23時。今夜もオレは蘇枋の布団に勝手に入り、背中に腕を回す。

広い背中は案外薄い。そこにそっと顔をくっつけて蘇枋の温もりを感じる。

「すおぅ…」
意味もなく名前を呼んだ

「ん…」

小さな返事に安心する。返事をしてくれるだけで嬉しい。夜の蘇枋は、昼間の蘇枋とはまるで違う。昼間が太陽なら、夜は曇りだ。

ベールにでも包まれているかのように、蘇枋のことが見えない。わからない。蘇枋が何を考えているのか、オレのことをどう思っているのか。

聞きたいけど聞けない。怖い。
そんなやりきれない思いを振り払うように、オレは蘇枋をぎゅっと抱きしめる。

今では当たり前になった行為。自分が誰かを抱きしめるなんて…後にも先にも、蘇枋だけだろう。
それくらいオレの中で蘇枋は特別だった。もっと近づきたい、なんて思ってしまう。

蘇枋の腹のあたりで組んでいた手を、何気なく服の下に滑り込ませる。下着の下に手を入れると、ひんやりした肌に触れた。ほんの一瞬、蘇枋の背中がピクッと動いた気がした。

抵抗がないことをいいことに、オレはゆっくりと自分の手を動かす。冷たい肌が気持ちよかった。顔は背中に、手はお腹に当てて撫でるように触る。そうしてぎゅっと力を入れて蘇枋を挟み込んだ。オレは全身で蘇枋を抱きしめていた。

「すおぅ…すき」

言うつもりも、思ってもなかった言葉が口からこぼれた。言葉にして初めてわかった。蘇枋に対する感情。「好き」。オレは蘇枋のことが好きなんだ。純粋にコイツのことが好きなんだ。

オレの中で特に深い意味はなかった。「特別」な存在。大事な人。大切な人。強いて言えばそういう意味だろう。

いつのまにかオレの手は蘇枋の胸のあたりに触れていて、何かでっぱっているものを感じた。そこをきゅっと指でつまむと、大人しかった蘇枋が小さく声をあげた。

「んっ……。さくら……」
「もう我慢の限界だよ」

そう言って蘇枋はゆっくりとオレを振り返る。暗闇の中で動く気配と、オレを見つめる視線。蘇枋がこっちを向いたのはほんの一瞬。

オレは強引に向こう向きにされ、蘇芳の腕によって背中からホールドされてしまった。形勢逆転。さっきまでオレが蘇枋にしていたことを、今はオレが蘇枋にされている。

「今からオレがされたこと、桜にもしてあげる」
耳元で囁く声。

下着の下から伸ばされた蘇枋の手が、オレの肌に触れる。その手は思った以上に熱かった。ゆっくりとオレの腹筋をなぞる熱い手。動かされるたびにゾクゾクしてしまう。

「うぅ…ゎ。あっ…すぉ」
「きもちい?」
「うぅ…なんで……」
「あっ…そこダメっ…」

胸のあたりを触れられ身を捩れば、蘇枋が手でお腹を固定してしまう。

「こら。動いたらだめ。じっとしてなきゃ」

「桜がいけないんだよ。オレはずっと手を出さないようにしてたのに。もう限界だ」

そう言ってオレの腹と背中をしっかりと挟み、ぎゅと抱きしめてきた。全身に妙な快感が走る。

あ…そうか。そういうこと…

「すお、わかったよ。わかったから一旦離して」

スルスルと蘇枋の手が離れていく。

「おいで」
振り返ると蘇枋が両腕を伸ばしている。さっきとはちがう優しい雰囲気。

あぁ…。初日とおんなじだ。あの時もこうやって蘇枋が手を差し伸べてくれた。今度は迷わなかった。オレは真っすぐに差し出された腕の中に抱きついた。

思い出される蘇枋の温もりと匂い。背中を抱きしめているときには感じない、安心感がある。

落ち着くな…これ。
やっぱり好きだ
蘇枋の匂い。蘇枋の全てが…
すき。

「さくら、オレも好き」

あぁ。欲しかった言葉。

蘇枋のとった今までの行動…
何で背中を向けるのか
何でオレを見ないのか

今なら何となくわかる。たぶんオレに気づかせたかったのだろう。自分の気持ちに。オレが蘇枋を好きだと。ちゃんと自覚してほしかったのだと思う。

オレは理由をあえて聞かなかった。コイツなりのやり方だと思ったから。不器用で言葉足らずで、わかりにくい。それでもおれは、コイツの行動を蒸し返すことはしなかった。

蘇枋も自分の気持ちを伝えてくれたから。それで十分だった。もしかしたらオレと蘇枋の言っている「好き」はちがうのかもしれない。それでもよかった。

人を初めて「好き」だと思えた。幸せな気持ちで心がいっぱいになる。蘇枋に、好きな人に、こんなにも近くで触れている。

これが幸せなんだ。

「すおぅ、すきだよ」

もう一度言葉にする。

オレは安心して瞼を閉じた。今感じている蘇枋の温もりが明日の朝も続いていることを願って、オレは眠りに落ちた。








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