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『胡桃の箱』25 深まる謎


冬休みになり、僕は高崎に帰ってきた。この休みの間に、不動産の名義変更の手続きを進める予定だ。

いろいろと面倒くさいが、冬爺の年齢のことを考えると手続きは早く済ませた方がいい。実印を作り印環登録もしたが、無くすと怖いので、実印も印環登録書も母に預けた。

「気をつけないと、印鑑一つで全財産無くすこともあるからね」
 母が脅かす。
「分かってるよ」
「連帯保証人にならないことと、株に手を出さないこと。これが、古城家の家訓だがらね」
「はいはい、分かった、分かった。それは、耳にタコが出来るほど聞いたよ」
 僕は、心配する母から逃げるように食堂を出、冬爺の書斎に入った。

「おじいちゃん、東京で緑川さんに会ったよ」
「そうか。話は聞けたか」
「凄い話だった。内容は、口止めされているけど」
「ああ、言わなくても全部知っているさ」
「そうだよね。でさ、はるみさんはミハイルの孫の可能性が高いって」
「そうか。そうだったか」

いつになく祖父の顔は、紅潮していた。
「ミハイルが日本に来た時、日本の新聞を読むのを手伝ったことがあったな」
「どうやって?」
「まず新聞記事を、全部ローマ字に書き換えるんだよ。そうするとミハイルは、ローマ字表記の和英辞典で調べながら、内容を理解してたみたいだ」
「へえ」
「その辞書には、何故か女性の名前が書いてあってな」
「もしかして、三浦桃子?」
冬爺は、驚いた顔をした。

「どうしてその名前を?」
「はるみさんのお祖母さんは、三浦桃子って人から借りた辞書を使って、ミハイルとやりとりしてたんだってよ。でも突然、ミハイルさんが、辞書ごと消えちゃったって言ってたよ」

冬爺は、しばらく目を閉じて何かを考えていた。そして目を開けると、遠くを見ながら呟いた。

「なるほど。そういうことだったのか」
「すごい偶然だよね」
僕の言葉に冬爺は、肯定も否定もせず小声で呟やいた。

「まさかな、まさか、春人がミハイルの子孫になるとはな」
「なにそれ?どういうこと?」

それは僕にとって、今まで聞いたどの言葉よりも、衝撃的な言葉だった。

「何?僕がミハイルの子孫?それって、どういう意味?」
「どういう意味って、そういう意味だよ」
「それって僕とはるみさんが、親戚だってこと?」
「さあ、どうかな」
「ねえ、教えてよ」
「さあな。昔のことは、もう忘れたよ」

冬爺は忘れたふりをしていたが、明らかに何かを隠そうとしていた。けれど、これ以上は聞いても、教えてくれなさそうだ。僕は仕方なく、部屋を出た。

しかし、祖父がうっかり発した言葉は、僕の父親を探す手がかりになりそうだ。
僕がミハイルの子孫だということは、父親がミハイルの子孫なのだろう。ということは、はるみさんの兄弟か従兄弟あたりが、僕の父親なのかもしれない。

 なるほど。僕の左目が青いのは、西洋人の血が流れていたからなのか。そして家族全員が僕に父親の話をしたがらないのは、父親も活動家なのだろうか。

僕は、いろいろと考えた。白石はるみが叔父の葬式や納骨式に現れて、親戚面していたのは、本当に親戚だったからなのかもしれない。それなら最初から勿体つけずに、そう言ってくれればいいのに。

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