした問題すぎるから。

「10時くらいまでは2階のムンスにいますね」なんて、何様だろうと自分で思ってしまうようなこっ恥ずかしいメモを置いて部屋を出てしまった。今すぐ走って部屋に戻って先輩に謝りたい。介抱させてごめんなさい、と。な〜〜〜にが「いますね」なんだか……、、「え、うん。勝手にコーヒー飲んでれば?」って感じなんだろうな……本当にごめんなさい……。
その気がない男性を、酔ったふりして(本当に酔ってたけど)ホテルの部屋に連れ込んで、何もなかったから拗ねて、「10時まで反省するか、私のいるカフェに来なさいよ?わかってるわよね?」とメモを残すとんでもない年下の女。とんだ地雷を踏んでしまったと思ってるんだろうな……。

何が恥ずかしいって、書き残して部屋を出たくせにムンスに入る勇気すらない事。
こういうチェーンのお店って、お父さんの会社のお店も含めて一人で入ったことないんだよなあ……。なんだっけ…チコ、メディアーノ、グランデ……?大学じゃ中国語しか取ってないからポルトガル語わかんないし……。というか、家でコーヒー飲んだことないからいまだによくわからないし…。
こういう時に、「じゃ、カフェやめとくか!」と言い合えたり、もしくは「え、よくわかんないけど入ってみようよ」と言ってくれる人が私には合っている。……残念ながら、河東先輩は、まだその対象だと思ってしまっている自分がいる。

「ごめん、9時近くになっちゃった。まだムンスにいる?」
先輩からメッセージが届いた。どうしよう。涙が出そうになる。
「ごめんなさい、お店の中がちょっと寒かったのでもう外に出てます」
「テラス席?ホテルのロビーとか?」
「はい、2階のロビーに」
「二日酔いとか大丈夫?そっちに行ってもいい?」
「すみません、大丈夫です。先輩もう帰りますよね?一晩もごめんなさい」
先輩の返信が通話に変わった。……どうしよう、どうしようと思って、切った。
「すみません、なんかロビーが静かすぎて、電話とか出ていいのかわからなくて」
「あ、そうだね。ごめん」
「叶小ちゃん、ごめん。僕出て行くからさ、部屋でゆっくりしなよ」
ホテルを出る時には、必ずロビーを通る。先輩が下りのエレベーターに乗ると同時に私が上りのエレベーターに乗りでもしない限り、どこかですれ違わなければいけない。

「じゃあ、部屋に戻ります、もし先輩がお急ぎじゃなかったら、少しお話しできますか?」

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