新型コロナ感染症対策とEBPM:衆議院予算委員会公聴会(2022.2.15)での公述人発言
2022年2月15日に、衆議院予算委員会公聴会で公述人として意見を述べてきました。その際に、配布した発言メモを公開します。時間の制約のために、発言内容に含めなかった部分は、脚注として、配布資料にはいれてあります。
新型コロナ感染症対策とEBPM
大阪大学感染症総合教育研究拠点・特任教授 大竹文雄
1.はじめに
令和4年度予算には、新型コロナ対策予算として5兆円の予備費が計上されている。予備費としての計上は、予期せぬ状況変化に備えるという点ではメリットがあるが、行政府に巨額予算を白紙委任している点は注意すべきことである。これについては効果的な支出に努めることと、事後的な検証が必要である。中でも、新型コロナ対策はEBPM(証拠に基づく政策形成)の観点から検討すべき論点が多い。ここでは、私が新型コロナ対策分科会・基本的対処方針分科会の構成員として議論してきた経験をもとに、新型コロナ感染症対策とEBPMの観点から意見を述べる。具体的には、政策目標を達成するための効率性、複数の政策目標がある場合のEBPM、リアルタイムのEBPM、情報提供の重要性とその効果検証、政策の見直しの必要性について議論する。
2.政策目標を達成するために効果的な対策になっているか
感染症対策として、具体的な政策にどのような効果があるのかを、可能なら事前に分析し、事前に分析できないものは事後的に分析して、より効果的な対策に変更すべきである。その際、具体的な因果関係が明確な政策と、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置のように効果が不明確であるが状況変化に応じて行うべき政策を分けて考える必要がある。後者については事後的に効果検証を行うことが不可欠である。
3.複数の政策目標がある場合のEBPMのあり方
政策には複数の目標があることが多い。例えば、新型コロナ感染症対策は、感染抑制と社会経済活動の両立という政策目標になっているが、両者にトレードオフの関係がある場合には、つぎの点を検討すべきである。
(1)事前に優先順位が決められているのか
政策目標に最初から明確な優先順位がある場合には、感染対策と社会経済活動との間にトレードオフが存在しても、感染対策を重視するという政策は合理的である。トレードオフを無視して、感染を抑えることに最も有効な対策を検討すればよい。例えば、感染による健康リスクが甚大である場合や感染対策の期間が短い場合には、感染対策を優先するという考え方に合理性がある。
(2)優先順位が決まっていない場合は専門家には政策のオプションを提示させるべき
事前に政策の優先順位が決まっていない場合には、専門家はトレードオフを明記した複数の政策オプションを示すべきである。
例えば、第6波に対する政策を議論している大竹・小林・仲田(2022)は、その時までに得られているエビデンスをもとに、
A: 緊急事態宣言などの行動制限による感染抑制
B:「医療逼迫に伴う人々の自主的な行動変容・人々の価値判断」による感染抑制
C: (従来の感染症法の枠組みの中で)一時的なコロナ医療体制の変更
という3つの政策オプションについて、メリットとデメリットを提示している。
オプションには、それぞれメリットとデメリットがあり、どのオプションを選ぶかは価値観に依存する。専門家の役割は、専門的知識に基づいて選択肢を提示することであり、そのオプションからどの政策を選ぶかは、国民の代表である政治家がすべきことである。政策決定が価値観を伴った意思決定であることから、専門家はその知見に基づいて提出した判断についての説明責任を負うが、政策の結果責任を負わない。
コロナ対策分科会の提言は、一つのものが出され、それを国が採択するかどうか、というプロセスになっていた。これは、優先順位が事前に決められている段階では適切である。しかし、感染対策を重視した場合と社会経済を重視した場合で、異なる分野に影響が出ることについて、専門家では一つの意見に集約することはそもそもできない。
例えば、第6波でどのような出口戦略をとるべきかを判断するのは、オプションを提示する専門家ではなく政府である。感染力は高いが軽症者の比率が高いというオミクロン株の特性に応じた対策については、医療提供体制や保健所の対応の大きな変更も含めて、政府が決断すべきである。
トレードオフには、現在世代内でのトレードオフと将来世代と現在世代のトレードオフがある。新型コロナ感染症は、高齢者が感染した場合の健康リスクが非常に高く死亡率も高いという特徴があるため、行動規制による便益は現在の高齢者に集中する。一方,行動規制による感染対策のコストはもともと重症リスクが低い子ども,あるいは若年層にとって大きい。彼らは感染対策による便益よりも大きな費用を負担している。これは現在世代内でのトレードオフである。一方、行動規制によって結婚数や出生数なども低下するため、将来世代の命を減らすという意味で、将来世代に費用を負担させている。これは、現在世代と将来世代の間のトレードオフになる。
(3)客観指標が得られやすい分野と得られにくい分野があることに注意すべき
新規感染者数、死者数など、感染に関する情報は、毎日、報道され、人々の関心を集めやすい。そのため、政治的にも重視される。一方、社会や経済に感染対策が与えるリスクは、毎日数字として現れるわけではなく、感染対策の影響かどうかも判断しにくいものが多い。例えば、コロナ対策が強化された時期には、特に子供、若者の自殺が増えたことが明らかにされている。コロナ危機による自殺は約4,900人であり、失業率上昇で説明できる部分は約4分の1しかないことを示した研究がある(Batista・藤井・仲田(2022))。緊急事態宣言で既婚女性の就業率が低下し、DVが増えた(内閣府(2021))。学校休校は、子供の学力、非認知能力、健康にマイナスの影響を与え、特に、恵まれない家庭の子供たちへの影響が大きかった(Asakawa & Ohtake(2021), Takaku & Yokoyama(2021))。婚姻数は約11万件も減ったため、将来婚姻数の埋め合わせがなければ失われた出生数は約21万人と予測されている (千葉・仲田(2022a,b))。水際対策で、海外からの留学生が激減し、国際的なビジネス交流が減り、日本人の国際交流が減ったことは、長期的に日本社会に大きな影響を与える可能性が高い。しかし、これらの指標は、感染者数のように毎日報道されるわけではなく、因果関係を特定することも容易ではない。
したがって、政策担当者は、これらの指標が政策判断で過小に評価されないように注意すべきである。そのためにも、平時からこれらの分野のデータの蓄積を進め、危機対応できるような研究を蓄積しておくことが重要である。
4.リアルタイムのEBPM
日々刻々と変わる感染状況に応じて対策を迅速に変えていく必要がある。そのためには、2点が重要である。第一に、リアルタイムデータを整備し、活用できるようにすることである。日々の行政から得られる行政データ、携帯電話の位置情報から得られる人流データ、クレジットカードの利用情報、POSデータ、SNSデータなどのデータを個人情報保護の上で、分析し活用する仕組みを整備すべきである。特に、感染情報についてはリアルタイムで得られるはずのものが、政府のデジタル化が遅れていたこと、個人情報保護の問題があったことから、分析が進まなかったという事実がある。政府のデジタル化を押し進め、平時からリアルタイムデータを用いてタイムリーに状況を把握できるようにするべきである。これにより、政策効果をモニタリングし、効果検証を行い、エビデンスを蓄積することも可能になる。
第二に、不完全な情報のもとでも迅速に政策判断に有益な分析を行える体制の構築である。学術専門家は、厳密性・正確性を重視して、その成果を学術研究として発表して評価される。そのため、感染の動き、政策効果について、学術的専門家に知見を求めても、エビデンスがないので、わからないという答えを出すことがある。
政策判断に有益な分析を迅速に行える体制を平時から維持しておく必要がある。政策側からどのような可能性があるかについて、基本ケースに加えて、楽観ケース、悲観ケースで幅をもたせた形で、シミュレーションを示すことが必要である。その際、短期的、中期的、長期的な動きについての予測が重要である。当然、不正確な情報に基づいての予測であるため、事後的な検証をしていく必要がある 。東京大学の仲田・藤井両氏がインターネット上で発表している感染と経済に関するシミュレーション分析は、このような試みである。緊急事態において専門家にエビデンスを求める際には、学術的厳密性だけを追求しすぎないこと、責任は政策を採択した政府にあることを明確にしておくことが重要である。
EBPMについては「厳密なエビデンスがない政策をすべきではない」という間違った解釈がされることがある。新しい政策であれば、当然エビデンスがないものや不十分なものが多い。しかし、エビデンスがないから政策をすべきではない、ということにはならない。特に危機時には、エビデンスが出るのを待っている時間に膨大なコストが発生するという時間・イコール・コストの意識を政府が持って政策判断することが重要である。時間的な余裕がない場合には、政策効果が見込めるというロジックがしっかりしていれば、政策をする価値がある。ロジックの中に、どのような仮定をおいているかを明確にしておけば、どの仮定が間違っていたために政策効果が十分でなかったかがわかる。
5.情報提供の重要性とその効果検証
日本の新型コロナ対策の特徴は、諸外国のように罰則をともなった規制ではなく、罰則を伴わない努力義務という形をとるものが中心だった。実際、人流の動きは、緊急事態宣言よりも感染者数によって引き起こされていたことを示した研究もある 。(渡辺・藪(2020)および内閣府(2021) 。また、遠藤他(2021) は、第5波の感染者数減少は医療逼迫の報道により、人々が感染リスクの高い行動を控えたことによって引き起こされた可能性をも指摘している。)規制と罰金あるいは補助金という組み合わせが、政策の基本であることは間違いない。しかし、その政策や情報をどのように伝えるかによって、政策効果が大きく異なってくることが、今回の新型コロナ対策でより明確に示された。
感染対策への呼びかけ、ワクチン接種率向上などは、情報提供の内容、手段、タイミングによって効果が大きく異なる。政策効果を大きくするために、情報提供にもEBPMの手法を活用するべきである 。(現在では、オンライン調査を用いて迅速に調査することも可能になっている。実際に、政策を実施する際に、パイロット的に実施し、その際に効果検証を可能にするようにしておくことも考えるべきである。) 医療では新薬を認可する前に、新薬と偽薬をランダムに処方して、その効果が認められた場合に認可している。重要な政策については、そうしたランダム化比較試験を取り入れていくことを条件にしていくこと考えていくべきである。
具体例を紹介する。私は、感染予防行動を呼びかけるメッセージの効果検証 を2020年4月から7月に、ワクチン接種意欲を引き上げるメッセージの効果検証 を2021年1月から3月にかけて行った(Sasaki, Saito, Ohtake(2021), Sasaki, Kurokawa, Ohtake(2021))。その結果は、「あなたの感染対策で、身近な人の命を守れます」、「あなたのワクチン接種が周囲の人の接種を後押しします」といった感染対策の利他的側面を強調したものが有効だった。ただし、メッセージの効果には、人によって違いがある。ワクチン接種を早めにする人と最後まで躊躇する人には異なるメッセージが必要になる。そうしたことを明らかにしながら効果的な情報提供をしていく体制をつくることが必要である。これはコロナ対策に限らない。特に、社会的弱者には、情報が届かず、アウトリーチも難しい。人々の行動変容が重要な分野には健康、環境、防災、教育など様々な国の重要政策がある。行動経済学や行動科学の知見を生かして、効果的な政策を行うことが重要である。
6. 政策の見直しの必要性
新型コロナ対策では、エビデンスが不十分なまま、様々な政策が行われ、多額の予算が投じられている。これは危機的対応としては、合理的な政策である。しかし、これらの対策の効果が十分にあったのか、副作用がなかったのか、という視点で見直して、必ずしも効果がなかったものは予算を支出しなくてもよいという形に柔軟に変更できる仕組みにしておくべきである 。(1年先でも予見しがたい状況に対応しないといけないコロナ対策は、従来の予算編成の考え方では対応できない。予備費は行政府に白紙委任で望ましくないので、事前に最良の予測で予算計上をするにしても、情勢の変化で適切でなくなった予算は執行停止、組み替えを図るなど柔軟に対応するべきである(岩本(2020))。)
不確実性が大きい状況では、このような柔軟な予算編成をしておく重要性は大きい。後で変更できないという制約のもとでは、対策を講じないという方向の選択をすることが合理的な選択になる。それは迅速性が要求される状況では好ましくない 。(例えば、2020年の感染拡大時期にGotoトラベルを実施することになった背景には、感染が数ヶ月で収まるという想定で政策が作られたことがある。) 医療提供体制の逼迫を防ぐために様々な補助金制度の制度設計がなされたが、十分に機能しなかった。この点については、随時修正されてきたが、感染拡大のスピードに間に合わないことが多かった。
新型コロナ感染症という危機において、コロナ対策に一時的に多額の支出が行われるのは当然であるが、それはショックが一時的だという前提があり、そのショックからの回復後、コロナ対策費を日本経済が十分に負担できるということを想定している。東日本大震災の際でも、その財源についての議論はされていた。コロナ後の財源についても議論をすべきである。
持続化給付金・雇用調整助成金を中心とする経済対策は、新型コロナ感染症による一時的ショックがなければ倒産せず、解雇もされなかったはずの人たちを守るためのものである。この政策の効果で、日本の失業率の急上昇を防いでいることは評価できる。しかし、それが過剰になっていないかをチェックすべきである 。(例えば、2020年の日本の倒産件数は東京商工リサーチの調査では、2020年以前の5年は8千件を超えていたが、2020年は7,773件、2021年は6,030件で、この水準は1989年、1990年というバブル景気の頃と同じである。) 一時的なショックを防ぐために対策を行ったとしても、必要以上に倒産を防いで非効率な企業の延命策になっていないのかどうか、という観点から見直しが必要である。
命を守るという点での新型コロナ感染症対策も似たことが指摘できる。日本の平均寿命は毎年伸びているが、2005年の季節性インフルエンザ流行の際のように寿命が減少したこともある。新型コロナ感染症に対して、どの程度まで感染抑制策を行い、医療的対応をするかということは、高度な政治的判断である。しかし、新型コロナ以外の病気では、同等のリスクがあっても特別な医療的対応をしないことと比べて、新型コロナ感染症の場合だけ特別に対応すべきであることについて政府には説明責任がある。若者の自殺を増やし、出生数が減るほどの行動制限を続けること、子供たちの発達や学力の低下につながるような制限をすること、国際的な日本の立場を弱めるような水際対策の継続をする必要性があるのかを国会でしっかり議論する必要がある。政府の予算は、国民の税金から支出されている。その税金は、現在の国民も負担するが、現在の子供や将来の子供も負担する。
新型コロナ対策では、感染対策の負担が集中している一部の事業者や家計にターゲットを絞った支援の予算額が大きい。しかし、制度の谷間に落ちる困窮者も存在するため、この方式では不充分である。普遍的な補助金と税制を通じた一般的な所得再分配制度を活用していく必要がある 。(第6波で、効果が疑問視されている中で、まん延防止措置の発令を自治体が望む原因の一つは、協力金の支給が可能になるという側面があると考えられる。これは、飲食店への協力金のように、営業時間規制・休業規制を遵守してもらうためのインセンティブとして支給されているものが、所得減少に伴う所得保障という側面と混乱していることから発生している可能性がある。人々が感染リスクを恐れて行動変容した結果、飲食店の利用が減り、観光客が減ったのであれば、政府が何も行動規制を行わなくてもその分野の人々の所得が低下した。しかし、政策効果がそれほど大きくなくても、政策発動した場合にだけ協力金を支払うということになると、非常に狭い業者を対象にした所得再分配政策になっている。)
所得再分配政策に徹する方法もある。特別定額給付金を課税対象にすれば、ベーシックインカムや負の所得税と似た形で再分配機能をもたせることができた。あるいは貸付金を主体にし、所得減少を税情報で確認した上で、大きく所得が減少した場合に、返済不要あるいは一部免除にするという制度を作って対応すべきだと考える。
7.まとめ
新型コロナ感染症対策関連の予算および政策は、EBPMを有効に活用すべきことが多いい。不確実性が高く、新しい政策でその効果がはっきりしないものも含めて迅速に政策対応をする必要がある。その際、因果関係が明確になった上で行う政策とそれが不明確なまま行う政策、複数の政策目標がある政策なのかそうでないのか、リアルタイムの政策分析に適した分析か、情報効果を考慮しているか、政策の見直しを取り入れているか、という観点を注意するべきである。中でも、複数の政策目標がある場合、計測しやすく目立ちやすい情報に偏った意思決定をしていないかに特に注意すべきである。感染リスクに関する危機意識の共有だけではなく、コロナ禍での経済・文化・教育・健康に関する危機意識の共有も重要である。そのためには、平時から社会経済的な課題についてデータ・エビデンスでしっかり把握し、平時及び危機時の両方に有効な政策的対応を進めるべきである。特に、危機時には、エビデンスを待つ時間に膨大なコストが発生すること(時間=コスト)を意識した政策判断が必要である。
文献
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